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『キス魔な彼女』


 視線が痛い。人々から放たれた注目が一点に集中し凝縮、恥ずかしさ極まりない。

 要するに注目の的、ということだ。それは仕方無いだろう、誰だってこれを見たならこうなる。

 何故なら……。


「……ぷはぁ! えっへへ、もう一回良いよね? ね!」


「ち、ちょっと、皆さんが見てますよ。は、恥ずかしいです、だから……むぐぅ!」


 重なる唇、濡れる唇、熱くなる唇、これはつまり世に言うキスだ。


 華奢な腕が僕の首に絡み付いてがっちりと束縛され、唇まで足りない高さを精一杯背伸びして補っている。

 彼女の良い匂いが堪らない……では無く、落ち着くんだ僕よ。この状況は非常に恥ずかしい。

 イチャつく僕らを唖然と見つめるレジの人、買い物中の人、立ち読みの人。

 ここは誰でも(多分)一度は入ったことのあるところ。

 24時間開いていて助かるコンビニエンスストアーだ。


「んんっ、ん……」


 一分が経過しただろうか。恥ずかしい感情が精神をがっちり掴んでいるせいか一分が一時間に思えてしまう。

 愛しそうにようやく唇が帰路へ。彼女は満足そうだった。


 見事な黒を醸し出している髪、長くてそれをツインテールに。ふわりと舞うかのように髪が揺れ、まるでキスが嬉しくて踊っているみたいだ。


「十夜、アイスクリーム買ってぇ~。ねぇ、良いでしょ?」


「良いですよ。あ、僕の分に美味しそうなもののチョイスお願いします」


「分かったぁ~! 任せてぇ~!」


 両手を突き出しながら走る姿は大きな子供だ。

 アイスと睨み、「う~」と唸りながら威嚇し、獲物を突いた。

 捕まえた冷たい固体を僕まで持って来て突き出す。


「えっへへ、やっぱりアイスはバニラだよね。はい、十夜はこれだよ」


 抹茶コーヒービターチョコレート、佃煮風味。


 メーカーさん、本当にこれが売れると信じているのか?

 後先を考えないから僕のように悲惨な目に遭う人が出るじゃないか。


「あ、ありがとうございます」


「どういたしましたぁ!」


 レジを済ませようやくコンビニから脱出出来た。

 レジのお兄さんなんだか睨んでたような気がするけど、気にしないことにする。いつものことなので。彼女は僕の腕にしがみつきながら笑顔を絶やさない。

 うん、やっぱり彼女は可愛い。どう見たって美少女だ。

 なんて思ってしまったので頭の中で穴掘って叫んだ。恥ずかしくて。


「十夜、アイス食べよ~!」


「……そうですね」


 まさか今来るとは予想外である。彼女はカップのバニラを開け、食べ始めた。

 さてと。心の準備をしなければならない。抹茶コーヒービターチョコレート、佃煮風味。抹茶とコーヒーって、和洋折衷? 怪しい。まだ抹茶チョコレートくらいなら許せる。

 だが、佃煮風味ってなんだ。


「十夜、食べないの?」


「食べますよもちろん」


 袋から取り出し、棒アイスを囓りモグモグ。

 うん、上品に言って個性的なお味。下品に言うと、クソ不味いぞこら、だ。


「十夜、それ美味しぃ?」


「……個性的です。食べますか? 一口と言わずに全部」


「絶対にやだ。不味そうだもん!」


 やはり狙ってこれにして来たな。しかし、バニラ美味しそう。妙な味でいっぱいの口を直したい。

 さて、バニラは彼女の大が付く好物。くれるだろうか。


「すいませんが……」


「やだよ。バニラはあげないぃ!」


「……撃沈」


 妙な後味の中、夕方の色が降り注ぎもうすぐ夜を主張し始める。

 歩いていると分かれ道、彼女との時間はここまでだ。


「じゃあね、また今度~!」


 腕が取れるんじゃない? と思うくらい大降りしながら彼女が去って行った。微笑ましい光景を堪能していると、あの抹茶コーヒービターチョコレート、佃煮風味が口の中でまた復活。


