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修学旅行は異世界に

長いかも


「いい?舜司シュンジ。まっすぐで、どんな小さな約束でも守る人になりなさい」


 覚えている限り一番古く、そして最も強く記憶に刻まれている母の言葉。


 俺はその通りの人物に成りたくて行動してきた。まぁ、真面目な学級委員長みたいな奴だ。小学生低学年までは良かったのだが…母が死んで状況は変わった。そこからは地獄だった。学年が進むにつれて俺は皆から疎まれるようになった、更に引き取られた先も悪かった。俺を引き取ったのは叔父夫婦だった、ご飯はまともな物はくれず、風呂にも偶にしか入らせてもらえなかった。当然、やせ細り臭い俺はいじめの対象となった。状況が好転したのは中1の3学期だった。あっ、もちろん中学でもいじめられてたぜ。俺が校舎裏でぶん殴られてるのをたまたま体育教師が見つけたのだ。それからはあっという間だった、家庭内でもひどい扱いを受けてるのが分かり、俺は無事?そういった施設に入園が決まった。

 それからの俺はというと卒業までは直接的な攻撃はされなかったがずっと学年中から腫れ物を触る扱いだったのでもちろん友達はいない。俺はこの経験から学んだね、何かを成し遂げるには意思を貫くには力がいると。

 さて、高校に上がってからはどうだろう?高校は少し遠くを選んだ、理由だって?聞かずとも分かるだろう?小中の連中と縁を切りたかったのさ。そのおかげで俺の中学からは俺が通う事になった清明高校には俺含め3人しか進学しなかった。

 高校は正直、最高に楽しかった。途中までは。アレはそう、2年に上がってすぐのことだった。


「永井、コレ」

 授業中、後ろの奴から手紙を受け取る。俺はそれに目を通す。内容は糞くだらない事だった。

 同じクラスの剣道部所属、武蔵葉タケクラヨウをシカトしろという内容だった。確かにここ最近、武蔵はクラス内カースト上位の連中からシカトされているように見えたが、まさか俺のところまで来るとは…俺はというとその紙を握り潰し、時計を見る。後、5分で授業が終わる。イライラしながらその時を待った。そして、終了と共にカーストナンバーワンのイケメン西口悟ニシグチサトルのところに突撃した。

「おい、西口。手紙読んだぞ。ちょっと来いよ」

「何だよ?」

「いいから来いよ!」

 思った以上に大きな声が出たようで、放課後の騒がしかった空気が一変して沈黙に変わる。皆がこちらを注目しているのが分かる。

「……分かったよ。大きな声だすなよ」

 そして、俺たちは視線から逃れるように教室を後にし男子トイレへと向かった。何故か呼んでもないのに西口の取り巻きの1人、江藤明エトウアキラが着いてきた。

「江藤、お前は呼んじゃいねーよ」

「うるせーよ、クソメガネ」

 ちっ!相変わらずうっとうしい奴だな。トイレに着くと俺は早速西口を問いただす。

「おい!なんだよあの手紙!くだらねー事は辞めろ!」

「先輩からの命令だ、聞けよ永井。先輩達に目をつけられるのは嫌だろ?」

 西口は苦虫を噛み潰したような顔で言う。横から江藤が口を挟む。

「そうだぜ!永井、お前また同じ目に合いたいのか?」

 こいつ、江藤は小中と俺と同じ学校にいた。つまり、俺がいじめられてたのを知っている。

「はっ!だからどうした?お前、ホントに成長しないな」

「あ?何だと!?」

 一触即発の空気の中、西口が口を開いた。

「……永井、お前いじめられてたのか?」

「それが?」

「じゃあ、明の言うとおりまた経験するのは嫌だろ?手紙の通りにしろよ」

「くだらねーって言ってるだろ!何だよ先輩の命令って、無視しろよ!」

「っ!何も知らない癖に!」

「あぁ!知らないね!とにかく、俺は武蔵を無視するのは御免だ!お前らだけでやってろよ」

 すると、江藤がいきなり俺に殴りかかってきた。右頬を思いっきり殴られトイレの壁に激突する。

「明!止せ!」

「止めるなよ!悟!前からこいつ気に食わなかったんだよ!」

 俺は立ち上がり、口の中の血を吐き捨てる。殴られた衝撃でメガネが吹っ飛んだので拾うと、フレームが歪んでいた。俺は頭に血が上っていくのが分かった。それに前から気に食わない?上等だ!あの時から体鍛えてるんだよ返り討ちにしてやるよ。

「気が合うな!俺もだよ!」

 その後は、もう大惨事の一言だった。俺達を必死に止める西口とそれを無視して殴りあう2人。まぁ、こんだけ騒げば先生がくるよな。俺達はまず保健室に連れていかれ、その後、職員室へと連行されるのだった。


「さて、どうして喧嘩になったかを話せ」

 目の前に座る担任、岩田竜一イワタリュウイチの問いに全てを打ち明けた。

「……そうか。だが、あの二人は些細な事で口論になっただけと言っていたが?」

 まぁ、分かってた事だ。教師も人間だ、いじめ問題なんて面倒だよな。もちろん、そうじゃなくて尊敬すべき教師がいるのを俺は知っているが。

 結局、ただの喧嘩で片付けられた。俺達の処分は謹慎3日と言い渡された。

 施設住みだから当然、施設に連絡が言った。帰るのも憂鬱だが眼鏡がぶっ壊れたのが一番憂鬱だ。

 帰り着くと早速、園長先生に呼ばれたので、園長室へと向かう。中に入って椅子に座る。正直、園長先生は苦手だ。

「永井君、連絡は受けているよ。喧嘩をしたそうだね」

「……はい。すいませんでした」

「例え相手が先に手を出しきても暴力はいけない」

 そのあとは30分程、説教を受けて解放となった。はぁー疲れた…時刻を見ると夕食の時間だったので俺は食堂へと行った。

 食堂に入ると顔の怪我を見た年少組が心配してきたので、余裕と笑顔で答える。強がりなんだけどね。

 食事を終え、風呂に入った後、自室の机の上に並べた謹慎中の課題を見ながら頭を抱える。

(多すぎだろ……)

