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研究室に客が来た

 

 結局私が頼んだのは蜂蜜パンケーキ(プレーン)だった。

 まあやっぱりね、養ってもらっている身なので。そのくらいの遠慮はするのだ。


 そう、あれは3年前ほど前のこと。

 よく晴れた冬の日、ということしか覚えていない。とても寒く、吐く息が白く固まるのが不思議で、何度も何度も手のひらに向けて息を吐き出していた。

 問題は、気が付いたら一人で道端に座り込んでいたということ。私は当時おそらく10歳前後だったのだが、それまでどうやってどこで誰と暮らしてきたのか、全く記憶が無かった。

 不思議と不安はなくて、とりあえず眠気に身を任せてぼんやりと宙を見つめていた。

 そこにふらりとやってきたのがこの重たい眼鏡をかけた教授である。差し伸べてくれた手にふれた瞬間、私の意識はぱっと白く飛んだ。


 それからはよく憶えていない。気が付いたらくたびれたソファーに横になっていたので、多分疲れと安心感で寝てしまったのだろう。

「君がここにいてもいいのなら、一緒に暮らさないか?」

 そんなことを言われて、行くあてもなかったので何となくそのままお世話になっている、というわけだ。


 子犬がやってきたのは、半年ほど前。大学の敷地内に段ボールに入れて捨てられていたのを、教授が拾ってきたらしい。

 帰ってきたらいきなり部屋にいて、それからは何となく共同生活だ――実は名前すら決められていない。子犬、呼びがなじんできた感じすらしている。


 もっとも、動く同居人が私たちだけというだけで、この程度のことは毎日起こる。

 教授はいたるところでさまざまなガラクタ(に見える)を拾ってくるのだ。

 拾ってきたものは研究室の戸棚とか、箱の中とか、いろいろな場所に分類して整理される。整理したい、という方が適切かもしれない。分類こそすれ、小さな研究室には収まりきらないほどの大量の収集物だ。箱はその辺に山のように積まれているし、机の上にも紙切れがたくさん。そもそも本も積みあがっている。しまいきることなど到底できない。

 さっきの案山子だって、それのひとつでしかない。教授愛用のコートのポケットにだって、この瞬間にも石ころやらなんやらがたくさん詰まっているはずだ。まあ、案山子ほど大きなものは少し珍しいけれど。なんと言っても教授の背丈ほどもあるのだ。今はカフェの手すりにもたれかからせられている。太陽の方向的に私にちょうど影がかかる。風でひらひら動く帽子の影が顔にかかって、すこしうっとおしい。



 運ばれてきたパンケーキは、抗しがたい甘い幸せを振りまいていた。


 アンナの視界に揺らめいていた帽子の影は、ふいに消えた。




 ◆




 食事を終えた私たちは掃除のおばさんと別れて研究室に戻った。

 教授は案山子を立てかけると、再び積みあがった本のバリケードの中に潜る。

 子犬はおとなしく窓辺の日なたに丸くなり、私はハンモックで読書を始めた。

 そこまではいつも通り。その日がいつもと少し違ったのは、そこに部外者がやってきたことだ。


「こんにちはー、ここ、何の研究室ですかー、」


 無遠慮な間延びした声。子犬は飛び起きて、私の前を走り抜け、尻尾をぱたぱたさせながら扉の前でのびあがっている。

 教授がバリケードから出てくる。


「やあ、2年生かい?あいにくだけどうちはゼミ生を取っていないんだよね」

 まあでもせっかく来てくれたんだから、お茶でも飲んでいきたまえ、と中へと招き入れる。どこに座らせるつもりなんだろう。

 教授はどこからともなく丸椅子を引っ張ってきて、ツンツン赤毛に勧めた。


「ここ、何の研究室なんですか?」

 マグカップを両手で抱えながら、また聞いた。というか、そういうのって知らないで来るものなのか、とアンナは首をかしげてハンモックに横になる。

「考古学だよ」

「へえ、でも変ですね。考古学って、過去の遺物から過去を知る学問でしょう?資料とかたくさん部屋に置いてあるもんかと思いました。」

「全部が全部そうってわけでもないのさ」


 アンナはまどろみながら考えた。この人目が見えてないのかなあ。





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