『友と呼べる奴』
そろそろ肌寒くなる季節が到来し、しばしの間居座り秋は紅葉を駄賃だと言わんばかりに染めて行く。
良い写真の素材を提供してくれるなら良いかと妥協する今日この頃、僕は車の中で待ち人が来るまで待機している訳だが、なかなか来ない。
ここは夢ちゃんが通う大学の駐車場で、大学生が行き交っている。
そう、待ち人とは夢ちゃんである。たまに迎えに来ていたので今日はそのたまの日なのだ。
大学か、学力が少々低い僕には無縁の場所だ。高校だってやっとのことで合格したのだから。
「……遅いね夢姉ちゃん」
「そうですね……」
座席の後ろから暇そうな声に返答する。ああ、言い忘れたが現在車内の人数は僕を入れ二人。
「あ~あ、待ってるの暇~……お兄ちゃん、暇つぶしに窓開けて大きい声で奇声を出してわたしを喜ばせてよ」
「却下します。暇って、暇だから付いて行くって言ったのは誰です?」
「もちろん可愛い鏡ちゃんだよ!」
そう、我が隣人桜井鏡ちゃんが暇だから付いて来ていたのだ。
「じゃあさ、お兄ちゃんがわたしに襲いかかって服を脱がされてあらわも無い姿となったわたしが助けてーー! って叫ぶ遊びはどうかな?」
「それじゃあ完全に僕が変態野郎じゃないですか。却下です」
「ちぇ、わがままだなあ。だったらお兄ちゃん、わたしにチューしてよ。そして帰って来た夢姉ちゃんが怒って修羅場と化しちゃうってのは?」
「鏡ちゃん、良くそんなの思い付きますね?」
褒めている訳では無いのだが鏡ちゃんは何故か嬉しげ。
まあこんな馬鹿会話で立派に暇つぶしをする僕らだった。
それから数分後、ようやく念願の待ち人が来たる。ツインテールな彼女が登場。
「ごめんね十夜! 遅くなっちゃったよお」
車の助手席に乗り込みながらそう言葉を運転手へパス。
「遅いよ夢姉ちゃん!」
「あれ、ちびっこも一緒だったんだぁ。もしかして夢に会いたかった?」
「ううん、別に。ただの暇つぶしだよ」
「相変わらずちびっこは憎たらしくて可愛い子だね! まあそんなのはどうでもいいや。えっへへ~、十夜、待たせたお詫びだよ?」
ガバッと首を彼女の腕にロックされ唇を奪われた。
いつものキスなのだが車内と言う密室で観客付きだとさすがに恥ずかしい。
「ひゃあ~、見せ付けやがってんね二人共……後でお姉ちゃんに教えてあげよっと」
「んんっ……ぷはぁ! えっへへ、お詫びのチューでした! どうだった?」
「よ、良かったです……」
「はぁ、お兄ちゃん、もっと気の利いたこと言えないの?」
年下からのダメ出しに胸を抉られる。これが痛いのなんのって。鏡ちゃんってけっこう厳しい。
「お兄ちゃん」
「な、何です?」
「わたしもチューしてあげよっか?」
爆弾投下、それが破裂し爆風を巻き上げて修羅場を生んでしまう。
夢ちゃんが反応を示してしまうのだった。
「ダメだよ! 十夜の唇は夢だけのもの何だから!」
「良いじゃんちょっとくらい、お兄ちゃんだっていっぱい経験した方が後々役立つよ!」
「後々! それはどう言うことかなあ? まさか十夜って夢以外にもキスしてるの!」
「きっとそうだよ! ……くひひ」
そうか、鏡ちゃんめ暇つぶしに修羅場を作り上げたのか。
さすがは醜悪姉妹、やはり水面さんの妹か。
「か、鏡ちゃん! 誤解を生むようなことは言わないで欲しいですね!」
「本当だもん。だって……お姉ちゃんとチューしてたくせに」
小さな声で確かにそう言った。まさかあの時鏡ちゃんは起きていたのか? 急に恥ずかしさが全身に熱を送る。まあ幸いだったのは今の話が夢ちゃんに聞こえていなかったことだろう。
ああ、それにしても恥ずかしい。あの鏡ちゃん救出の夜を思い出してしまった。
「いや、その~あれは……」
「わたし見てたもんね! 言い訳出来ないでしょ? くひひ」
「ちょっとぉ、夢を差し置いて何コソコソ話してるのぉ? 酷いよ! 夢も混ぜて混ぜて!」
こんな話に夢ちゃんが参戦しようものならそれは最大級の修羅場が完成され、下手をすれば死ぬかも知れない。
