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悲観的なロボット考察シリーズ RAIFE (Robots & Artificial Intelligence For Existence) 

悲観的なロボット考察シリーズ RAIFE 04

作者: 相楽山椒

「今回の人型汎用機動兵器は全天候、全戦局に適応するマルチ・マッチング・マシンです。略してMMMと呼称します」


「ほう、してそのエムエム、エムとやら……言いにくいな、スリーエムではダメですか?」


「いや、できればMMMと呼んでいただきたいのだが……愛称で我々はヘカトンケイルと呼んでいますが、そちらではどうだろう?」


「ヘカトンケイル……百手巨人か。まあ、よいでしょう」


 長身でグレーのスーツに腰まである長い髪の女性は、冷徹といった雰囲気を結んだ薄い唇に漂わせながら、目の前の小柄ななりにさらに背を丸めた白衣の男と向き合っていた。


 薄暗いハンガー内で、先端軍事技術運用評議会の女性担当官は眼鏡をはずすと、初老のロボット工学博士の後に続いた。


 今日は全高四メートルの人型汎用機動戦闘ロボットにおける評価試験の事前打ち合わせでの顔合わせだったが、おそらく初めて見る顔だ。正直ここのところ評議会の採用試験を希望するラボが多すぎて参っている。だから正確に初めて会ったのかどうかも覚えてはいないのだが。

 

 ロボットが戦争を代行する時代、無人兵器の優劣だけが戦局を左右する近代戦闘において、その開発兵器を採用し運用するかの評価試験を行うのが先端軍事技術運用評議会であり、採用が決定した兵器開発者は一生を遊んで暮らせるほどの莫大な資産を形成することができた。


 そのためあらゆるロボット工学博士は新兵器の開発に余念がなく、互いに凌ぎを削って今回四年ぶりに行われるコンペティションに挑もうとしていた。


 この女性担当官と話す初老の博士もその一人だった。


「なるほど、人体の四肢を模した標準的なスタイリングは実に汎用性が高そうですね」女性担当官は頷きながら手元のバインダーに何かを書き込んでいる。


「さすが評議会員の方は違いますな」


 工学博士はその様子を見て取り手応えを覚えたのか、語気を強めてロボットの起動コンソールに向かった。


「このヘカトンケイルは従来の機動兵器とは一線を画す、我々の研究所が独自で開発した超伝導リニアアクチュエーターで素早いキレのある動きとしなやかな力強さを実現しています。まさにその動きは生身の人間と遜色のないものと言えましょう」


 女性担当官は目の前で機械動作音を奏でながら、あらゆる動きを可能とする巨人に見とれていた。


「こ、これは。すばらしい。この機体は走れるのですか?」


「無論です。これならば地上を這う隣国の無人戦車などゴキブリ同然蹴散らすことが出来ましょう」


「ゴキブリですか……あれはあれで意外とすばしっこいものですし……」


「ものの喩えですよ」


「――わかっています」


 女性担当官は嘆息を吐き気を取り直し、威厳を取り戻そうと背筋を伸ばし続く説明を促す。


「はい……えー、つまりそのすばしっこいゴキブリにはどう対処するかと言いますと、ここでオプションモジュールを用意しております」


「ほう、機動力を上げるための陸上戦オプションですか。ぜひ見てみたいですね」


 博士は次のハンガーへと担当官と四メートルの巨人を引き連れて移動する。


「はは、こうして難なく我々の後ろを巨大なロボットが歩いて付いてくる、というだけでも痛快な光景ですね。まるで人類のしもべとなった伝説の巨人のようです。頼もしい限りですね」


 女性担当官は声を上ずらせて意気揚々とハンガー内を歩く。事前打ち合わせの段階で肩入れするような言動は差し控えるべきであったが、この無名の工学博士の生み出したヘカトンケイルにはそのタブーをも凌駕するほどの機能美すら感じた。


