『空月九十九VS鮎原夢』
いやはやこれは参った参った、まさかこんなことになるとは予想が出来ただろうか? まあ出来たかもしれないが。
どうして僕は運が無いのだろう、嫌、本当はあるのかも知れないが。
「渡さないもん! 十夜は夢の彼氏なんだから!」
「ほう、それは面白い。ならば白原にこんなことをしたらどうだろうかな?」
「ああ! ダメなの! そこにそんなことしちゃダメなんだよ!」
美女二人が僕の両腕に抱き付き激しい戦いが巻き起こっていた。
いやはや、僕は運が有るのか無いのか。
「ダメぇ! 十夜にそんなことしたらダメぇーー!」
「はっはは、白原のここは最高だぞ?」
さて、とある一室(と言っても僕が住まうアパートだが)で繰り広げられる騒動を説明するには数時間前に逆上らないといけない。
嫌々、どうしてこうなったのやら。
数時間前はそんな殺伐とした雰囲気では無かった、帰国を果たした我がカメラの師とも言える空月九十九先生の下で仕事を再開していたのだった。
あの地獄の一ヶ月はこの人が引き起こしたと言っても過言では無いのだが。
「白原、そんなに睨まないでよ、わたしだって申し訳ないことをしたと反省しているんだぞ? ね? だから機嫌を直して?」
「先生、僕は一ヶ月本当に大変だったんですよ?」
「滅多に怒こらない白原が怖いな~……許して! 今月は給料を上げるからこの通り!」
深々と頭を下げた、まあ先生は遊びで行った訳でもない訳だし、こうして謝罪して頭も下げている。
それにあの一ヶ月は貴重な体験が出来た、久し振りに加藤さんとも会えたし、夢ちゃんと同棲も。大変だったけど、本当は楽しかったんだ。
「……分かりました、許しますよ。その代わり今度からはちゃんと事前に知らせて下さいね? 急に仕事が無くなったら焦りますからね」
「分かった、約束するわ! 本当に済まなかったわね白原、ほらお詫びにお土産だってあるわよ?」
お土産か、確か先生はアフリカに行くって行ってたから何を買って来てくれたのか?
渡されたのは箱だった、どうやら食べ物らしい。えっと箱に表記されている文章は……。
『アフリカまんじゅう』
「美味しそうでしょう? 中にあんこやカスタードや豚肉やエビチリとか入っていたり……」
「……あの、これって日本で買いましたね?」
「ドキン! 嘘バレちゃったな、はっははは、さすがは白原名推理!」
アフリカに日本語で表記されたまんじゅう何かある訳が無い。
全く……それにしても中身があんこやカスタードにエビチリって、何処がアフリカなのだろうか? 謎である。
「あ、そうだ白原、お前今晩何か予定でもあるかな?」
「え? いえ、特に用事はありませんけど何故ですか?」
「まあその一ヶ月のお詫びを兼ねて一緒に食事でもしない? 大丈夫わたしの奢りだから心配しなくて良いのよ?」
いやはやこれは驚いた、まさか先生が僕を食事に誘って来るとは。一ヶ月のことを詫びたいと申し出ているのだ、断る理由は無いだろう。
夢ちゃんも今夜は来ないし、多分食事っていっても先生のことだからラーメンとかだろうし。
ボサボサ頭の眼鏡姿をした先生からはそんな想像しか出来ない。
「分かりました、ならご馳走になりましょう!」
「それは良かった、じゃあ街にどっかの芸術家が作ったオブジェがあるだろ? あそこに七時に集合ね」
そこは良く夢ちゃんとの待ち合わせ使う場所だな。
分かりやすくて良いか。
「はい、七時ですね」
「あ~それから……」
こうして先生との食事となった訳になった、仕事を終えて一旦アパートに戻り着替えを済ませ出発。時計針が七時を示すには十五分足りない時間に到着し先生を待つ。
「……しかし妙ですね」
それは先生が追加して言ったことが関係する、それはスーツに着替えて来いとの話だ。一張羅の紺色スーツを纏いてここにやって来ていた。
スーツ何て久し振りに着るから何だか落ち着かない、ネクタイをするのも少し時間が掛かってしまう始末。きつく締め過ぎただろうかとネクタイを緩めようと手に掛けた時だ。
「何だもう着ていたのか白原」
どうやら先生も早く着いたらしい、声がする方へと視線を移動させる。
眼球が彼女を掴む。
最初に目に付いたのは肩に触れるか触れないかの瀬戸際に垂らされた栗色の髪、記憶を捜索してもこんなに綺麗に整ってなどはいない。