身震いが一気に吹き抜けどうしたものかと思案していると車のドアを外からノックする音が割り込んで来た。
視線を音の方へと向けると誰かがいる。あれ、何処かで見た顔だな。
「やはりそうだったか、いやはや俺の目玉は正常だったと証明された訳だ。久しいな白原十夜、奇遇たる運命だ」
そこに居たのは昔馴染の友にして変な日本語野郎の竹崎龍士が眼鏡ごしに僕らを眺めているのだった。
急いで窓を開けるとやはり見間違いでは無いと教えてくれた、間違いなく友人、竹崎龍士がいる。
「何故貴方がここにいるんです?」
「ふっ、その質問の解答は至って簡単だぞ白原十夜、つまりここが我が在学する大学であるからな」
「ええっ! ここの大学に貴方も! ……それは驚きました」
「十夜、この人誰?」
夢ちゃんから当然の質問をされた。まさか夢ちゃんが通う大学に竹崎龍士がいるとは。
「ああ! あの時のお兄ちゃんの友達で変な奴だ!」
「変な奴だとは失敬な、この俺と言う個体には竹崎龍士とのラベルが貼ってあるのだ……んん? おお、君はあの時の中学生だな? いやはや、白原十夜は未だロリコンスナイパー、略しロリイパー健在だったか……犯罪者め」
「ちょっとちょっとぉ、またまた夢を置き去りにしてるぅ! 仲間外れは嫌だよ!」
「ぬ! し、白原十夜、この天女たる女子は誰なのだ?」
オーバーリアクションを発動させのけ反って驚きを表現するこいつが馬鹿に見えて仕方が無い。
本来なら秀才なのだが妙な路線を進んだ為かこんな変人に見えてしまうのかも知れない。まあ実際は変人だと思うが。
「夢は十夜の彼女だよ! 貴方は十夜の知り合いなの?」
「美しい人、俺はこいつの親友だ。そうか彼女か……な、何と彼女だと! これはどう言うことなのだ白原十夜! まさかロリ中学生だけでは無くこのように美しき女子と二人連れているとは……そうか、ハーレムか、ええい憎らしい奴だ」
「……あの、取りあえず黙ってて貰えませんか? 段々イライラして来ましたから」
「お兄ちゃんって妙な知り合いしかいないんだね」
ちょっと鏡ちゃん、貴女だけには言われたくは無い。
まあ確かに周りには変な人ばかりだ。
「まあ兎も角だ」
と言いながら龍士は車に乗り込んで来たでは無いか、後部座席に座り鏡ちゃんの隣りに当たり前だと言わんばかりに腰掛けた。
その時鏡ちゃんが微妙に奴から距離をさり気なく離れて行ったのは教えないでおくべきかな。
「何故乗り込むんですか貴方は!」
「まあ良いではないか、丁度俺も帰宅するところだったのだ。御三方は今から帰路を進むのだろう? ならば白原十夜の車に便乗しても良いではないか、目的は同じ……言わば同士だ。ふっ、道が交差したのだ我々の。人の出会いとは確率、しかもそれは低迷! さあ共に出会えた喜びに歓喜して帰宅しよう」
意味不明な回答に頭が痛くなりそうだ。
「十夜、この人が何言ってんのか分かんないよ~」
「わたしもだよ! 夢姉ちゃん席変わって!」
「絶対嫌!」
「むむ……嫌われたものだな。しかしまたそれも良い。無関心程地獄は無いからな、甘んじて受けよう」
何だが昔よりも更に酷くなって無いだろうか喋り方が。
一抹の不安を抱えながら車を出した、今のこいつに何を言っても無駄だと知っているので説得を諦めるのだった。
龍士は黙っていればビジュアルは高評価を頂ける程に美男子なのだが喋ってしまうと三枚目に陥ってしまう。下手をすればそれをも凌駕してしまう勢いだ。
頭は非常に良いのに。つまりは奇人変人の一角と言えるだろう。
「……それで貴方今は何処に住んでいるんです?」
それが分らないと送りようが無いからね、訊いておかないと。
「無難な質問だな白原十夜。俺が現在住居を構えている場所とは大学の寮だ」
「へえ、場所は何処です?」
「うむ、大学から西へ歩いて何と僅か三分の土地だ。近くて不便とは無縁だぞ?」
「ああ良いですね近くて……て、直ぐ近くじゃないですか! 車に乗る意味あったんですか!」
