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珈琲ブレイクハート  作者: 紅葉
本編
2/6

「で、天文部って何するんだ?」


 天文雑誌を開いて読む伊織の手元を覗いたが、星雲がどうのと書いた記事をみても「ふ~ん」という感想しかない。部室をぐるりと見渡せば、スチールのロッカーと棚に囲まれた狭い部室のなかには、大きな望遠鏡が存在を主張しているくらいで、あとは天文部らしいものはない。というか、天文部らしいってなんだ?


「本当に何しに来たんだかね。天文部の活動は主に夜だよ、大丈夫なの?」


「大丈夫ってなにが?」


「門限とか、夜間外出とか。一応女の子なんだから親とか心配するんじゃないの」


 ああ、そういうことかと腑におちた。


「ボクんち、じゃなくて私んちは大丈夫、たぶん。聞いてないけど、うん」


「聞いてないんだ……別に、関係ないけど。じゃあ、僕はもう行くから」


 伊織は雑誌を閉じて棚に置くと、部室を出ていこうとする。


「ちょっと待って!」


「なに?」

 

 うんざりした顔で伊織が振り向く。でもここでおいて行かれても、何をしていいかわからない!


「他の部員に紹介とかしてくれないのか? 活動内容とかなにも聞いてなくて」


「……顧問の先生はなんか言ってた?」


「え、何も。理科準備室が部室だってことくらいしか」


「はぁ~、顧問の新田先生はテニス部との掛け持ち顧問で、夜間観測会の時しか滅多に顔をださないから、活動内容に関してはあんまりよくご存じないと思う。他の部員も大概掛け持ちしてるから今日は来ないと思うけど、5人ほどいる。僕は二年で部長してるけど、勝倉さんも知ってるとおり、放課後はほぼ毎日バイトしてる。今日は新田先生に新入部員がひとり来るから、部室ここにいろって言われたからいただけ。普段は水曜日に集まってる。それ以外の活動内容は夏休みに泊りがけの天体観測会が1泊2日であって、あとは科学館とかの観測会に参加したり、プラネタリウムの上映会を見に行ったり。学園祭には模型とか自作プラネタリウムの展示するだけのゆる~い活動です。それでもなんでか一定数の部員は毎年入るんで、廃部にはならないのがうちの学校の七不思議、以上。本当にいまさらだけど、料理の腕をあげたいんなら料理倶楽部に入りなおすことをお勧めするよ。うちの料理倶楽部は結構有名だから」


「そうなのか。それでもやっぱりボクは、じゃなくて私は伊織に料理を教わりたいと思ってるんだが、ダメか?」


「どうしてそんなに懐かれちゃったかなぁ、変な同情しなきゃよかった。天文部続けるなら水曜日の放課後に来てね。それじゃ解散。鍵締めるから出てくれる?」






「勝倉さんってストーカー?」


「そんなんじゃないよ」


「じゃあ、どうしてここにもいるの……」


 伊織がうんざりとした顔になった。ちょっと後ろ暗くて正視できず思わず銀のトレイで顔を隠す。ここは伊織のバイトしているカフェだ。できれば近づきたくないと思っていた場所ではあったが、伊織の料理の腕のヒミツがここにあるかもしれないと思ったら、電話を手にしていた。ダメもとでアルバイトの募集がないか聞いてみたら、面接をしてくれるということになった。

 ここのオーナーさんは母親くらいの年齢の女性だった。


『こないだここで彼氏にふられちゃった子でしょ? あれから吹っ切れた?』


 なんて古傷をぐいぐい抉ってくる。


『今度は伊織君? あの子は手ごわいわよ~、頑張ってね』


 と、謎のエールを送られた。そういうわけでもなかったんだが。

 伊織狙いだと誤解された割には採用してもらえたので、ボクはここにいる。


「別にどこでバイトしても自由だけどさ」


 ぶっきらぼうに言いながら、接客のいろはを教えてくれる伊織は、なんだかんだと優しいと思う。

 とりあえずは来客のエスコートと注文を聞くこと。お冷やとおしぼりを出して、注文品を運び、レジをするのが与えられた仕事だった。接客業の経験のないボクにはそれだけでも目が回る。