グレーの女性用スーツを着こなし、大胆にもシャツの胸元が開いており、何故かこちらが恥ずかしくなる。
眼鏡では無くコンタクトを付けた空月九十九先生がそこに。
「女を待たせないように早めに来るとは感心感心……ん? わたしの格好変?」
仕事先に行く時のみ髪を梳かしコンタクトにするこの姿は確かに前にも何度か拝見したが、まさか僕との食事の為にこの格好で来るなんて。
先生は普段だらしない格好だが、ちゃんとすれば絶世の美女クラスに変身してしまう。やっぱり何度見ても美しいな。て、僕には夢ちゃんがいるのを忘れて無いのか。
頭の中で穴掘って叫ぶ、僕の馬鹿野郎。
「えっと、その……む、胸元ですよ! そうそう、胸元が開き過ぎです!」
「胸元? ああ急いで着替えて来たから締め忘れてたわ。全く白原はそんなところに目が行って、このスケベ」
「ス、スケベでは無いですよ! ただ事実を述べただけであって別に深い理由などなどあったりは無きにしも非ず……って違う! 無いんですよ!」
途中から自分が何を口走っているのか分からなくなり挙動不信となってしまう。
そんな姿を先生は豪快に笑い飛ばす。
「はっははははは! し、白原お前最高ね! ちょっとからかっただけでオロオロしてなかなか可愛い奴ねお前は」
「せ、先生酷いですよ……」
「おっと、今はオフなのよ? 先生は恥ずかしい、九十九って呼びなさい、分かった?」
「は、はい分かりました」
「それじゃ行きましょうか、付いて来て」
「はい先生……あ、えっと……九十九さん」
「そうか白原はウブだな。良いね今の表情、母性本能をくすぐる顔……しまったカメラ持って来れば良かったわ」
と先生はハニカミを。嫌々これは男を一撃で沈めてしまいそうな破壊力だ。
美人のハニカミは子供ぽく映りギャップが素晴らしい。
「と、とっとと行きましょうよ!」
「はっはは、分かった分かった」
歩きながら先生に小馬鹿にされ続け辿り着いた場所は高いビル。躊躇無くそこへと赴きエレベーターで最上階へ。降りると真正面にお店が。
「高級そうなレストランですね……」
「三ツ星よここ、大丈夫味は保証するから。さ、行きましょう」
中へと誘われウェイターに案内された場所は街を見渡せる窓側の席だった。
何だか僕が来るのは場違いな気がする。
「良い眺めでしょう? ここは昼間も良いけど夜景が一番綺麗なのよ。本当はもっとちゃんとした格好が良かったけど着替えは家にあるから取りに行くの面倒くてね」
「せ……九十九さんは何着てもここの雰囲気に合ってると思いますよ?」
「はっはは、ありがとう白原。お前もスーツ結構似合ってるじゃないか、夜の男みたいだな?」
他愛ない会話を味わい、ウェイターがグラスにワインを注ぐ。
お酒はあまり飲まないからこの一杯で酔いそうだ。
「とりあえず……何に乾杯をするかな? ま、理由何てどうでもいいわね」
乾杯は祝福を意味する、少なくとも僕に取ってこんな美人と食事出来る事が幸せなのだろう。しかし夢ちゃんに悪いな。
「それにしてもわたしのところに白原が来て大体2年か、早いな時って奴は」
「もうそんなに経つんですね、確かに時が経つのは早いです」
「だろう? お前は来たばかりの頃なんて……あ~、この話は良いか。それより確か鮎原って言ったよな白原の彼女、どれくらいになるんだ付き合って?」
「えっと大体でもう直ぐ半年くらいでしょうか」
そうかもう半年も経ったのか。最初の出会い何てある意味衝撃的だったと思う。
「どうやって知り合ったんだ? お前のことだから合コン何て言わないよな?」
「違いますよ、第一合コン何て行ったことすら無いんですから……ま、彼女との出会いは衝撃的と言うか奇妙と言うか。僕が上から落ちて下にいたのが彼女でした」
「……はあ?」
呆れたような、もしくは頭は大丈夫かと心配されたかのような表情が僕を見つめる。
確かにあの説明では訳が分からないだろう。
「白原、さっぱり意味が分からないから詳しく話してごらん? わたしに分かるように」
「つまりですね、半年前大家さんに車を貸したんですよ、で変わりに大家さんの自転車で近所のスーパーへ買い物をしに行く途中下り坂を走ってたらブレーキが壊れててそのままガードレールを飛び越えたんですよ。そうしたら真下が丁度通行道でそこにいた人の上に落ちちゃって、クッションの役割になったんでしょうね、奇跡的に無傷で着地。気が付くと目の前に彼女が居た、と言う訳ですはい。これが最初ですね」
