その日-1
また、あくる日。
ツンツン赤毛は、またやってきた。
というか、いた。
朝起きたら目の前に。
えっこわい何だこいつ?なんで私を見ている?えっ私死んだ?私はキスを待つお姫様か何かなのか?いやでも私起きてる。目は開いてる。なんで私のハンモックの横にこの人立ってるの?
混乱するがままに私は体を起こした。
赤毛の目は私の頭のあった場所にじっとそそがれたままであった。
こいつ私が見えてない?
◆
とりあえず私は行動に出ることにした。
そろそろとハンモックを降り、ハンガーにひっかけてある白衣を腰に巻く。
広がるくせっ毛を両手で押さえながら赤毛の後ろに回る。
赤毛はハンモックをじっと見つめながら、あごに手を当ててじっと何かを考えている。
なんだかあまりにもこちらに気がつかないので、この隙にみつ編みをしてしまった。よし、気合い十分。
どうしたものかと視線を泳がせると、遊びたくてたまらなそうな子犬と目があった。瞬間、飛び出す白に茶色の毛玉。
「わんわんっ!」
嬉しそうに飛びつき、舌を出してせかせかと息をする子犬。
「はいはいよしよし」
は、声を出してしまった。
赤毛はパッとこちらを見て、
「ほら可愛いわんちゃん、僕のところにおいで!」
満面の笑みでガン無視である。
当然、つれない私なんかよりもああいういかにもな犬好きの人の方が嬉しいわけで、子犬は床を転がり回って赤毛と遊んでいる。赤毛が手をふりかぶる。子犬はきゅっと上体を床につけて背中をのばし、尻尾をぶんぶん振るって臨戦態勢。赤毛はぶんと子犬愛用のテニスボールをほうった。私は手持ちぶさただ。というか、教授、さすがに起きてもいいのではないだろうか。こんなに騒がしい中寝ているというのはなんというか尊敬に値すべき能力かもしれない。
こんな調子なら勝手に出かけるかなー、と思いながら研究室のドアノブに手をかける。
ぴりっと軽い電流のようなものが体を走った。
「動かないで!!」
赤毛がこちらを視認した。
視認したと言うだけでは足りない。まっすぐ私に向かって、敵意のある視線が向けられていた。
私は動けない。空気中の全てが突然びっしりと針になって私をにらんでいるような。背中を汗がつつうとつたう。動くべきだろうか。繊細なガラス細工の花瓶が空気中に放り出された瞬間のような。
息を吸ったらきっと、私は喰われる。