「じゃ、頑張って」


「お、おう」


 伊織はいまいち信用しきれないという目を向けてから、伝票を手に、呼ばれたテーブルに颯爽とした足取りで向かった。








 注文を取りに行けば、耳慣れない呪文のようなメニューに何度も聞き返してお客様を不機嫌にさせ、注文品を運べば、ソーサーに珈琲をこぼしてやり直し。

 最初はそんなものだよと篠田さんという若い店長には慰めの言葉をかけられたが、仕事を増やしてしまって迷惑をかけていることに落ち込んでしまった。

 そこで洗い物を率先してする。洗い物ならできると思う、たぶん。


「勝倉さんて、何やらせても不器用なんだね」


 テーブルから下げてきた食器をシンクの横に置いた伊織が感心したように言った。全然嬉しくない。


「ああ、ほら。袖しっかり折らないと濡れてるよ」


 と、背後から手を伸ばして、ボクのシャツの袖のボタンを外し、くるくると巻き上げた。


「あ、ありがとう」


「どういたしまして。また泣いてたの?」


「泣いてない」


「あっそう。洗い物助かる」


「ん」


「割らないでよね」


「気をつける」


 ポンと肩を叩かれて、伊織に励まされた気がした。

 そして気付いたのは、学校の地味系男子の片鱗をみせない姿の伊織は、この店ではどうやらモテているということだ。

 





「伊織、料理教えて!」


「まだ言ってるんだ。ゆで卵できるようになったの?」


「ううん、まだ」


「まだかよ……」



 伊織が頭を抱える。

 教室に、部活に、バイトとストーカーと言われてもおかしくないくらい付きまとっているボクを、伊織は嫌な顔をみせながらも付き合ってくれていた。


 利恵とはあれから仲良くはできていない。お互い気まずいまま疎遠になった感じだ。もっともボクは新しい目標を見つけたから、もう気にしていないし、二人が仲良く談笑しているのを見かけても少し複雑な気持ちになるだけだった。そんな利恵と共通の友人である深雪が、なんだか深刻そうな顔をしながら話しかけてきた。


「ねぇねぇ、茜、深谷くんと別れたってほんとう? それでもう玉野くんと付き合ってるの?」


「え、別れたのは本当だけど、伊織とは付き合ってないよ」


 ちらりと伊織を見るが、もう他人の顔になっている。こうしてると本当にコミュ障みたいにみえるんだよね。


「そうなの? なんだか最近仲良くしてるから、もしかしてそうなのかなって思って」


「仲良くみえる?」


 一方的に押し掛けてるだけなんだけど。そう見えていたらちょっといいな。すると、深雪はコクコクと頷き、声を潜めた。


「え、うん。メンクイの茜が玉野くんに行くって珍しいなとは思ったけど。ほら、深谷くんとタイプが違うっていうか、玉野くんってちょっと……でしょ?」


「そうかな、フツーだと思うけど」


 深雪が濁した言葉はたぶん、伊織が自ら擬態している地味とか暗いとかいう単語だったのだろうと予想したが、それ本人のいる前でよく言えるな、と背中に冷や汗が伝う。


「それならいいけど、茜のことを尻軽だとか言ってる人もいたからちょっと心配事なって」


「誰よ、そんなこと言ってるの」


「あ、ごめん。気にしないで」


 深雪がいい逃げしてバタバタと逃げるように去った。


「……今の、勝倉さんの友達?」


 伊織がノートに何かを書き付けながら聞いた。


「う、うん。白雪深雪っていうの、となりのクラス」


「ふうん」


 また色々毒舌言ってくるんだろうな、と構えていたが「ふうん」の一言で流されてしまった。腹の中では色々思ってるんだろうなとドキドキする。

 ビリっという音にビクッと飛び上がると、伊織がノートを定規をあてて破ったところだった。その紙を畳んでから、こちらに突き出され、思わず受け取った。


「そんなにビビらなくても。ただのゆで卵のレシピだから。この通りに作ってね。余計な自己アレンジは一切しちゃダメ」


「お、おう」


「って言ってもただのゆで卵に自己アレンジもないと思うけど」


「ありがとう」


「うん」


 伊織は伊織で友達に用があったのか、紙袋を手に席を立った。

 ボクは手の中にあるハート型に折られたレシピをポケットに突っ込んだ。




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