「うまいことをおっしゃる。我々も神話になぞらえ陸上戦モジュールを“タイタン”海上戦モジュールを“ポセイドン”空中戦モジュールを“イカロス”と名づけました」


「おお、それは力強い。だが、イカロスは落ちそうですね……」


「……あくまで呼称です。評価に影響は?」


「それは勘案しない。安心してください」


「そうですか。では、さっそくヘカトンケイルに陸上モジュール、タイタンを装着させます」


 そう言って博士は巨人を操作し、ハンガー内でモジュール接続操作を行う。やがてハンガーの反対側のシャッターが開き、評価試験場の広大な敷地が目の前に広がった。


「失礼、ヘカトンケイルタイタンが発進しますので」


「ああすみません」


女性担当官はそそくさと出口のシャッターから身を引いた。


 ギィというギア鳴りが暗闇から一瞬したかと思うと、巨大な質量が担当官の目の前を横切り、彼女の長い髪をなびかせた。そしてそれは一瞬のうちに視界から消え、遥か遠くの地平線上に到達した。


 女性担当官は目にも止まらぬ速さのヘカトンケイルタイタンに一瞬言葉を失い、冷静さを欠いた。


「す、すばらしい機動速度! いったいどんなモジュールなんですか?」


 だが、地平線の彼方から帰ってきたヘカトンケイルタイタンを見て、再び担当官は言葉を失った。


「いかがですか、人型ならではの陸上機動モジュールです」


「こ、これは……チャリ、いや、自転車じゃ……」


「機動エネルギーをヘカトンケイルに依存する安価で高効率な機動モジュールです」


「な、なるほど、その発想はなかった。はは、人型ならではですね……」


 ヘカトンケイルは“タイタン”という巨大な自転車にまたがりそこに凛々しく屹立していた。


「では、引き続き海上モジュールと飛行モジュールを見せてもらいましょうか」


 この時点であまりいい予感はしていなかった女性担当官は努めて冷静に、手元のバインダーにメモを書き残した。


「こ、これは! 手漕ぎボートじゃないですか!」


「機動エネルギーをヘカトンケイルに依存する安価で高効率な海上機動モジュール“ポセイドン”です!」


 見た目はともかく、機動巨人の漕ぐボートは凄まじい速力を記録した。


 女性担当官は、次の飛行モジュールについて意気揚々と語る博士の横顔を怪訝な顔で見つめていた。


 さすがに空を飛ぶにはジェットロケットのようなバックパックを装着するのだろうと考えたが、あえて名称が“イカロス”であることに一抹の不安を覚える。


 そしてそれは的中し、女性担当官は髪を乱して頭を垂れる。


「博士……あれほどの動きをする汎用人型機動兵器を作れるのはあなたしかいません、おそらく。しかし……」


 女性担当官は両腕に装着した巨大な羽を羽ばたかせながら、悠々と大空を舞うヘカトンケイルイカロスに目を細めながら何かを言いかけた。


 しかし博士はそれを制し。


「おっしゃりたいことはわかります。そう思って飛行モジュールはもう一つ用意しております」


「そ、そうか……ぜひ見せてくだ、さい……」


「こちらが、反重力モジュールを用いた機動俊馬四頭に引かせた高機動馬車“アポロン”でございます。こちらも機動俊馬四頭の蹄から断続的に発生する十六の半重力場が機体を前進させ、馬車に乗るヘカトンケイルが手綱を振るう度に速力が増すという仕様になっており――」


 四頭の機械でできた巨大な鉄の馬の後ろには古代ギリシアの戦車のような二輪の馬車が据え付けられており、両輪の間にヘカトンケイルが収まる足置きがあった。


「――つまり、この力場を利用すれば時空を歪曲させることができ、瞬時に戦局地に移動するということも可能であり、まさに神の御技を手中にしたと言っても過言ではないかと――」


「博士」


「――しかしながら反重力ユニットは離着陸時の周辺への影響が大きく――」


「博士!」


「……な、なんです、大きな声を出して、まだ説明の途中です」


「博士……先端軍事技術運用評議会の評価試験は取りやめます」


 女性担当官はメガネを外してバインダーの資料を閉じた。


「えっ! ええ! これほどの技術をあなた方は評価しないというのですか! これさえあれば敵国の前世代兵器など微塵ですぞ! なぜです!」


 博士は顔をしかめて唾を飛ばし、彼女のスーツの袖を掴んで食ってかかった。


 だが、女性担当官は彼をなだめるように、物腰を柔らかくしてこう言った。


「これだけの技術をして……戦争などしている場合ではないからですよ、博士」



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[気になる点] 真ん中の 「ああすみません」 のとこ。 改行してないよ?
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