そこにノックの音が聞こえる。

「どうぞ」

「こんばんは」

 入ってきたのはここの職員の夢見望ユメミノゾミ先生だった。

「舜司シュンジ君、喧嘩したんだって?」

 俺は望先生の顔を見ることが出来なかった。壊れたメガネはこの人が選んでくれた物だったからだ。

 先生はそんな俺の顔を両手で掴むと、強引に目を合わせてきた。

「じー」

「……」

「じー」

「その……すいません、喧嘩してメガネ壊れちゃいました……」

「そっか……じゃあ、謹慎明けたら一緒に買いに行こう!私も新しいの欲しかったのよ。あっでもそれまでどうしようか?」

「まぁ、歪んでるだけなんで何とかなりますよ。あの、怒らないですか?あと、いい加減、顔を話してください」

「怒らないよ。理由なく暴力を振るう子じゃないのを知ってるから。だから、理由を話して。そうしたら離してあげる」

 望先生は一度言い出したら聞かない、俺は事情を説明した。手を離したと思ったら今度は頭を撫で回される。

「偉いよ!誰かの為に戦ったんだね!でも、暴力はいけないぞ」

 そう言ってデコピンをお見舞いされた。

「でも、怪我もたいした事無くて本当に良かった。君はその武蔵君の友達になってあげて。きっとそれがいい」

「そのつもりだよ」

 味方が1人でも居れば、頑張れるからな。

「よろしい!じゃあ、課題頑張ってね!」

 望先生はそう言い残し退室した。俺は望先生を尊敬している。施設に来たばかりの頃は誰とも口を聞かず、ずっと1人でいた俺に職員達は手を焼いていた。だが、望先生だけは違った。根気よく俺に話しかけ続けてくれて、また人を信じようと思わせてくれた人だ。

 いつしか俺は母の言っていた人とは望先生のような人だと思うようになり、この人のように成りたいと強く願うようになった。そしてそれがきっと母との約束を守る事になると信じてる。

 さてと、課題でもしますか。俺は深夜まで課題に勤しむのだった。


 今日は金曜日、謹慎が終わり初めての登校日だ。俺もそこまでバカじゃ無い。このあとの展開は予想が出来る。

 挨拶をしながら教室に入った。

「おはよう」

 いままでの喧騒が嘘のように静まる。やっぱりこうなるか…江藤を見るとニヤニヤしていた。ウザいな。

 席に着くと誰かに肩を叩かれた。その人物こそが件の人、武蔵葉だった。

「おはようでござる」

 武蔵は申し訳なさそうに挨拶をしてきた。こいつは語尾にござるをつけて喋る変わり者だった。ただ、剣道の腕は確かで全国でも3指に入る位強いらしい。

「おはよう、武蔵。どうした?」

「あの、永井殿。昼休みに時間を頂きたいでござる」

「おう、いいぞ。ついでに一緒に飯食おうぜ」

「それは、その辞めといた方がいいでござる。拙者と関わるのは……」

「嫌なのか?」

「嫌ではないでござるよ!」

「じゃあ、決まりな」

 予鈴が鳴り岩田が入ってきたので武蔵は席へと戻った。

 そして、昼休み俺達は屋上に来て昼食をとっていた。

 武蔵はさっきから何か言いたそうにこちらを見ている。いい加減に焦れったいので俺から話をフルことにした。

「で、話ってなんだよ?」

「ごめんなさいでござる!拙者のせいで永井殿まで巻き込んでしまったでござる!」

「頭上げろよ、別に気にすんなよ」

「でもっ!」

「まぁ、起きたことは仕方ねーよ。何でお前的になったんだ?」

「それは―」

 武蔵は事情を話してくれた。簡単な話だった、嫉妬だ。武蔵は剣道部に所属している。入学早々、先輩達を剣道でボコボコにしたのがハブられるきっかけだ。当時は3年が武蔵の剣道に対する直向きな真摯気に入り可愛がれてたが、3年が引退、更にこのござる口調も先輩達の気にさわったようでクラスの連中にハブるようお達しが来た。運の悪いことに同じ剣道部にさっきの西口もいた。もう一年以上前の事なのに未だに根に持つとかどんだけだよ。

「下らねぇな。剣道でやり返せばいいのにな」

「そうでござるな。いくらでも応じる覚悟があるでござるのに」

「まぁ、俺のことは気にしなくていいから」

「本当に申し訳ないでござる」

 その後は、昼休みの終わりまで武蔵の趣味の話などを聞いて過ごした。


 さて、今日は日曜日。望先生とメガネを買いに行く日だ。今日は先生は休みなので、一番近い駅で待ち合わせをしてある。待ち合わせ場所について腕時計を確認すると約束の時間より15分速く到着していた。さて、先生の到着でも待とうかなと思っていると肩を叩かれた。

「おはよう。約束の時間より早く来るのはいい心がけだぞ」

 振り返るとそこには待ち人がいた。いや、俺が待ち人か。

「おはようございます。先生早いですね」

「当然!時間を守れない人は論外よ!じゃあ、行きましょうか」

 眼鏡屋目指して連れ立って歩き出す。目的の店はレンズ込みで1万円を切る格安店だ、いつか買いに行った時は私が学生の時は高かったのよ、何て先生がぼやいていたな。目的の店に着き、メガネの物色を始めた。