「……えっと白原、これはフィクションか?」
失敬な全て真実だと語ると信じられなさそうに振る舞う。
まあ作り話みたいだがこれが本当だから恐ろしいと言うか何と言うのか。
「丁度真下にいたのは男だったんですがどうやら夢ちゃんにちょっかいを出していたらしく、偶然助ける形になったんですよ。まあそれが縁で数ヶ月後に付き合っちゃったと言う訳です。嫌々何が起きるか分かりませんね」
「ふ~ん、悪魔を退治した勇者様に一目惚れをした姫様ってところか? 何か現実味が足りないがまあまあ面白かったから許そう」
はて、何を許して貰ったのか。
「始まりは分かったが、確か毎回性格と喋り方と髪型を変えて来るのよね? どうしてそんなことをしてるのかしら?」
「さあ、一度訊いたことがあったんですけど教えてはくれませんでした」
「多重人格とかじゃ無いんでしょ?」
「ええ、本人が違うと言っていました……多分彼女なりに何か考えがあるのだろうとそれからは深く追及するのは止めました」
鮎原夢最大の謎がそれなのだ、何を考え何を思い何を目的にそんなことを行っているのか皆目見当を捕まえられない。
彼女が抱えるものは一体何なのか。
でも僕と一緒にいる時間は本当に楽しそうに笑うのだ。
偽りなど無い、本当の笑顔だと思う。いつかその真実を話してくれる日をゆっくりと待っていれば良い、そう思い実行している。
――答えを求めたら何かが砕けてしまいそうで怖い。
本当はそれが僕の本心かも知れない。けれどそれでもいい、どんな理由であろうと僕は彼女から離れるなんてあり得ない。
だって彼女がいたから……。
「どうしたの急に複雑な表情になったけど、決意と恐れと不安とか色々ごちゃごちゃね」
「え? あ、そうですか?」
「ああそうだよ。……それにしてもそんな顔されたら放っておけないわね、こう母性本能をくすぐられたようなむず痒さ……ねえ白原、わたしと……キスしてみる?」
「は?」
何やらおかしな単語がを鼓膜が舐め取ったのは気の所為か?
はたまた鼓膜自身が勝手に振動し、偽りを述べたのか。
「どうする白原、わたしとキスしてみる? いつも彼女としているのだろう? なら慣れているはずでしょ?」
「え、えええええっと、そのその! ぼ、僕には夢ちゃんがいますから、だダメです!」
「あら、今ここには居ないでしょう? ちょっとくらい良いわよ、つまみ食いみたいな感覚で……ね?」
あたふたは全身を這い回り動揺を誘う。目の前にいるのはカメラの先生で、仕事のボスなのだ。そんな関係でしかない僕らがキスだと?
絶世の美女クラスの女性にそんなことを言われて慌てない族がいるのならば今直ぐここにきてそのコツを伝授願いたい。
しかし本当に来て貰っても困り果ててしまうのだが。
「プッ、はっははははは! 悪い悪い、冗談だよ冗談冗談……嫌々、白原はおちょくると面白いことが良く分かったわ、はっははははは!」
「なっ、なんだ冗談だったんですか、本当にびっくりしましたよ! もうこんな悪趣味な嘘は止めて下さいお願いですから!」
「分かった、考えといてあげるわ」
溜め息が大量に流出す、どうして僕の周りには悪戯好きな人達がいるのだろうか。まさか天性のいじられる性分なのだろうか?
「しかし羨ましい、そんなに思える恋人がいるなんてね」
「先生は……その、恋人は?」
「ストレートに訊きやがって。ま、白原なら許してやろうじゃない、今わたしに恋人のこの字も無いわ、昔は居たけど……ま、そんな話はもう止めましょうか、ほら料理が冷めちゃう」
お茶を濁したらしい。ならば深く追及はしない。
それからは高級な食事を堪能し終え、店を後にするが頭が痛い。
嫌々、別に病的なものではなく、単なる悩みの種と言っておこうか。
「大丈夫ですか先生?」
「うるはい! わたしは九十九だって言ってんでしょ! ヒックッ! はっははははは! おしゃけはうまいれ~!」
そう、先生が酒を飲み過ぎて出来上がってしまっているのだ。
ワインを何杯も飲むものだから困った困った、止めようと試みるが敢え無く撃沈となる。
「う~、良い気持てぃ~! ……んん……ん……スーー、スーー」
フラフラと歩き、辿り着いたバス停に座り込み寝始めてしまう。こんなところで寝られたら困る!