 台無しだよ本当に。ここまで僕を追い詰めるとは。

 恐るべし、抹茶コーヒービターチョコレート、佃煮風味。



 




 数日後、仕事終えて家に着く。今日も疲れたなとシャワーを浴びてからテレビのスイッチを。

 二階建ての安いボロアパートの一室が僕の部屋だ。何処かに隙間があるのか冬は毛布が無いと死ぬ。夏は夜になると微々たるものだが涼しい。


 悩みの種は壁が薄いのと、部屋は六畳程で狭いのだ。ま、家賃は驚く安さで助かるのだが。

 などと思い溜め息を一つしたところでインターホンが響く。無論お隣りさんまで。壁が薄いのは嫌だね。

 来客だ。入口まで進み、扉を開くと彼女がいた。


「あ、十夜。こんばんはです。通い妻が来ちゃいましたよ! なんちゃってです」


「いらっしゃい、いつもすいません」


「いえいえです。十夜、お腹空いてますか?」


 彼女の手には買い物袋が。ちょうど腹が飯を催促してうるさかったので助かった。

 彼女を部屋に招く。腰の辺りまである綺麗なストレートの黒髪がなびいてほっこりとした感情に。どんな感情だそれって。


「それじゃあ少しの間待ってて下さいね。美味しいご飯を作りますから」


 包丁とまな板の素晴らしいデュエットが心地良い。この音を朝目覚めてから聞いたら堪らないだろうな。彼女のエプロン姿はもう絵画だ。そしてその後ろ姿も堪らない。特にミニスカートとのコラボが。

 自然にニヤけてしまい、失敗した。彼女にこの間抜けな顔を見られたのだ。


「ふふっ、十夜の顔、間抜けです。可愛い」


 頭の中はもう工事だ。シャベルで穴掘って、掘って、掘って。そこに叫ぶ。もうすんごく恥ずかしくて。

 気を取り直そう。意識しないようにテレビに集中。

 刑事と犯人らしき人物が怖い顔で睨み合い、銃を……と思ったら手にあったのはバナナだ、二人共。ああ、お笑い番組だったわけだ。


「出来ましたよ。テーブル片付けて下さいね」


「了解です」


 片付けて料理が並ぶ。わお、僕の大がいっぱい付く好物、肉じゃがではないか。

 それに味噌汁とほかほかの白米。日本人に生まれて万歳三唱したい。


「十夜、食事の前にですね……」


「え? ……むぐぅ!」


 飛び付かれてキスを開始。その勢いで押し倒されて他人様に見られたら誤解を生む姿に。

 いつもながら柔らかい唇だな。頭の中で穴掘って叫んだ。恥ずかしくて。


「ぷは! はぅ……ご馳走様でした十夜。美味しかったです」


 柔らかく絹のような笑顔を見た。早く退いてほしい、理性が爆発する前に。と、彼女は今の状況をどうやら理解したらしい。これはどう見ても僕が彼女に襲われている。嬉しいけど。


「きゃ! ごめんなさいです。私ったらつい。さ、ささ、冷めない内にご飯どうぞ!」


 ようやく天国と言う名の地獄から解放された。

 地獄のような天国、でも良いかな?


「じゃあいただきますね」


「はい。おかわりもたくさんありますからいっぱい食べて下さい!」


「はむ……旨い! 旨いですよ、最高です!」


 ランキングを付けるのなら、上位に確実に食い込む旨さだ。ジャガイモに良く味が染み込んでいるし、お肉も柔らかい。ご飯が進む。


「あ、十夜、ほっぺにおべんとが付いてますよ。取ってあげます」


「ああ、どうもありが……」


 米粒をペロリと舌で舐めとり、そのままキスに。

 また勢いで倒れ込む。うん、エロチックだ。


「ぷは! ……ひゃう! ごめんなさいです。またやってしまいました。ごめんなさいです。でも、十夜が悪いんです! 美味しそうな唇だから」


「……あの、どこら辺が美味しそうなんです?」


「え? えっと……は、恥ずかしくて言えないです! バカバカ! もっかいバカ!」


 ポカポカと僕の頭を叩く彼女に質問だ。


 キスは恥ずかしくないの?