「どれが良いかなぁ」

 そんな事を呟きながら、先生は俺にマネキンの如く、次々にメガネをかけさせていく。

 最終的に2本のフレームが先生の手に残った。それを差し出し聞いてくる。

「どっちがいい?」

 俺は右手に持っている方を選んだ。フレームの色は銀、アンダーリムの四角いレンズのメガネだ。

「どうしてコレにしたの?」

「何か頭良さそうに見えるから」

「ぷっ、なにそれ。じゃあ、次は舜司君が私のを選んでよ」

 先生はくすくすと笑っている。俺は思案をしながらメガネを眺めて回った。暫くして俺はコレだと思う1本を先生に差し出した。先生はそれを掛けると鏡を見る。

「うん!いいね。これにするわ」

 良かった。選んだのは赤色のオーバルのフレームだ。最初はフォックスもいいと思ったんだが、優しい空気の先生にはこちらのほうが似合うと踏んだ、喜んでもらえてよかった。夕方には完成するという事なので俺達はそれまでぶらぶらすることになった。駅は大型商業施設と一体になっており、それに対抗すべく駅前商店街も賑やかになっていたので時間を潰すのには事欠かなかい。左腕にはめた時計を見ると時刻は12時半を過ぎたところ、まずは昼食を取りにファミレスへと向かう。

 案内された席に着き注文をし一息ついた。

「武蔵君とは友達になれた?」

「うん、何回か話した事あったけど、改めて話して見ると面白い奴だったよ」

「それは良かった!で、何か隠し事してない?」

 まぁ、隠してもしょうがないか。俺は金曜日の出来事を全て話した。聞き終わりため息をつく先生。

「やっぱり、そうなったか。大丈夫?」

「慣れてるからね。平気だよ」

 一瞬、先生は悲しい顔をしたと思ったら、慈愛の篭った笑みを浮かべ俺の頭を撫でてくれた。

「えらいえらい」

 少し気恥ずかしい。そこに良いタイミングで店員が料理を運んでくる。そして、俺達は談笑をしながら昼食を食べるのだった。

 その後は本屋に行ったり、ゲーセンで遊んだりした。時間はあっという間に過ぎ指定された時間となった。メガネを取りに店に向かう。

「うん、似合ってるぞ!」

「先生もね」

 お互いに褒めあい、駅前へと歩く。今日一日を振り返り思う、コレってデートだよな?そう思うと途端に恥ずかしくなってきた。

「うん?どうしたの顔赤いよ?」

「なっなんでもないよ」

「そうなの?じゃあ、電車もいい時間だから、私は行くね。今日は楽しかったよ。早く彼女作りなさいよ!」

「先生こそ、彼氏早くできると良いな!」

 背中を思いっきり叩き先生は構内へと消えていった。それを見送った後、今日はいい日だったと余韻に浸りながら俺も帰路に着いた。


 ―それからの日常は主に武蔵と一緒に過ごした。武蔵は剣道部には顔を出さなくなったので、町の剣道場に通うか屋上で自練習を行うようになっていた、俺はというとそれに付き合うようになっており2人で竹刀を振るったり打ち合ったりをしていた。金のない俺にはただで剣道が学べてラッキーだった。ある時の帰り道、武蔵がこんな事を言い出した。

「永井殿、今度の日曜日は暇でござるか?」

「ん?あぁ、特にすることもないな」

「では、我が家に来て欲しいでござる。祖父が是非、永井殿に会いたいとい言って聞かぬでござるよ」

 武蔵の家かーまぁ、やる事ないしいいか。俺は二つ返事で了承し待ち合わせ場所を決め分かれるのだった。

 そして今日7月14日は約束の日。俺はいつもと反対方向の電車に乗り、待ち合わせ場所の私立明星学園を目指した。目的地に着くと既に武蔵はおり、誰かと話していた。近づいて挨拶をする。

「おーす、待ったか?」

「拙者も先ほど着いたところでござる。こちらは―」

「はじめまして、星宮雅ホシミヤミヤビです」

 武蔵と話していた人物が自己紹介をしてきた。なんだコイツ……イケメンすぎてひくわ。

「永井舜司です。こっちこそはじめまして」

「星宮殿はこの学園の生徒でござる。たまたま会ったので話していたでござるよ」

「驚いたよ、部活に来て見れば武蔵君が校門前にいるから。永井君も剣道をやってるんだって?僕も剣道部なんだ、こんど一緒にやろう」

「でも、始めたばかりでよく分かってないぞ?それでもいいなら」

「構わないよ。おっと、時間だ。じゃあまた今度!」

 爽やかな笑顔とともに星宮は校舎に駆けて行った。にしてもイケメンだな。

「では、拙者の家にいくでござるよ」

 道すがら、先ほどの星宮の話を武蔵がしてくれた。何でも、世界的企業の御曹司で剣道の腕前は高校剣道界最強との呼び声が高く、武蔵とは中学時代からのライバルのような関係だそうだ。イケメンで金持ちで才能まであるとか……

(神様、不公平すぎませんかね?)

 そんなこんなで武蔵の家に着いた。屋敷という言葉が似合う大きな家だった。もしかして武蔵も金持ちなのか?

 屋敷へと上がり、居間へと通される。

「飲み物を持ってくるでござるよ」

 武蔵が部屋を出ると手持ちぶたさとなった俺はキョロキョロと辺りを見回した。かなり広くテレビ台には最新のゲーム機がずらりと並んでいた。

(あいつゲーム好きなんだな)

 正直、広すぎて落着かない。少しして飲み物を持った武蔵と老人が部屋に入ってきた。

 老人は人の良さそうな笑みを浮かべいる。

「君が永井君だね。孫がいつも世話になっておるのぅ。ワシは武蔵小十郎タケクラコジュウロウこの子の祖父じゃ」

「おじゃましてます。永井舜司です」

「今日はゆっくりしていきなさい。葉や、ワシは少しばかり外に出てくるからの。ゲーム機は好きに使いなさい」

(お前のかよ!)