「先生帰りますよ! 起きて下さい!」
「ん……んん……スーー」
ダメだ、肩を揺さぶっても起きやしない。
参ったな。
このままここで寝させる訳にもいかず背中に酔いに溺れる先生を背負う。さてどうしたものか、寝泊まりに使っている事務所までだいぶ距離があるし、先生の家は更に遠い。
その二つよりも遥かに近い場所を知っている。だがそこに連れて行くとなると何やら嫌な予感が噛み付く、しかしこのままでは風邪を引いてしまうだろう。
ならば覚悟を決めるしかない。
そんな訳で数十分後、見慣れ住み慣れた我が家たるアパートへと帰還を果たす。時刻は11時過ぎ、さすがにお隣りは寝ていると信じたい。
「ふぅ、もう少しで部屋ですね……疲れました」
「ん~、スーー、スーー……ふふっ」
はてさて、夢の中では何が起こっているのやら。ゆっくりと音を立てずに部屋へと辿り着いた。どうにか部屋へは入れたものの僕が夢ちゃん以外の女性を部屋に担ぎ込んだとお隣りにバレた日には、悪夢しか無いだろう。
別に疚しいことをする訳では無いのだ、だから大丈夫……な筈。
足音を響かせないように進みそっと先生を下ろし布団を敷く。そこへ先生を寝かせ一段落だ。
「本当に疲れましたね……」
「んん、ふふっ、ん~……スーー」
夢世界で笑う先生を眺めているとやはり美人何だと改めて思う。酔った姿が魅力的で見入らせる魔力を秘めているかのようだ。
寝返りを打つ度に胸元の谷間がちらほらと、おっと何を見ているんだ僕は。
「と、とにかく着替えようましょう」
スーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩めていると我が師とも言える空月九十九先生がパッチリと瞳を晒した。上下左右更に斜めも眼球が動き回りここが何処なのか疑問を解消しようと必死だった、それから僕の目に視線が飛び込む。
見つめ合う二人と言ってしまえば洒落ているだろうか? などと馬鹿な考えを振り払い先生に問た。
「先生起きましたか?」
起きたのだから目を開けているのだ、嫌々我ながら愚かな質問だな。
「白原? あ、れ? わたしは一体……って、お前何の真似なの!」
「え?」
「服を脱いでいるようだけどわたしをどうする気? まさか、白原はそんな人間だったのね!」
激しく勘違いを起こしたらしい。
「ち、違いますよ! 僕は着替えようとしていただけで……」
「嘘だな、見ろ! 胸元のボタンが外れているじゃない! この狼!」
「それは暑いって言いながら自分で外したじゃ無いですか! 忘れたんですか!?」
「酷いわ白原、わたし泣いちゃうから! うえっ、うええええん!」
おかしい様子が変だ、普段から事務所ではシャツ一枚で過ごし一度下着が見えていると注意したら「減るものでもないでしょ? 本当は見たいんじゃ無いの~? ほれほれじっくりと見ても良いわよ!」と逆に見せようとしてくるのだ。
痴女かと思う程見せつけて来る先生が泣き出すとは意外である。もしかしたら先生はまだ酔ってる?