 食事が終わると彼女は部屋の掃除や洗濯をテキパキと進めて行く。働き者だな。甲斐甲斐しくて、可愛くて。


 ああもう幸せだな。


「えっとですね、ご飯もお味噌汁もまだありますから朝ご飯にして下さい。余った肉じゃがは冷蔵庫に入れておきました。お弁当にするのもありです!」


「ありがとうございます、いつもいつも」


「いえいえ、好きでやってるだけですから! それでは帰りますね」


「あ、送りますよ」


 柔らかく笑顔になる彼女、夜道を二人で並んで歩いた。星空が綺麗だ。うん、彼女に負けないくらい……またやってしまった。

 穴掘って叫ぶ。恥ずかしくて。


「ではここまでで良いです。十夜、また今度です! では、お別れに……」


 と次の瞬間には地面に倒されてキスを。うむ、後頭部が痛い。


「はぅ、またしちゃいました。ふふっ、おやすみなさいです!」


 夜風に流れる髪を眺めながら彼女と別れた。

 でも後頭部から痛いと抗議が。

 まぁまぁ落ち着いてとさすりながら我が家に帰って行く。







 さらにまた数日後、まどろみの中妙な感じを受ける。朝日が眩しい。おかしいな、カーテンを閉めているはずだから眩しい訳は。

 と思ったら天井の隅から光が光線のように僕の顔を焼く。

 おかしい、昨日まであそこは何もなかったはず。多分野良猫か何かが屋根に乗って瓦を壊したな? 後で大家さんに言わなければ。


 仕事休みなのに、太陽め、僕の眠りを妨げるとは。布団を被りもう一眠り、とはいかなかった。

 インターホンが鳴っている。こんな朝早くに。しかも連打。

 空ろな意識の中、どうにかドアに辿り着き開けると、彼女がいた。


「遅い! 待たせ過ぎだろうが!」


「……おはようございます。今朝は早いですね」


「何言ってんだ、もう昼近いぜ? 寝過ぎだ馬鹿。じゃ、上がらせてもらうぞ?」


 黒いポニーテールが良く似合う人だ。嫌々、可愛いね。

 まただ。穴掘って叫ぶ。恥ずかしくて。


「なんだよ本当に今まで寝ていやがったのか。だらしない男だな、目を覚まさせてやる」


 見事に指を鳴らしながらにじり寄る。危険だな、と思ってはいるが寝起きなので動きが鈍い。

 彼女の両手が僕の頭を掴み、そして……キス。


「むぐぅ!」


「ん……」


 キスの時間は僅か数秒程、だがまた直ぐ唇がくっつく。

 うん、良い匂いです。って、僕って奴はまた恥ずかしい事を考えて。穴掘って叫びました、はい。


「ぷは、……ん? な、なんだ馬鹿野郎、オレを見るなよ……恥ずかしいだろ!」


 照れ隠しに手刀を頭に。チョップですチョップ。

 彼女はドカッと床に座る。なんだろう、男らしいな。彼女は女ですよちなみに。


「早く布団を片付けやがれ。オレは腹減ってんだ、なんか作れ」


「……何が良いですか? お子様ランチとかですか? 旗は何にします? 日本でもアメリカでも……あ痛!」


 座布団を投げ付けられ頭にヒット。嫌ぁご立腹のようで。

 さて、片付けてご飯を作ろう。彼女が本気で怒る前に。


 一人暮らしの男が手軽に出来て、美味しいものと言えば? いろんな答えがあるだろうが僕の場合は袋入りのラーメンだ。

 後は適当に冷蔵庫からハムでも乗っければご馳走である。


「おい、手抜きだなこりゃあ。こんなものをオレに食わせる気かよ」


「違いますよ、僕のはハム一枚で、そっちは二枚。豪華仕様です」


「おおそうか! オレのは特別か! ありがとーー!」