全く龍士には困ったものだ。見ろ夢ちゃんと鏡ちゃんが何やら迷惑そうに見つめていいるじゃないか。本当に何を考えているのやら。
「まあ慌てるな白原十夜、俺に提案があるのだが乗ってはくれまいか?」
「却下だよ!」
「却下だよ!」
まるで仲良しの姉妹を思わせる見事なハモりが車内を飛び回り鼓膜を震わす。
夢ちゃんと鏡ちゃんはどうやら彼がお気に召さない様子。
「まだ何も口にしてはいないではないか、理不尽な。まあ反応あるだけマシと受け止める器を兼ね備えているからな、良しとしよう」
「うわ、超ポジティブだよ」
「お兄ちゃんも大変だね」
まさか年下(中学生)に哀れまれるとは思いも寄らなかった、誤解しないで欲しいがこいつは善と悪で区別するならば極めて善である。
と今の二人に言っても無意味か。
「白原十夜、これからこのメンバーで遊びに行こうでは無いか。大丈夫、金銭面は俺に任せておけ……どうだ?」
「十夜、夢は嫌だな」
「お兄ちゃん、止めようよ」
「……と二人は言ってますけど龍士?」
「ふっはっはっはっは! これは正に予想通りとの言葉を贈呈してやろう。案ずるな白原十夜、俺に策がある、見事この二人を懐柔させてみせよう」
案じるなどそんな感情は一切無いのだが本人はやる気満々らしいので何を考えているのか見せて貰おうか。
まああまり過度な期待はしない方が懸命ではあるけれど。
「中学生、取り引きを行いたい」
「取り引き? わたしに何を望んでるの?」
「そんなに身構えなくとも大丈夫だ。中学生……お小遣いは欲しくないか?」
そう言って財布から千円を取り出した。と言うか鏡ちゃんを買収するつもりか。
「馬鹿にしてるよね千円何て、わたしもう子供じゃ無いんだからね!」
「ならば五千円では?」
「……そ、そんなお金で解決しようなんて大人は汚いよ!」
あれ、今ちょっと間があったけど?
「ふむ、ならば……一万円」
「わたし眼鏡のお兄さんと一緒に遊ぶーー!」
「ふっ、一人我が軍門に下ったぞ白原十夜……後一人」
ピン札の一万円を受け取り頭上に高らかと掲げている鏡ちゃんの目はキラキラと輝いていた。
そうか、中学生に一万円は大金だからね。
「わあい、欲しいスカートがあったんだ~!」
「卑怯者ですね龍士、まさかここまで落ちてしまうとは」
「何も言うな白原十夜、外道なやり方とは言え立派な策なのだ。さあ白原十夜の女よ、次は貴女だ!」
「ふ~んだ、夢はお金じゃあ動かないもんね!」
頑なを貫く夢ちゃんだがそれを引き入れるのは難しいと思うが。
さてどう動くのやら。
「ふ、今手元には無いが白原十夜の小さい頃の写真を有している」
「そんなの十夜に見せて貰ったもん、別に珍しくないもん!」
「話は最後まで聞いて欲しいな。その写真は……白原十夜のオールヌードだ」
「ヌ、ヌード! 十夜のヌード! 見たい見たい!」
て、ちょっと待った!
「ヌードって何でそんな写真を貴方が持ってるんですか! それにいつの写真ですかそれ!」
「ふっ、保育園から高校まで一緒だった幼馴染みだぞ俺達は、そんな写真を持っていても不思議ではあるまい。覚えているかあれは保育園で初めてのプール遊びの日に保育士が写真を撮っていた奴を。白原十夜が泳いでいたら水着が脱げてしまい、しかも本人は気付かずにプールから上がってすかさず保育士のフラッシュ。あれは芸術だったな、その写真は焼き増しされて俺のアルバムに残されているのだ」
「……良く覚えてますねそんな昔のことを」
大した記憶力だ、そこは素直に褒めようではないか。
だがしかしそれは闇に葬って貰わなければ。
「夢はそれ見たい! 絶対見たい!」
「ち、ちょっと夢ちゃん何を言って……」
「では我が軍門に下るな?」
「うん分った! みんなで遊びに行こう! ……ちゃんと見せてよそれ」
絶対にダメだと抗議したが夢ちゃんに鏡ちゃんが味方して敢え無く撃沈。どうやら鏡ちゃんも見たい様子、子供の頃とは言えあらわもない姿を晒すことになるとは。
せめて写真にモザイクでもあればなあ。