「あ、あの~先生、近所迷惑になりますから」
「何よ意地悪ね! 良いわよ、わたしが許可するわ、いっぱい泣いて良し! うええええん!」
こりゃあ確定だ、先生は完全に酔っ払っているらしい。
子供のように泣き叫ぶ姿はギャップそのもの、夢ちゃんを連想させる変わり姿だった。
お隣りに聞こえているのはほぼ確定なる状況において何でこんなにもタイミング良いと言うか悪いのか。
携帯が鳴る、誰からかかって来たのかはもう分かるだろう、夢ちゃんだ。本当にどうしてタイミングが良いやら悪いやら、前回もこんなことが合ったんだよね。ここは出ないでおこう、明日寝ていたと誤魔化せば良い、ごめん夢ちゃん。
「うるさいわねぇ! 貸しなさい白原!」
瞬時、手から携帯が消える。あろうことか先生の手に納められてしまう。そして通話ボタンが稼働。
「うるさいわよ人が泣いてる時に! 今何時だと思っているのよ! 静かに泣かせてもくれないのかしら!」
『え? あれあれ? これ十夜の携帯何だよね?』
「そうよ、白原の携帯よ……あんた誰よ!」
「ち、ちょっと先生!」
素早く奪い取りどう言い訳を述べようか脳内細胞がフルに活性化を果たし、導き出す答えを受け取る間に事態は深刻へ。
夢ちゃんが完全に怒りを言葉に乗せ叫ぶ。
「十夜! 今のは誰なの! 夢がいない時に何しちゃっていやがるのぉ!」
「誤解ですよ、今出たのは先生です! ほら前に話した空月先生ですよ、今ちょっと……」
「白原の欲望丸出し狼! わたしの体は安くないのよ!」
あれ、何故かデジャブを感じる。これはあの醜悪姉妹がやった悪戯だ。しかしこっちの場合酔っている為本人に取っては本気なのだ。
火に油が注がれて行く。
『十夜の馬鹿! もう怒った、今から行くから覚悟だよ! 天誅だからね! てんちゅーー!』
「ちょっと夢ちゃ……」
こうして修羅場が作り上げられた、お酒って怖い。
それから騒ぎ出す先生をどうにかなだめることに成功したのだが、突如玄関からインターホンが響く。
ああ、これからが地獄か。そこから憤怒に身を焦がした我が彼女、ツインテール姿の鮎原夢が参上と相成る。
「十夜のお馬鹿! 夢がいるのに、夢がいるのに、他の女とイチャイチャしちゃうなんてすけすけすけべ!」
「ち、違います! 誤解ですよ夢ちゃん!」
「ちょっと待ってよ、わたしが白原とすけすけすけべなことをしようと貴女には関係ないでしょ!」
「関係あるもん! 夢は十夜の女だもん! ……えっへへ、十夜の女だもん!」
何故二回言う?
「何よそれ、なら証拠はあるの?」
「し、証拠……んん……あ、あるもん! あるったらあるもん!」
「じゃあ見せてみなさいよ!」
夜中にこんなに騒いだら近所迷惑なのか言うまでも無いが、情けない僕にはこれを止める力量は無いと悔やんだ。
僕の馬鹿野郎、頭の中で穴掘って叫ぶ、腰抜けと。
ここを静められなくて何が男か。逃げずに戦わなければ。
「二人共僕の話を……」
「夢と十夜が恋人だって証拠はこれだもん! えいや!」
飛び付かれ夢ちゃんに唇を奪われた、しかしそれだけでは無いのだ。
何と舌を入れて来るではないか、人前だよ酔っ払いだろうと人前何だよ、ああ恥ずかしい。
「ん……はふっ、んんっ……ん、ん……ぷはぁ! ご馳走さま! どうだ、これで夢と十夜の関係が理解出来たでしょ! や~い、や~い!」
「ほう、わたしを挑発する気? 良い度胸ね、こうなったら勝負よ! 白原を気持ち良くさせた方が勝ちってのはどうかしら?」
「良いも~ん! 夢が勝っちゃうんだから!」
あれ? 何か話が途中からズレて来たようだがそれって気の所為?
こうして冒頭へと続く訳だ。段々頭が痛くなって来たのだが誰か助けてはくれないだろうか? これは罰なのか、夢ちゃんに内緒で先生と食事をしていたから。
「渡さないもん! 十夜は夢の彼氏なんだから!」
「ほう、それは面白い。ならば白原にこんなことをしたらどうだろうかな?」
「ああ! ダメなの! そこにそんなことしちゃダメなんだよ!」
美女二人が僕の両腕に抱き付き激しい戦いが巻き起こっていた。
先生は何を思ったのか僕の耳を甘噛みし、はむはむを始めてしまう。
「はむ、はむ……」
「ひっ! ちょ、先生! ひぐっ!」
「ダメぇ! 十夜にそんなことらダメぇーー!」
「はっはは、白原のここは最高だぞ? ほらもう一度……はむ!」
き、気持ち良い。って僕の馬鹿野郎! 穴掘って叫ぶ、恥ずかしくて。
「う~! はむはむは夢と十夜だけのものなんだからぁ! 夢だって負けないもん! はむっ!」
「はっははははは! わたしだって負けないぞ! 白原、どっちのはむはむが気持ち良いか審判して! はむ!」
何だろうかこの淫らとも言えてしまえる状況は?