 じいさんがいなくなり、俺は姿勢を崩す。

「ゲームするでござるか?」

「おう!やるか!」

 しばらくカチャカチャとコントローラーを使う音が部屋に響いていた。にしても、武蔵クソ弱いな。武蔵曰く。

「拙者は見る方が好きでござるよ」

 だそうだ。うーん、あんまりにも弱いと面白くないしな。見ると武蔵もつまらなそうにしてるし。

「お前、いつもなにやってんの?」

「勉強するか、剣を振るっているでござるよ」

 本当に剣道好きなんだな。こいつのせいで俺も好きになったけど。

「じゃあ、素振りでもするか?」

「いいのでござるか?折角の休日に」

「いいよ。実際、楽しいしな」

「直ぐに準備するでござるよ!永井殿は庭て待っているでござる」

 武蔵は楽しそうにそう言うと部屋を出ていった。

 庭に出ると小さな池があった。鯉とかいそうだな、覗き込むとやはりいた。やっぱり金持ちなんだろうな。

「お待たせでござる」

 振り向くとフル装備の武蔵が立っていた。その横にはもう一点、防具があった。

「お前……試合でもするのか?」

「そうでござるよ!永井殿と勝負でござる!」

「俺でも詳しいルール知らんぞ」

 そうなのである、屋上でやるときは防具が無いので木刀もしくは竹刀で素振りをしたり、型をしたりするだけなのだ。

「素振りや型も良いでござるが、立ち会いの楽しみも知って欲しいで、拙者の家なら2人分の防具もあるてござるからな」

「おっしゃっ!やるか!ボコボコにしてやるよ!」

「望むところでござるよ!」

「ところでこれどうやって着るの?」

 武蔵に手伝って貰い防具を着込む。結構重たいんだな、視界も狭まるし。

「始めるでござるよ。今回は勝敗はなく打ち合うだけでいいでござるか?」

「いいぜ!」

「では、始め!」

 叫びと共に武蔵の纏う空気が激変した。どこにも打っても返される。そんなイメージが頭を過り打ち込めない。

「どうしたでござるか?いつでもいいでござるよ」

「行くぜ!」

 ー数分後、そこにはボコボコにされた俺の姿が。流石は全国でも3指に入ると言われるだけある。俺が黙り混んでいると、

「ごめんなさいでござる。手加減はしたんでござるが」

 武蔵が謝ってきた。

「楽しいな!もう一回だ!」

「っ!応!」

 俺達は何度も立ち会いをするのだった。

「それまでっ!」

 突然、大きな声が聞こえたので、剣を下ろしそちらを見ると、武蔵の祖父が立っていた。

「お主らずっとやっておったのか」

 空を見ると赤みがかっており、時刻が夕方なのが分かった。俺は武蔵と目が合うと自然と笑い声がでて来るのだった。

「もう、時間も遅い。永井君や夕御飯を食べていきなさい」

「えっ?いいんですか?」

「もちろんじゃ。実は既に準備も始めておるしの」

「お言葉に甘えます。ありがとうございます!」

 俺は防具を脱ぐと許可を貰い電話を借りた。電話先は施設だ、夕飯が要らないことと少し帰りが遅くなることを伝えるためだ。

「あのね、舜司君。もっと早く連絡くれないと、次からは気を付けるのよ」

「すいませんでした」

「でも、楽しそうで良かった」

 電話に出たのは運のいいことに望先生だったので少しのお小言ですんだ。

 居間に入るとテーブルの上には所狭しと料理が並んでいた。

(すげーな)

「手伝います」

「むっ、客人にそんなことはさせられん。座っておれ」

 そう言われ腰を下ろすと台所から声をかけられる。

「ササキ!あんたは客じゃ無いんだから手伝いなさい!」

(誰だササキ?)

「相変わらずの地獄耳じゃまったく、ワシは家主なのにのぅ」

 じいさんは愚痴りながら、台所に行った。

「誰が地獄耳よ!」

(地獄耳じゃねーか)

「アイリーン殿は相変わらずでござるな」

 着替えを済ませたであろう武蔵が俺の横に座る。

「アイリーン?お前の母親か?」

「違うでござるよ。アイリーン殿はじい様の御友人でござる。たまに食事を作りに来てくれるありがたい御仁でござる」

 そんなことを話していると準備が全て整い、件のアイリーンが部屋に入ってきた。

「あなたが葉ちゃんのお友だちね。はじめまして、アイリーン・ミササギよ」

「はじめまして永井舜司です」

 アイリーンさんは品の良いおばあさんだった。ただ、名前の通り外国の人のようで、ブロンドの髪と碧眼だった。若い頃はさぞモテただろうと容易に想像出来る容姿だった。

「うむ、では頂くとするか」

 俺達はアイリーンさんが作った料理に舌鼓を打つ、かなり旨かった。

 食事を終え、片付けを手伝った後、帰り支度をしているとじいさんから呼びとめられた。

「永井君や少しいいかね?」

「はい?どうかしましたか?」

「実はのぅ、少し聞きたいことがあるのじゃが。孫から聞いておるが、ラノベが好きと、実はのワシも好きなのじゃ。それだけではないぞ、アニメもゲームも年甲斐もなく好きでの」

「まぁ、好きですけど。いいと思いますよ。何歳になっても面白いものは面白いですから」

「うむ!分かっておるでないか!そこでじゃ―今、ワシとアイリーンで自伝を書いておるのじゃ、君に感想を聞きたいと思っての、どうじゃろうか?」

(自伝?ラノベ関係なくないか)