 ハニカミの笑顔が素晴らしい。うん、もっと良いものを作ってあげれば良かった。胸の痛みを無くすため頭の中で穴掘って叫ぶ。謝罪の意味で。

 満足そうに食事を終え、彼女はデートがしたいと訴えた。それも必死に。

 という訳で外へと繰り出すことに。手を繋いで。


「なんだよ、手ぐらい繋いだって良いだろう? それとも嫌なのか?」


「嫌じゃないです。むしろ嬉しいですよ」


「だよな! だよな! 嬉しいぞこの野郎!」


 と言ってチュー。軽く触れたくらいだが、気分が良くなる自分がいた。

 先導する彼女に手を引かれ、デート開始。どう見ても子供を連れて周るお姉ちゃんだ。


 不意に彼女が立ち止まる。どうやら目的の場所に着いたらしい。そこはゲームセンター、この街で一番大きなゲーセンだ。


「今日はな新作の稼働日なんだぜ! 十夜、横でオレの勇士を見ていやがれ!」


 と言って、中へ入って、お目当てのゲームを開始。うん、ゲームセンター内はうるさいな。

 こんなところは苦手だ。


「やった! 勝ったぜ!」


 どうやらゲームで勝ったらしい。さっと立ち上がって勝利の口付けを。

 嫌々、皆さんが見てますから。恥ずかしい。


「へっへ~ん! どんなもんだい! 十夜、見ていてくれたか?」


「はい。それはそれは痛い程に。素晴らしかったです」


「良し、じゃ帰るか。後は十夜の部屋でゆっくりだ」


「襲わないで下さいね。僕はか弱い男の子なので」


 そんな冗談を「この馬鹿野郎が!」と言って殴られました。嫌々、自業自得だ。ご立腹の彼女に謝罪を開始、さて、帰るまでに許してくれるだろうか。


「たく、許してやるよ。その代わり夜飯は豪勢にな! 良し行くぞ、白原十夜(しらはらとうや)!」


 白原十夜、それが僕の名前だ。茶色の短い髪、訳あって右側の前髪を伸ばして片目だ。

 身長は160前後、小柄な男だ。ちなみに今年で二十歳だ。仕事はカメラマンの助手をしている。写真が好きで選んだ仕事だ。

 まだ助手だから収入が少なくやりくりが大変だけどね。


 とまあ僕の事は取りあえずこんなもんで。


 さて、次は彼女を紹介しないと。


 ツインテールの女の子に、甲斐甲斐しい女の子、そして今の男勝りな女の子。


 いろんな女の子と楽しくやっているが、決して僕は浮気をしている訳では無い。


 この三人、実は同一人物なのだ。


 名前を鮎原夢(あゆはらゆめ)、18歳で大学生だ。長い黒髪が特長で、パッチリとした二重瞼の瞳に整った顔立ち、可愛らしいと美しいを合わせたようなフェイスだ。


 しかし、何故か毎回性格と口調と髪型を変えて来る。


 理由は知らない。出会ったのは約半年前なのだが、その頃からああだった。


 最初は驚き戸惑っていたが最近はそれにも慣れ、彼女の“違う”を毎回を楽しんでいる。

でもなんでこんなことをしているのだろう。何か理由があるはずだが、教えてくれない。


 毎回違う彼女。だから……本当の彼女はどれなのか知らない。


 三つの彼女の中に本当はあるのか、それともまた別の彼女がいるのか。


 知りたいな、本当の彼女を。


「ん? なんだ、早く来いよ!」


「あ、すいません。ぼーっとしてました。行きましょうか、夢ちゃん」


 今は違う彼女を楽しもう。でもいつかは本当の貴女を教えてほしい。


 そう願いながら彼女の笑顔を複雑な心境で見つめた。


 

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