「はぁ……分りましたよ、みんなで遊びに行きましょう。でもその前に龍士」
「む、何だ白原十夜」
「貴方情けなくないですか?」
「…………い、言うな」
本人に自覚があるらしく影を帯びた無表情が情け無さを増加させていた。
もしかして最近誰かと遊んで無かったのか、それとも寂しかったのか。ま、深く追及するのは勘弁しよう。
「ねえねえ眼鏡のお兄さん」
「中学生、質問の前に俺の愛称を眼鏡のお兄さんから大統領と変えてはくれないか? それがお気に召さぬなら博士でも許可しよう」
「ちっ、うざ……」
「ぬっ! す、済まない、今の言の葉は脳内で削除しておいてくれ」
今鏡ちゃん舌打ちしたよな? さすがの鏡ちゃんでもイライラしたか。
龍士はかなりの精神ダメージを蓄積させたらしい。
「ねえ眼鏡、遊ぶって何して遊ぶの?」
シレッと鏡ちゃんから眼鏡のお兄さん改め眼鏡に格下げに相成る。
全く龍士は遊べると聞いて興奮しているんじゃないのだろうか。その証拠に眼鏡との格下げ名称に気が付いて無い。
「ふむ、良い質問だ中学生。若者が4人もいるのだ、ここは……カラオケが無難だろうと分析してみたが?」
「カラオケかぁ、丁度イライラを解消出来るね……良いよそこにしようよ! 夢姉ちゃんはどう?」
「夢は何でも良いよ。あ、そうだ、夢は十夜が歌った姿何て見たこと無いよ! 十夜って歌上手そうだね!」
「へ? え~と、歌……ですか、あはは」
渇いた笑いしか出ない、実は僕酷い音痴なのだ。
一度九十九先生と知り合い数名に誘われて行ったカラオケで恥を掻いた思い出が。
「そうだねお兄ちゃんめっちゃ上手そうだよ! カラオケに決まり! お兄ちゃんカラオケ屋さんに出発だよ!」
脂汗が額に居座り苦手な歌をこれから歌いに行くとは。
嫌な予感がしてならない。
カラオケ屋に着いたのは数分後、受付けを終えて等々目の前にカラオケの機材が。あれを見るだけで焦燥に似た感情が額に汗を塗りたくる。
「最初誰から歌うの?」
「はいは~い! わたしから歌っちゃう!」
一番手は鏡ちゃん、歌う曲はアップテンポなJポップスだ。最初から元気な歌で場を盛り上げて行く。しかし鏡ちゃん歌上手いんだなあ、これは高得点が期待出来るだろう。
そして叩き出した点数は89点、凄いな。
「鏡ちゃん歌うの上手ですね」
「へっへへ、友達と良くカラオケ行くからねわたし」
なるほど、場慣れに似たものも作用されているのかもしれないな。緊張すると歌いずらいからね。
さて次に歌うのはあいつだ。
「ふむ、次は俺のターンらしい」
流れて来た曲は何やら古い感じがする。どうやら昔の歌謡曲らしい。
「……十夜、この歌知ってる?」
「いえ、僕もちょっと分りませんね」
「わたしも分んないなぁ。お姉ちゃんなら知ってそう、昔の歌謡曲好きだから」
へえ、水面さんは歌謡曲が好きなのか。となるとやはり水面さんも歌は上手いのだろうか。鏡ちゃんが上手いなら姉もそうかも知れない。
さてさて龍士が歌い終わり点数が表示された。58点、微妙な数字だった。
「ふ、なかなかの点数だ。絶好調時ならば60は行ける」
「眼鏡レベル低いね」
次はお待ち兼ねの夢ちゃんだ、どうやら静かなバラードを歌うらしい。
いやはや感服してしまった、夢ちゃんの歌声は初めてだったので余計にそう思わせる。鏡ちゃんに負けじ劣らずの上手さだ。
「夢姉ちゃん上手いね」
「そうですね……」
「あ~、お兄ちゃん夢姉ちゃんに見とれてる~」
「ち、違いますよ!」
実際は見とれていた、いつも見ていた彼女とは別人に見えてしまう程、歌っている姿が美しかった。
声も、姿も。
歌が終わり得点が表示された、何と91点、凄いな本当に。
賛辞の拍手が僕を含めた三人が贈呈すると嬉しそうにそれに応え、僕に抱き付いた。
「えっへへ、夢どうだったかな十夜?」
「凄く上手かったですよ、夢ちゃん歌上手だったんですね」
「まーね、お母さんが歌好きだったから……夢も好きになったんだあ~」
亡くなった母親が好きだった、か。夢ちゃんはお母さん子だったのかも知れないな。