「……えっと、読むのは構わないですけど。自伝ってラノベなんですか?」

「うむ!実はのワシとアイリーンはの若いときに世界を救ったのじゃ」

「は?」

 言われた事の意味が分からず間の抜けた声が出る。隣で聞いていた武蔵が抗議の声を上げる。

「じい様!永井殿に変な話をするのはやめるでござるよ!」

「これ!変な話とは何だ!ホントの事じゃぞ」

「いいよ、武蔵。面白そうだし」

 武蔵はしぶしぶといった感じで黙る、それを見てじいさんが嬉しそうに語りだす。

「世界を救ったといってもこの世界ではない、異世界じゃよ」

「異世界……じゃあ、異世界転移したって事ですか!?」

「いい反応じゃ、やはりワシの目に狂いはなかったようじゃの。その通りじゃ」

 先ほどまで、席を外していたアイリーンさんが戻ってきた。その手には一冊のノートを抱えていた。

 それを手渡せれる。

「読んで見て」

 言われるがままにノートを開く日本語で書かれているが、所どころ何かの式のようなものが謎の文字と記号で書かれていた。

「この文字と記号は?」

「よくぞ聞いてくれた!それこそが魔術式!魔術を唱える為に必要なものである!どうかね、読んで見てくれんかのぅ」

「是非!」

 パラパラとめくって見た感じ面白そうだ、俺はその申し出を快諾した。

「おう!そうかそうか!では、頼むぞ!」

「じゃあ、今度来た時に感想言いますね」

「永井殿、すまんでござる」

「いいよ、武蔵」

「次に来るときは永井君の好きなものを作ってあげるわね」

 そんなこんなで本を受け取りお暇した。武蔵は終始すまなそうにしていた。

 施設()に帰りついた俺を待っていたのは望先生だった。

「お帰り、楽しかった?」

「ただいま、楽しかったよ」

「それは、良かった。あら?」

 先生は俺の手の中にあるノートに気付いたようだ。

「あぁ、コレは武蔵のじいさんが小説書いてみたから読んでくれってさ。だから、来週もこの時間くらいまで武蔵の家に行って来るよ」

「うん、分かったわ。早くお風呂に入ってしまいなさい」

「うす」

 風呂から上がり自室の部屋で小説ノートを読み進める。内容はというと―主人公が地震に巻き込まれ気付いたら、異世界にいた。そこで出会った地球人や現地の種族と協力して世界を平和に導く為の旅しながら、帰る方法を探す。といったありふれたものだった。だが、なぜか引き込まれる。本人がラノベといっていた通り読みやすい文章なのもあるが、特筆すべきは世界観の設定だ。妙なリアリティがあるのだ。借りた小説ノートを読み終わり、時計を見ると深夜の1時を越えていた。

「やばい、面白すぎて夢中になってた。寝なきゃ」

 そして俺は眠りに着くのだった。

 翌朝、眠い目を擦りながら、登校し教室へと入ると武蔵が早速話しかけてきた。

「おはようでござる。昨日はすまなかったでござる」

「おはよう、いや良いよ。つーかめっちゃ面白いな!続きが気になって仕方ないよ!」

「そうなんでござるか?拙者はじい様達の話は話半分でしか聞いてないので分からないでござるが」

 俺が興奮気味に内容を話そうとしたところで予鈴が鳴る。

「ちっ!じゃ、昼休みな」

「了解でござるよ」

 武蔵に聞いたところ、続きはまだ書いてないとの事だった。日曜日に来た時話をしてくれるという事だった。俺は日曜日を楽しみに学園生活を乗り切った。


 そして待ちに待った日曜日。俺は午前中から、武蔵の家にお邪魔していた。

「すごい面白かったです!」

「そうかそうか!続きを読んでもらいたいんじゃがまだ出来ておらん。という訳で話してしんぜよう」

「ササキ、あんた楽しそうね」

「そういうお主もの」

 目の前に座っている2人は楽しそうだった。反面、横に座った武蔵は暇そうにしていた。

 そして、2人は語ってくれた懐かしそうに遠い目をしながら。

 本の続きはというと―最終的に世界は1つにまとまったが、帰る方法はついぞ見つかる事はなかった。だが、多くの種族の協力の下、新しい魔法とも呼べる大魔術を作り上げることに成功し、こちらの世界に帰って来る事が出来たというものだった。

「色々な種族がな協力してくれたんじゃ。もし、力で押さえつけ無理にでも協力させておったら帰ってくることは叶わなかったじゃろうな」

「そうね、絆の力とフィニーのおかげね。ササキは最後、大泣きだったものね」

老人2人はしんみりと語ってくれた。フィニーというのは皆を返す為に異世界に残った仲間で、ササキとはじいさんの異世界での呼び名だそうだ。

「あの、本当に異世界は楽しかったですか?」

「あら?信じてくれるの?ふふ、いい子ね」

「ふん、とうぜんじゃろ。孫の友人だぞ」

そして2人は口をそろえて答える。

「楽しかったわ」

「楽しかったぞ」

「じゃあじゃあ、魔術もつかえるんですか!?」

俺は食い気味に質問をする。

「残念じゃが使えん、何故か知らんがこっちに帰ってきてからは自分の中の魔力を感じられん」

「そうですか……」

「しかしの、魔術が使えぬともあちらで鍛えた技なら体験させてやれるぞい」

「そうね、私も体術なら見せれるわ」

 俺は隣の武蔵を見た。

「先ほどの話の真偽は置いておくとして。その2人が異常に強いのは事実でござる。拙者は2人から一度も一本を取った事がないでござる」

 マジかよ……あの糞強い武蔵より強いのかよこの老人達は。せっかくだから体験してみたいな。

「是非、おねがいします!」

 という事で、俺達は庭に出ていた。俺はというと防具を完全に着込んで、じいさんと対峙していた。

「では、いくぞぃ」

 じいさんがそういうと姿が掻き消えた。

(は?どこいった?)

