空の中にいる
文字通り、空の中だった。
視界に青が広がる。目の前を真っ直ぐ落ちていく雲。真下へと吹きすさぶ風。
上を見上げるとちょうど真上を中心に雲がぐるぐると回っていて、勢いよく落ちてくる風に目が乾燥していく。とても長く見てはいられない。
下を見ればそこはちょうど深海のよう。光の届かない空が、下にひろくひろく広がっている。
めまいがする。
私はよろよろと進み、少し頼りないバルコニーの柵を握りしめた。私の腕より少し太いくらいの枝が組まれた柵は、案外隙間が空いていて......少し怖い。
風が容赦なく吹き下ろしてくる。
あばれるみつ編みを押さえながら、少し横をのぞく。家は、下がない。
つまり、まさか、宙を飛んでいた。
◆
呆然としていたらしい。
「アンナ、大丈夫かい、」
心配そうに足をつついたのはジャックの鼻だった。
その冷たさにふと我に返る。
「ここはどこなの」
宙を見つめたまま呟く。風が強く吹き下ろしている。ジャックの鼻が濡らした一点が急速に冷えてゆく。ぎゅっと握った手すりは、思いっきり力を入れたら折れてしまいそうだった。
「中に入りなさい。風邪をひいてしまうわ」
優しい声に振り返る。そこに立っていたのは――灰色の翼を畳んだ女の人だった。
◆
前を歩く女の人の背中を見つめる。
少し小太りのその人の背中から、たしかに羽が生えている。ただ、天使というわけではなさそうだ。というのも、その人はあまりに普通だったから。たぶん、天使ってもっと輝いていて、頭には輪っかが光っていて、白い衣を身につけていたりするんだろう。
神々しさというよりも、感じるのは暖かさだった。
羽はややくたびれていて、茶色がかった灰色。ところどころ白くて、全体に薄い色。
服装は至って普通......田舎のおかみさんという感じ。くすんだ緑のワンピースに薄黄色のシンプルな四角いエプロンを巻いている。赤い肩までの髪は後ろでひとつにまとめている。不思議なのは、羽が外に出ていること。服にはちゃんと、羽が出る穴があった。
「さあ、ごはんにしよう。お口に合うかはわからないけど、温かいものを用意したのよ」
「いいにおい!僕にも食べられるのはあるかなあ」
ドアを開けた先には、暖かい食事の並んだ食卓と、部屋の隅に、例の案山子が立てかけられていた。