「ふっ、見せつけるな白原十夜。甘い蜜を魅せられた虫は牙を向くぞ?」
「眼鏡、素直に羨ましいって言ったら?」
「な、何を言うのか中学生! 別に俺は……んん? 中学生、いつから俺を眼鏡と呼んでいた?」
「今気が付いたの? はぁ、本当に変わってるねお兄ちゃんの友達って」
ごもっともで返す言葉すらない。
「じゃあ次は十夜の番だよ! はいマイク」
手渡されたマイクが何故か重いような気が、等々僕が歌う番になってしまうとは。集まる視線が眩しい。ええい、侭に身を任せるのみ。
僕が選んだ曲はシャウトが凄まじいロックだ、意外と激しい音楽を好む性質らしい僕は。
そして、歌声が皆の耳奥にダイブ。
「……ぬ?」
「……へ?」
「……え?」
信じられないものを見るかのように視線が刺さる刺さる。チクチクと痛い、音程がズレまくり声が裏返る。
羞恥を乗り越えて歌い切った。ちなみに点数は18点、良かった前回よりは良い点数だ。
しんと場が凍り付く。
「……えっと、と、十夜って……独特な声してるんだね!」
「そ、そうそう! お兄ちゃん何か凄いよ!」
分かるよ、無理に慰めてくれなくても。
「ふっ、白原十夜……人不向きな事は数ほど……」
「龍士、しばらく僕をそっとしておいて下さい」
真っ赤に燃え尽きて廃人と化してしまう僕だった。
それから僕は一切歌うことはせずに楽しげな風景を見守っている、女性陣の上手い歌声をBGMに龍士と会話をしていた。
まあ何気ない話と称するものではあるが。
「そう言えばあのオカマヤクザ殿は元気なのか白原十夜」
「加藤さんのことですか? ええ元気そうでした、この前コーヒーを飲みに行きましたから」
「そうかそうか……懐かしいな白原十夜がバイトをしていた頃が。あの頃……ああいや、止めておくか。今は笑顔でいる、それだけで十分だからな……やはりお前に変化をもたらしたのは彼女か?」
夢ちゃんを一瞥しながら龍士が尋ね回答を待っているらしい。
「内緒にしときましょうか。僕は意地悪ですから」
「ふむ、性悪の間違いではないのか?」
「そうかも知れませんね」
今の僕はまだ気が付いて無かった、近い内に全てをさらけ出す日が潜んでいることを。
“その日”は同時に彼女を“知る”ことになる。
今はただ無邪気にはしゃぐ彼女を嬉しそうに眺めるだけ。
カラオケを堪能し終えて僕らは店を後にしていた、車に乗り込み雑談を楽しんでいるが話題はやはりカラオケが大半を占める。
「しかし白原十夜がまさかあんなにも歌が不器用だったとはな」
「ちょ、ちょっと眼鏡! お兄ちゃんの前でそんな話はダメだよ!」
「そうだよそうだよ! 十夜は音痴だけど……はっ! ち、違うんだよ十夜! 別に夢は音痴だなんて思ってるんじゃなくて……えっと、あの……マ、マイクが壊れてたんだよきっと……あははは……」
懸命だなあと感心してしまった、僕の為に必死に弁解してくれるとは。心配させないようにしないと。
「お気遣い痛み入ります。大丈夫ですよ、僕はちっとも気にしてませんから」
「なんだ白原十夜、気にしてなかったのか。ならば小細工染みた言葉は不要だな。白原十夜、お前は音痴だった」
「うっ……」
面と向かって言われるとやはりキツい。
「て言うか眼鏡だってあんまり上手くなかったじゃない!」
「十夜に失礼だよ!」
と二人からの罵声が、龍士が悄気てしまった。
「まあまあ……それよりもこの後どうしますか?」
「もうすぐ夕方だなあ。お姉ちゃんがもう直ぐ仕事から帰って来る筈だよ」
「夢は大丈夫だけどちびっこがそう言うならもうお開きじゃ…………あれ?」
突如夢ちゃんが疑問を含んだ声を漏らした、彼女の視線は前方にある道路横の歩行者通路に釘付けだった。
行き交う人の波に何かを見付けたらしいが。
「ごめんちょっと待ってて!」
急に車を飛び出した夢ちゃんは一目散に人波に向かう。
そこで一人の人物に話し掛ける。どうやら知り合いがいたらしい。
「夢姉ちゃんどうかしたのかな? 知り合いの人かなあの人」