 コツンと後ろから頭に軽い衝撃があった。そして後ろから声が聞こえた。

「一本じゃな」

「は……え?え?」

 訳がわからなかった。一瞬で背後に回りこまれたのだ、人間に出来る動きではない。

「魔術は使えんくなってしまったが、あちらで強化された身体能力はそのままじゃったんじゃよ。まぁ、老いて少し鈍くなってしまったがのぅ」

 そういって笑うじいさん。

「……すげー、すごいぜ!」

 俺は興奮を隠す事をせずひたすらはしゃいだ。だってそうだろう?目の前に異世界からの帰還者がいるんだぜ。

「喜んでもらえて嬉しいのぅ、ほれ、あちらを見やれぇ」

 言われた方を見ると武蔵とアイリーンさんが対峙していた。防具をつけてないアイリーンさんに全力で武蔵が打ち込んだ。その攻撃は当たることが無く、仕舞には漫画などで見る相手の剣の先に立つアレを披露してくれた。面を外した武蔵は苦笑いだった。

「はぁ~、やはりアイリーン殿にはかなわないでござるよ」

「ふふ、そんなことないわよ。ちゃんと葉ちゃん強くなってるわよ」

「そうでござるか?それなら嬉しいでござるが」

 俺は思う、こんな力があれば母の言っていた人物に成れるんではないかと。

(なら、することは1つだ)

「あの、俺に武術を教えてください」

「良いぞ」

 意外にもあっさりと承諾され、肩透かしを食らう。

「ただし、小説を手伝ってくれのが条件じゃ」

「はい!大丈夫です!」


 夏休みに入った、学校の煩わしい連中に会わなくていいと思うと清々する。この夏は俺は毎日、武蔵の家に行った。目的は修行だ。何よりも金がかからないのがいいね。いつしか俺はじいさん達を師匠と呼ぶようになっていた。

 そしてある日の午後、蝉達の声がうるさい、茹だるような暑さの中で今日も武蔵の家で竹刀(剣)を持った、小十郎師匠と対峙していた。

 師匠が動く、面を狙った上段からの打ち込みだ、だがこれは恐らく、

(フェイントだろ!?)

 軌道を変え、俺の胴へと竹刀が迫る、それをしっかりと俺は防いだ。

「ほぉー、腕を上げたのぅ」

「えぇ、今度はこちらから行きます!」

 言うが早いか俺は、師匠に全力の突きを放つ。狙いは顔面、当たればただじゃ済まないが、あっさりと避けられる。

「攻撃も鋭くなってきておるのぅ、だがまだまだじゃ。突きとはこうするんじゃ」

 横顔を何かが掠めたと思ったら面が壊れ、素顔が晒される。

「ぬぉっ!すまぬ、やり過ぎたわい」

 等と言って豪快に笑う師匠。あれから師匠は普通に剣道を教えてくれていた。頼むとたまに今のような超人的な動きを見せてくれる。

「あー!また、じい様が面を壊したでござる!もうちょっと手加減を覚えるでござるよ」

 縁側に座って見ていた、武蔵が呆れながら抗議の声を上げた。

「うるさいのぅ、孫や弟子の前でかっこつけたい年頃なんじゃ」

「何言ってんの?いい歳して?葉ちゃん、舜ちゃん、暑いでしょ?スイカ切ったからこっちで食べなさい」

 そんなことを言いながらもう一人の師匠、アイリーンさんが縁側に出てきた。

「お前だっていい歳じゃろ」

 俺は師匠の隣にいたのでボソッと呟いた声が聞こえた。

「……ササキ、あんたはスイカ無しね」

(やっぱり地獄耳だな)

 師匠は必死で抗議する。そんないつものやり取りを隣に見ながら防具を脱ぎ居間へと上がった。テーブルの上に切り揃えられたスイカが並んでいた。

(やったぜ!スイカ好きなんだよな)

「それにしても、永井殿は短期間でかなり強くなったでござるな」

「そうか?まぁ、楽しいからなぁ。それに皆強いから、引っ張られるんだろ」

「その通りじゃ。まず、師匠のワシが凄いからの。それと、弟子よ。お主には才能があるぞ」

 居間へと上がってきた師匠達がが指定席(いつもの席)に座る。

「才能ですか……?」

「うむ、そうじゃ、戦いの才能じゃ。お主、ワシらと対峙した時笑っておるぞ。もし、お主が異世界に行ったら、面白いことになるかもしれんな」

 何だよそれじゃぁ、俺が戦闘狂バトルマニアみたいじゃないか。

「笑ってるってマジですか?」

「マジね」

「マジじゃ」

「マジでござる」

(完全に戦闘狂バトルマニアですね)

「じゃあ、そんな俺から質問です。もし、師匠達が魔術使えたらどのくらい強いんですか?」

 少し考え込みながら小十郎師匠が答える。

「そうじゃのぅ……強化魔術と攻撃魔術が使えれば、この町を更地にするのに5分かからんじゃろうなぁ」

「強化魔術?」

「運動能力とかを強化する魔術があるのよ。凄いのになると自分のからだが風や雷の様になるわ。まあ、自身の体を自然現象の様にするのはとても難しいから使い手があまりいなかったんだけどね」

「ちなみにワシは炎になれたぞ」

 どや顔で師匠が言う。

「私は風ね」

「風と炎……どう違うんでござるか?」

「珍しいのぅ、葉が食いつくのは。全ての強化魔術に言えるのが身体能力の向上に伴う、攻撃力や防御力、俊敏性の増加じゃな。そして、そこから属性ごとに変わってくる。炎は更なる攻撃力のの強化を、風は俊敏性つまり速くなると考えれば良い」

「なるほどでござるな。そもそも魔術とはどうやって唱えるのでござるか?魔術式が~、なんて言われてもわからんでござるよ」

 俺もそれ気になってた。小説ノートには少しだけ書いてたけど、実際に聞いてみたいな。

「それには私が答えましょう。まずは魔力、これはそれぞれが持つものね。目を閉じて、自身の中に目を向けるとね分かるわ。まぁ、こちらじゃ感じられないけど。次に魔素、これは大気中に満ちているものよ。この二つを持って魔術を行使します。自身の内側から魔力を発し魔術式を大気中ダッシュ魔素に描き上げ、願うの。すると魔術が発動すると言う訳ね」

「ただの、一重に魔術と言っても様々な形態があるんじゃ。いま、アイリーンは願うと言ったが、ワシの魔術は命じるじゃ。他には祈るや誓うもある。弟子よ、後でもう一冊貸してやるわい、帰って読むがよい」

「やった!ありがとうございます!」

 時計の針が八時を回ったところで俺は武蔵の家をおいとました。

 帰路はウキウキだった。何故なら俺の手には師匠から預かった本が一冊握られていたからだ。

(帰ったら読もう!)

