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飛行草のサラダ

 

 女の人はランプさんというらしかった。

「飛行草のサラダに、羽くらげのソテー。スープは鳥かぶを煮込んだのよ。質素だけど、さあ召し上がれ」


 案山子に気を取られていた私は、あたたかい湯気の上がるスープ皿を渡される。見ると、小さな羽が二つ生えた白くて丸いものが、透き通った黄色のスープに浮かんでいた。やわらかくて、ほっとする香りが鼻腔をくすぐる。勧められるままに私は席に着いた。柔らかい丸いキルトのクッションが、各椅子に丁寧に並べてある。


「いただきます」


 小さく手を合わせてカトラリーを手に取る。普段使っているものよりもすこしずっしりと重みがあって、私は思わず手元を見つめた。柄の部分に細かい浮彫がされて綺麗だった。銀のようだけど光の加減で時々不思議な色に光る。食卓に並べられた料理の色も、少し不思議さを身にまとっていた。スープに浮かんだ鳥かぶは、ふかふかで味はちょうど……パンに似ている。サラダの菜っ葉はほうれん草のようだが少し赤みがかかっていて、時々ぱたぱたと動く。驚く私にランプさんは笑って、乳白色のドレッシングの入った瓶を渡してくれた。

「とりたてで新鮮だからね。胃に入ってしまえば動かないから安心していいのよ」

 そんなことを言って笑う。

「ねえランプさん、僕も何か食べたいです」

 すこししょんぼりしたジャックが言う。

「そうだった、ごめんね子犬ちゃん」

 塩分は低めのものがいいかしらね、とランプさんはサラダを手に持ってうろうろしている。

「子犬じゃないです、ジャックです」

 すこしむくれるジャックに、ランプさんはまたやっちゃったと笑った。


「はい、ジャックのはこれね」

 お皿には、飛行草のサラダ――これがすっぱいのに私はびっくりしている――と、赤い実を半分にわったものと、黒いライスのようなものが丁寧に盛り付けられていた。

「ランプさん、これはなんですか?」

「サラダは一緒でしょ、飛行草。少し小さめに切っておいたわ。それとね、赤いのは悪魔の目玉っていうのよ」

 いたずらっぽく微笑むランプさんにおののく二人。

「あ、悪魔の目玉ですか」

「ぼくそういうゲテモノはちょっと……」

「大丈夫、比喩だから。飛行草の仲間の果実なのよ、甘くて美味しいからあなたもどうぞ」

 大笑いしながら頂いた悪魔の目玉は、思っていたよりも固いけど、かみつぶすと甘酸っぱい果汁が驚くほど溢れ出る。少し懐かしい味がした。




 ◆




 おなかいっぱいになると眠くなるのは人の性だけど、それより大切なことを聞いておかねばならない。私は部屋の端に立てかけられた、見覚えのある古ぼけた案山子を見つめながら考えた。


「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

 すこしどきどきしながらランプさんを見る。

「ランプさん」

「はい」


「私たちはどうしてここに来たのですか?」

 心臓がとくとくと速くなってゆく。

「ここはどこですか?」

 すこし、鼻の奥がつんとする。

「教授を知っていますか?」

 涙がぽろりとこぼれた。ジャックが膝に飛び乗り、心配そうに顔を見上げる。もう涙は止まらない。

「私たちはどうなるのだろう」

 ぼろぼろと涙を落とす。教授はどこに行ってしまったのだろう。私は、また迷子になってしまうのだろうか。

 気が付くと、ランプさんが背中をさすってくれていた。


「あなたたちは何も知らないのね」


 ランプさんは嗚咽を上げる私の隣の椅子を引き、座った。


「まずはここについて教えてあげましょう」


 優しい声で、言った。


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