「多分そうかも知れませんね」
しばらく親しげに会話を楽しんでからこちらにその人を連れて来てた。
良く分からないが取りあえず車から降りて夢ちゃんが連れて来た彼女と視線がぶつかり会釈を。
ショートの黒髪で鋭い目付きが特長、鼻は高く口は小さい。スラリとした細い体、身長も170以上はありそうだ。
凄い美人だな、まるでモデルさんのようだ。
「十夜紹介するね? 彼女の名前は後藤めい、小学校からの幼馴染みでお友達だよ!」
「こんにちは、後藤めいよ。呼び方はめいって呼び捨てで良いわ……ふ~ん、貴女が夢が話てた彼氏ね?」
「どうも初めまして、白原十夜です。めいさんは夢ちゃんの幼馴染み何ですか?」
「ええ、まあ腐れ縁みたいなものよ……でも驚いた、こんな町中で会うなんて。夢ともけっこう久し振りだしね」
凜とした美女、それが第一印象だった。今日は何だか昔からの知人に会うな。
「そうかなぁ? 前に会ったのいつだったっけ?」
「二ヶ月前よ二ヶ月前! もう、これでも一応心配してたのよあたしは。でもま、友情よりも男を選ぶとはね」
「ごめん! 謝るから許してよめいちゃん!」
「ふふっ、冗談よ。あたしだって最近は忙しかったからね、おあいこよ」
仲良しなんだな二人は。夢ちゃんの友達か、興味が無いと言えば嘘になるな。
「で? 夢達は今からどっかに行くの?」
「まだ決めて無いんだ。ねぇ十夜、これからどうするの?」
「そうですね……さてどうしましょうか」
「お困りの様だな白原十夜、ならば俺に最良の策があるが聞くか?」
まさかここで龍士がしゃしゃり出て来るとは、ジッとしていれば良かったのだが。
何やら嫌な予感がするぞ。はて、今日何回目の予感なのやら。
「……一応聞いておきましょうか。何ですか策って?」
「ふっ、その前に確認しておきたい案件がある。美しい貴女、この後予定は?」
「何よこのキショい奴、馴々しいわね」
「キ、キショ!?」
めいさんもやはり気持ち悪いと思ってしまったのか。黙っていれば二枚目何だから口を閉じてれば良いのだが。
しかし龍士はおしゃべりが好きである為黙ると言う言葉を知らない。
「めいちゃん、気持ち悪いだろうけど我慢してよ。一応十夜の友達何だから……」
「仕方無いわねもう……えっと、二枚目崩れでいっか。一応暇よあたし、これで良い二枚目崩れ」
「……そ、そうか。心が爆ぜそうだが踏ん張らねばなるまい。白原十夜、中学生も帰らねばならぬのだろう? だったらお前の家に行くって言うのはどうだ? 無論全員でだ」
「また貴方は唐突なことを言いますね……で、家に来て何をするんです?」
嫌な予感が……無い方がおかしいかこの男と居る場合は。
「ふっ、決まっているだろう。皆で寄り合い宴を催すのだ。親睦会と思えば良い、そうだな焼肉やらすき焼きやらをして酒を飲み交わすのも一興一興」
「はいは~い! わたし焼肉したい! 久し振りにお肉食べたい!」
「ぬ、中学生よ肉が久し振りとは本当か?」
「家は貧乏だからね。あ、でもお姉ちゃん料理得意だからどんな食材でも美味しいんだから! でも奢りでお肉食べられるなら嬉しい!」
いつの間にか奢りで焼肉を食べることになってしまった、まあでもみんなでわいわい騒いでご飯も悪くはないな。
それにしても鏡ちゃんがお肉久し振りとは、これは良いお肉を使って焼肉をして上げたいものだが。
「夢もそれで良いよ! みんなで楽しく過ごすの大好きだから。……めいちゃんはどうする?」
「そうね……どうせ暇だし、久し振りに夢と会えたし、おまけに夢の男も見れたし、良いわよお邪魔じゃないならあたしも参加するわ」
こうしてみんなで焼肉をすることとなった、しかしこんなに大人数であの狭い部屋じゃ窮屈だろうな。
なら外でバーベキュースタイルでやるしかないがそうだと大家さんに許可貰わないと。後は焼肉用の器材も揃えないと。
「お兄ちゃん携帯貸して? お姉ちゃんに話すから」
「あ、それなら焼肉用器材を持っていないかと大家さんに許可取って貰ってくれるように頼んでくれません?」
