その日-3
仕えとはなんだワン。
聞いてみたいのはやまやまだけど、人間の言葉は話せないし。
何より空気が重しのようで......ひげを震わせるのにもいつもの何十倍もの力が要ったので、
ただ椅子の下で小さくなっていることにした。
◆
「......あなたは何者なんですか」
沈黙に負けたのは、赤毛改めコーネだった。
コーネは眉毛をぴくりと動かして、じっと教授を見つめ返す。
その目は炎のように赤く、光を纏ってちらちらと瞬いている。
さっき、寝起きの私(の、いた場所)を見つめていたのもちょうど同じ目。
普通の時よりもすこし瞳孔が広がっていて、言い様のない恐怖を感じる――まるで心の底までを見透かされているような。
「僕かい?僕は一介の研究者さ」
教授が腕を組み直す。
「まあ、ただちょっとした特技があってね。それが"見えない"理由だね。でも、元を正せば同じ側に僕らは立っているはずなんだよ?」
「あなたは何を知っているんですか」
更に目を見開いてコーネは机を叩いた。
ぱん、と音がして積もっていた埃が舞い、鉛筆が転がり落ちた。
「僕は研究者だ。世界の成り立ちを調べている」
くいっと分厚い眼鏡を押し上げる。
「君たちのね」
コーネはうつむく。
「別に、暴こうという訳ではない。ただ、良い方に変えることができれば、その方がいいだろう?」
「僕はお姫さまを助けたいのさ」
パッと顔を上げるコーネ。少し待て。誰か説明してくれ。
◆
「あの、教授......?」
おそるおそる口を開く。
「なんだいアンナ?」
「私、さっぱり何もわからないんですけど......」
「そうだろうね。でも少し時間がない。君だね、コーネくん?」
カタカタと小さな振動が地面から伝わってきた。地震、だろうか。
「疑わしきものと相対するとき、保険をかけておくのは当然のことです。申し訳ないですが、あなた方のことをまだ信用したわけではないです」
ガタガタと揺れは大きくなる。積まれた本が大きな音を立てて崩れていく。
「しかし、これは私のせいではない。おそらく私の双子の仕業でしょう......あれは遠くを見ることができます。私が変なところに留まっていることに、疑念を持ったのでしょうね」
大きく揺さぶられている。私は必死に机につかまるが、机もずるずると動き始めた。怯えきった子犬がばたばたと動いているのを、必死で抱き上げる。
「目的は恐らく収拾物。私には見られませんでしたが、あちらにはその手のものに特化した者がいます」
目を伏せるコーネ。室内は激しい揺れにさいなまれているのに、なぜか彼と彼の座った椅子だけが切り離されたように静かに動かない。
「世界の根幹に関わる部分が、人知れず研究されていたとしたら、まず、ただではすまないでしょうね。逃げるのが得策だと思われますが、どうしますか?」
「僕にはこれを阻むだけの力はないよ。なるがままにするしかない。それにもう逃げられないようになっているだろう?」
困ったように笑う教授。
「僕は最悪どうでもいいけど、この子らを巻き込むのは不憫だとは思わないかい?」
「そうですね。既に巻き込む巻き込まないの範疇を超えている気がしますが」
天井のはりがばりばりと音を立てて割れた。
穴が空いたのか、暴力的な光がカッと差し込んでくる。と、同時に強烈な風が吹き込んできた。息が苦しい。飛ぶ塵が空気中に舞い、光が散乱してあたり一面が真っ白だ――私は、床が、消えるのを感じた。