可愛い彼女と美人の先生からはむはむをされる僕って、幸せ者? それとも不幸?
「はむ、はむ……へうほうは、ほうっひかひほひひひ?(どう十夜、どっちが気持ち良い?)」
「はむ、はむはむ……ほほふひにひはっへほう!(わたしにきまっている!)」
こうして一晩中はむはむを食らい、終わったのは午前三時は過ぎていただろう。
さすがに眠くなった二人はその場に倒れるように就寝、僕はしばらく眠れなかったが、何とか睡魔が夢へと誘う。
翌日の早朝、とある原因により一番最後に就寝した筈の僕が最初に目を覚ます。
どうやら寝相が悪いのだろう、先生の足に顔を蹴られた。まあ軽くだったからそんなには痛くないが。
「もう朝ですか……わわ!」
気が付いてしまった、先生の足が僕の顔に来ているのなら不可抗力にも見えてしまうのだ。
先生のスカートの中身が。そうか黒か。って僕の馬鹿野郎! 穴掘って以下同文!
「ん……ふぁぁ~! ……あら? ここはどこ?」
「お、おはようございます先生」
「へ? 白原? あれ、もしかしてここって白原の家? どうしてわたしはここにいるのかしら?」
どうやら昨晩の記憶が欠落しているらしい、それで良いと思う、あんな恥ずかしいことを覚えられている方が迷惑だ。
「昨日食事をした後、先生は酔っ払って寝てしまったんです。起こしても起きなかったので仕方なく僕の部屋へ運び込みました」
「そうなの? そっかまた酔っ払っちゃったか……とにかくありがとうね白原……って、その娘が彼女? 可愛いわね~」
昨晩夢ちゃんと争っていた人物とは到底思えない。
さっと先生は立ち上がり帰り支度を始め玄関へと向かって行く。
「あ、送って行きましょうか?」
「駅への道を教えてくれるだけで良いわ、酔い覚ましに歩いて行くから。それにわたしがいる時に彼女が目を覚ましたら修羅場でしょ? ま、個人的にはその方が面白そうだけど。今日は確か白原は休みだったわね、ゆっくり体を休めてまた明日ね?」
駅までの道を教え、先生はアパートを後にした。
教訓、酒は程々に。それを実感させられた、本当に。
先生が帰ってから数分後、夢ちゃんが目を覚ました。寝ぼけ眼をこちらに向け、何とかまどろみから抜け出そうと必死だ。
どうにか完全な覚醒に至ったらしい、ツインテールを解きポニーテールへ。
「おはよう十夜……ってありゃ? ここに女がいやがらなかったか?」
「いえ、夢ちゃん以外誰もいませんよ? 夢でも見ていたんじゃ無いんですか?」
「んん? 夢……だったのか?」
このまま昨日の出来事を幻想だったとしてもらいたい、そうで無いと今の夢ちゃんはポニーテールなのだ、下手をしたら死んでしまう。
何て卑怯何だろうか僕は。今度夢ちゃんに何かしてあげよう、そうしよう。
「あれが夢? ……夢だったなら何でオレはここにいる? どうして夜中に十夜のところに来たんだ?」
これはいけない、矛盾点に気が付き始めたらしい、このままでは我が目論見が泡となり消滅してしまう。
ならば取るべき道は二つ、正直に話すか逃げるか。
「十夜、お前オレに何か隠して無いか?」
「……えっとですね、その……」
どうしようかとの瀬戸際にいきなり玄関の扉が開いた。
「悪い悪い白原、財布忘れてたわ!」
先生が帰って来てしまったのだ、いやはやタイミングが良いのやら悪いのやら。
「ああ! お前は!」
「あれ? ああ、違う鮎原夢になったのね? なるほど昨日と全然違うわ」
「この女がここに来ってことは……十夜~、オレに嘘付いたな?」
はい、その通り。僕は甘んじて罰を受けようではないか。嘘を述べてしまった罰を。
ボコボコにされた後、先生と一緒に誤解だったと説明をし、どうにか納得してくれた。
途中、醜悪姉妹がいきなり入って来て昨日は嫌らしい声で眠れなかったじゃないどうしてくれるのよ! と来てまた騒動に。
僕の休日は誤解を解くことにあてがわれてしまう。
誤解は解けたが嘘を言ってしまったのでしばらく夢ちゃんが口を利いてくれなかった。
嘘とお酒はダメだ、改めてそう思う。