「分かったよ……焼肉用器材って炭を使う奴だよね? あったかな?」
鏡ちゃんに携帯を渡すと水面さんへ電話、どうやら心良く快諾してくれたらしい。
「お姉ちゃんがOKだって! 大家さんにも言うしバーベキュー用の網があるから大丈夫だってさ。それからお姉ちゃんからの伝言、白原さん良質なお肉をいっぱい買って来て下さいね、だって」
「分かりました……お金足りるかな」
さて、焼肉は良いが一つ問題があるのだが。
「この人数だと車に入るが怪しいですね」
現在五人、車は四人乗り用なので当然一人余ってしまうのだ。
「えっと十夜の車だし運転手だから十夜は絶対、夢は十夜の女だから絶対……えっへへ、十夜の女~」
「夢姉ちゃんが独りの世界に入っちゃった。えっとわたしは最初から乗ってたんだから当然乗る権利があるもん。綺麗なお姉さんは招待するんだから乗らなきゃ」
「分かってるわね可愛らしい子、なら答えは出てるわよ」
意見の一致がそいつに視線を集めさせた、まあ誰と言えば龍士だが。
案の定反論を飛ばす。
「皆、待ってくれないか? 俺は計画発案者であり白原十夜の友人にして主賓なのだぞ?」
「ちょっと二枚目崩れ、貴方まさか女のあたし達の誰かに歩かせようと言うの? それでも男?」
夢ちゃんの友達、後藤めいさんが命名二枚目崩れに物申した。
「人聞きの悪いことを、大体四人乗り用だとしても詰めて乗れば問題解決では無いか」
「ぎゅうぎゅうに詰めて乗ったら痛いし体が圧迫されて痛むわ、そもそも女の体を詰めようとするなんて……あ、分かった貴方それを口実に女の体をベタベタ触る気ね? やらしい~」
「ま、待て誤解をするな! 俺はそんな気は……」
どうやらめいさんの方が一枚上手らしい。あたふたする龍士に追い討ちを掛けるように残りの女達が動き出す。
「きゃ! 眼鏡ったらわたしの体が目当てだったんだ! 気持ち悪い! 本当にやらしい! お姉ちゃんに言い付けてやる! お姉ちゃんが怒ったら怖いんだから!」
「夢の体は十夜のものだよ! 絶対絶対触れさせないもん! やらしい~やらしい~!」
「本当やらしいわ。ま、あたしが魅力的なのは分かるけど安い女じゃないの、この二枚目崩れのセクハラ眼鏡!」
「…………ぬわあああああ! し、白原十夜援護を求める!」
返す言葉は決まっている。
「龍士、貴方……やらしいですね」
「援護射撃が俺に命中! やはりロリイパーだったか! くそおおおお! 俺の負けだあああああああ!」
龍士の敗北、こうして奴に道を教えてバスで向かうことに。
車も皆を乗せアパートを目指した。
途中肉屋により水面さんご希望の良質な肉を仕入れたが財布に大打撃を刻んでくれて僕の目から汗が。夢ちゃんやめいさんはスーパーで野菜やら飲み物を買い、ご機嫌な鏡ちゃんの笑みに和みを貰って車内は明るくなっていた。
アパートに着く頃にはめいさんと鏡ちゃんが仲良しになっていた、どうやら気が合うらしい。
「ここが白原くんと鏡のアパート?」
「そうだよ。まあボロっちいけど中は意外に綺麗だから。ただ壁が薄いのが難点かな、お兄ちゃんと夢姉ちゃんが毎晩やらしい声で喘ぐから眠れないの、くひひ」
「なんだ白原くんってけっこうエロいのね、夢も毎晩じゃあ大変ね」
「ち、違います! 鏡ちゃん嘘はダメですよ!」
全く鏡ちゃんはまた悪さを企てて。
「とにかく下りますよ、荷物忘れないで下さい」
「あ~、十夜のほっぺ真っ赤ぁ~! 可愛い~!」
「ゆ、夢ちゃん勘弁して下さいよ」
逃げる様に車から下りて荷物を片手にアパートへ、すると爽やかな笑みを浮かべる我が隣人桜井水面さんが出迎えてくれた。
何やら悪意を感じる爽やかさなのだが気の所為だろうか?
「お帰りなさい白原さん、ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも……わたしを食っちゃいますか?」
「……ご飯にします」
「もう乗りが悪いですね白原さんは、ここはお風呂ですよ」
何故?