 そして、駅まで修行を兼ねてダッシュするのだった。


 施設家に帰り着き。風呂を済ませ、さっぱりとした俺は早速、本を読み出した。

(なになに?)

 魔術は下級、中級、上級、特級、超級に分類されるらしく、師匠達が言っていた、体を自然現象の如くにするのは身体強化魔術の超級、即ち一番難しい魔術に分類されているようだ。

 同じ魔術でも、級が上がるにつれ消費魔力が増え、魔術式も複雑になるが、その分威力や効果が上がるようだ。

 そして、魔術形態。師匠達が言っていたように大きく分けて四つ、願う、命じる、祈る、誓う、だ。

 俺が一番気になったのが誓うだ。誓うって事はつまり約束だ。

(ちょっとやってみるか、確か師匠達は火と風だったな)

 俺はノートを見ながら魔術式を思い浮かべる、唱えるのは火と風の中級の身体強化魔術。

誓おう(スェール)燃やす事を(ケマン)

誓おう(スェール)吹きぬける事を(スティバイ)

 当然ながら何も起きない。ふと隣から視線を感じた気がしたのでそちらを見ると望先生がドアを半開きにし、とても残念そうなものを見る目でこちらを見ていた。

「……大丈夫?」

「男には呪文を唱えたい年頃があるものさ」

 顔が熱いのを自覚しながら嘯くと望先生は腹を抱えて笑うのだった。


 夏休みが明けても、俺は週末はいつも武蔵の家で修行の日々だった。たまに魔術も唱えたり、剣でボコボコにされたりと大忙しだった。小説の方も順調だ。師匠達の小説は修学旅行から帰ったら二冊目が出来上がる。結末を知っているとはいえ、帰って読むのが楽しみだ。

 修学旅行当日の朝、望先生が見送りをしてくれた。

「お土産買ってくるからな」

「貴方が無事に帰ってくることがお土産よ、コレを持っていきなさい。困ったときに開けるのよ」

 先生はそういってお守りをくれた。たかが、修学旅行に大げさだなと思いながらも俺は受け取る。

「うん、ありがとう先生。気をつけて行ってくるよ」

(お守りって開けていいのか?)

 先生は俺の頭を撫でる、いつもより優しく、顔を見ると今にも泣きそうだった。

「……先生?」

「っ!何でもないの、本当に気をつけるのよ。何があっても諦めてはダメよ」

「うん?良く分からないけど、ちゃんと無事に帰ってくるよ。約束だ」

 そういって小指を差し出し約束をした。

 そして、今、俺は非常に困っていた。

「おーい、永井殿。大丈夫でござるか?」

 隣に座っている、武蔵が心配そうに話しかけてきた。吐き気をこらえながら答える。

「吐きそう。もう、乗り物やだ…」

「ぷふっ」

 武蔵は笑いを堪えているようだ。全く何が可笑しいのか。

 俺は忌々しげに周りを見回した。みんな俺の事なんてどうでもいいのかワイワイと騒いでいる。

 ここは泊まり先に向かうバスの中。

「永井殿、あと10分もすればホテルに着くでござるよそれまでの辛抱でござる」

 俺は喋ると戻しそうだったので頷いて答えた。

 が、我慢の限界だった、後少しといった所で吐いたね。それはもう盛大に吐いたね。

 相変わらず周りはワイワイとやっていたが、よく聞くと俺への罵声ばっかりだった。隣の武蔵はずっと俺の背中を擦ってくれていた。相変わらずいい奴じだな。


 ホテルに着いた俺は部屋に荷物を置きに行った、担任の岩田竜一イワタリュウイチは、周りの奴らは汚いものを見る目で俺を見ていた。

 別に気にしない。いつものことだ。

 部屋割りだがクラス内カースト最上位の西口達と一緒だった。

「はぁ~マジでこのメガネとござる野郎と一緒かよ。最悪だわ」

 江藤が聞こえよがしにそんなことを言う。

「気が合うな俺もだわ。糞江藤。」

「あ?ゲロメガネが調子乗んなよ?」

「折角の修学旅行なのにケンカは辞めるでござるよ」

「まぁまぁ、そんなことより散策に行こう」

「ちっ」

 舌打ちをして江藤と西口は出ていった。

「永井殿。体調は大丈夫でござるか?」

「うん?あぁ、何とかな。武蔵、背中擦ってくれてありがとな」

 俺は素直にお礼を言った。自慢じゃないが口は悪いがお礼と謝罪はちゃんと出来るぜ。

「良いでござるよ。拙者も永井殿もクラスの嫌われ者でござるからな。謂わば友でござるよ。困っている時はお互い様でござる」

「友達か……」

「そうでござるよ、拙者は永井殿を友と思っているでござるよ。皆が拙者を無視するなか、話しかけ更には剣の練習にまで付き合ってくれる永井殿を好ましく思うでござるよ」

「……まぁ、そうだな」

「さて、永井殿。夕食まで時間があるでござる。ホテル内でも散策するでござるか?」

 武蔵の提案に暇だからと言うことで乗っかってみることにした。

「寒いわ」

 若干震えながら抗議する。色々見て回って最終的に屋上に行くってなって同意したんだけども、やっぱり寒いわ。

「確かに寒いでござるな。でも、見るでござるよ。景色が綺麗でござる」

 武蔵の言うとおりだった。夜景は凄く綺麗だった。きっとこの光景を二度と忘れないだろう。

「折角だったら男とじゃなくて女と見たかったぜ」

「ははは、まぁまぁ良いじゃないでござるか」

 そう言ったきり、俺達の間に沈黙が降りた。多分、俺も修学旅行の熱に当てられていたんだろう。

 普段絶対に言わない様なことを口走っていた。

「なぁ、武蔵。もしさ……もし、願いが一つ叶うなら何願う?」

 武蔵はまじまじとこっちを見ている。分かってるよらしくねーことくらい。

「驚いたでござるな。永井殿がそんな事を聞いてくるなるんて。いきなりの質問でござるな、今読んでいるラノベでござるか?」

「おうよ、今読んでる奴だ」

 武蔵は少し考えてから答える。

「そうでござるな……真実を見抜く力が欲しいでござるな。」

 一拍置いて武蔵は続ける。

「永井殿、拙者は何を間違ったでござるか?拙者の夢は日本一の剣士に成ること、その為に幼小期より剣道に居合いにと打ち込んで来たでござる。拙者は自分で得た力を使って先輩達に勝っただけでござる…何が悪かったのか、拙者には分からないでござる。もし叶うならばその答えを…真実を見抜く力が欲しいでござるよ」

 武蔵はそう真剣に語った。俺は何も答える事が出来なかった。

「そう言う永井殿はどうなんでござるか?」

「俺かそうだな……師匠達のように強くなりたいな。あーでも、世界征服も面白そうだな」

「世界征服でござるか?」

「そうそう、師匠達のやったことってよ世界を1つにまとめた訳だろ?それって見方変えたら世界征服だろ?」

「確かに、そう取れないことも無いでござるな。でも、多くの物語で世界征服をするのは魔王でござるよ?普通は勇者や英雄の方がいいんじゃないでござるか?」

「おいおい、俺達は嫌われ者だぜ?オタク趣味でメガネかけてる勇者いるかよ?」

「むむむ、そう言うものでござるか?メガネは外したらどうでござるか?コンタクトにするとか?」

 メガネは望先生が選んでくたんだぞ、それを外せだと?更にコンタクト?無理無理。なにより、

「コンタクトなんて無理だ。怖すぎんだろ…」

 それを聞いた武蔵は腹を抱えて笑っている。目に何か入れるの何か無理だろ。

 一頻り笑った後、武蔵はポケットから印籠を取り出すと、パカリと開く、それは印籠柄のスマホケース。

「そろそろ、夕食でござるよ。食堂に行くでござる」

 俺は確信する。やっぱり修学旅行の熱に当てられている事を。少し口ごもりながら俺は一言だけ言った。

「あー武蔵……俺もお前の事友達だと思ってる」

 武蔵は目を見開き驚いたあと、にっこり笑って手を差し出してきた。

「改めてよろしくでござるよ。永井舜司ながいしゅんじ殿」

 それは友情の握手。俺は恥ずかしかったが、ズボンで右手をこすり、その手を取ろうとしたがそれは叶わなかった。

 何故なら、地面が揺れていたからだ。

「何だ!?地震?」

「永井殿!危ないでござる!」

 俺は武蔵に押し飛ばされた。次の瞬間目の前を光が包み込み俺の意識は白に埋め尽くされた。


「―い!」

 何処かから声がする。

「おい!」

 あまりにうるさいので俺は目を開ける。眼前に西口がいた。

「あ?西口?何だよ?」

「…ふぅ、無事か」

 無事?何言ってんだこいつ?西口は周りに聞こえるように俺が無事だと言っている。

 俺は状況が分からないので、体を起こそうとした。激痛が走った。

「…っ!」

「おい!大丈夫か?」

 意味が分からん?何だ体が痛い、それに何故、西口が俺の心配をする?

 さっきの痛みのお陰で俺の意識もはっきりした。俺は自身の体を見る。制服はボロボロで至るところが擦り傷だらけだった。手と足を動かしてみると、痛みはあるが折れては無いようだ。

 次に俺は周りを見回した。西口も俺と同じく制服がボロボロだった。

 いや、西口だけでなく何人かいるクラスメイト達も全員制服がボロボロで中には血を流しているものもいた。

 此処はどこだ?木々が鬱蒼と繁っている、森なのか?それに何だ、あの葉が光を放つ大木は。俺は気づいた。武蔵がいない。

「おい、西口。武蔵は?」

 西口は俺の顔を見ると悲しそうな顔をしてうつむいた。

「武蔵は……」

 何だよ?その反応?それじゃあまるで……

 痛む体を押して立ち上がる。

「武蔵!いるんだろ?どこだよ?」

 少し歩くと俺の探し人は見つかった。さっきまでの俺と同じく横になっていた。

 俺は近付きながら声をかける。

「おい!武蔵!起き…」

 気づいた。武蔵の腕があり得ない方向に曲がっていることに。そして下半身が潰れていることに。

「…たけくら?」

 しゃがみこみ武蔵の顔を覗き込んだ。

 そして頬を叩きながら、声をかける。

「起きろよ……なぁ、武蔵……」

 触った頬から伝わる熱は無く俺の友達は凄く冷たかった。

 呆然としていると肩を叩かれた。ノロノロと振り向くと、それは西口だった。

「永井……もう、みんな……」

 そう言って西口は首を横にふった。

 ……みんな?武蔵しか目にはいってなかった俺は気づく。武蔵の他にも何人か横になっている者達がいた。

 これがみんな死んでる?

「……嘘だろ?」

「そこにいるのは、みんな死んでるんだ……」

 そう言って西口は泣き出した。つられて他のクラスメイト達も泣き出す。俺はただ力なく友達の遺体を見つめていた。



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