「わたしも一緒に入って洗いっこ出来ますから」
「わ、お姉ちゃん大胆! お兄ちゃんの浮気者!」
桜井姉妹のペースだなこのままでは、たまには逆襲してみたいものだが。
「じゃあ水面さん、お風呂の用意お願いします」
「……え? し、白原さんまさか本気で?」
と珍しく頬を真っ赤に染めてしまう水面さんは何だか新鮮だった、これはベストショットだ。
どうやら仕返し成功らしい、たまには良いだろう。
「わ、分かりました。不肖、わたしこと桜井水面が白原さんとのお風呂場でイチャイチャでイヤンイヤンな洗いっこの為にお風呂を沸かさせて貰います。白原さん、わたしって着痩せするタイプなんです」
「ええ! じ、冗談ですよ水面さん?」
「冗談! 酷い、わたしを弄ぶなんて……責任取って下さい!」
「十夜! 責任って何の話かな?」
追い付いて来た夢ちゃんに睨まれる僕、この後はいつもの展開が。水面さんに仕返ししたつもりだったがまだ彼女の術中だったとは。修行が足りない。
閑話休題、アパートの前に焼肉をする準備が完了していた、何と大家さんがしてくれているのだ。
「三文芝居は終わったと? なら肉ば焼くばい! ランクA5肉ね?」
「えっとそんな良質なものじゃ……」
「せからしか! 言い訳はよかと! さっさと焼くったい! 分かったとね!」
毎回大家さんは苦手だな。
「十夜……」
「ん? どうしましたか夢ちゃん?」
「後で夢と……イチャイチャでイヤンイヤンな洗いっこする?」
「話を戻さないで下さい!」
グダグダな会話が展開していたがようやく焼肉を開始することに、みんなで笑い合って話をして絆を深めた。
思えば不思議なものだ、生まれた年代も場所も環境も違う僕らが出会い、楽しげに集まって話をしていることが。
人が人と出会う確率は遥かに低い、だからこの時間は奇跡のような体験なのかも知れない。僕が夢ちゃんと出会ったのも、桜井姉妹が隣人なのも喜ばしいこと。
だから今を大切にしなければならない、笑顔が溢れるこの場所が僕の糧となる筈だから。
「美味しーー! お兄ちゃんが奢ってくれたお肉美味しい!」
「あらあらまあまあ、鏡ったらお口の周りにタレを付けて、まだ子供何だから」
「うまか! タダ飯はうまかばい! あ~なんばしよっとね、肉ん焼き方がなっとらんばい、ぎゃんしてぎゃんすっとよ!」
「……でね十夜、めいちゃんは夢にとって大切なお友達なんだぁ、夢が小学生の時に近所でお祭があってね、その時クラスの女の子達にちょっかい出されてた夢をめいちゃんが助けてくれたんだよ! 口論になったけどめいちゃんの口に誰も勝てなかったもんね?」
「懐かしいことを覚えてるわね、確かその後苛めて来た女の子の兄貴が出て来て……ああ、あたし蹴り飛ばされたわ。今思い出しただけでもムカつくわ。でもあたしのお兄ちゃ……んん、兄さんが助けてくれて……ほんと懐かしいわね」
昔の話に花を咲かせている二人、そうかめいさんは僕の知らない夢ちゃんを知ってる筈なんだ。
なら夢ちゃんのことを……あ、いや止めておこう。夢ちゃんの過去は知りたいけどいつか話すと言ってくれたじゃないか。
全く僕って奴は直ぐに先走る。
「待たせたな皆の者、焼肉会発案者の到着だ!」
数十分後、竹崎龍士がアパートに到着したが歓迎する声すら無かったのは言うまでも無い。
目が潤んでいる、さすがに可哀相なのでこちらに手招きしてみると何とも晴れ晴れとした笑顔をするのだった。余程一人でバスは寂しかったのだろう。
「ふ、待たせたな白原十夜」
「龍士……寂しかったんですか?」
「な! ふ、ふざけてはならぬ! 天体が変動しようと俺は無変化だ!」
「白原くん、この二枚目崩れって昔からこんな感じ?」
めいさんの質問に無言で頭を縦に。
「そう……白原くんってけっこう苦労してるのね」
「十夜可哀相……夢が慰めてあげる!」
といつものキスが僕に襲いかかる、こんな公衆の面前でキスするなんて。
しかもみんな知人だらけではないか。
「あらあらまあまあ、人前で大胆なキスしてやがりますね白原さんと鮎原さん」
「またチューしてる、お兄ちゃんも夢姉ちゃんも欲求不満だよ!」
「最近の若者は破廉恥か! なんばしょっとね、むじょか子は見たらいけん!」
「夢ったら大胆になったわね……」
色々と言われ放題で恥ずかしいのに夢ちゃんは構わずキスを続ける。舌まで絡ませて。龍士が羨ましそうに見ていたのがちょっと嫌だった。
でもやっぱり夢ちゃんの唇は柔らかいな、いやいや僕って幸せだな。
て、恥ずかしいことを思考してしまった、頭の中で穴掘って叫ぶ、久し振りに。
「ぷはぁ! ……十夜、元気でた?」
「はい、凄く出ました」
「ちょっと白原くん、もっと気の利いたことを言えないの?」
「そうだよそうだよ、めい姉ちゃんの言う通りだよ!」
めいさんと鏡ちゃんが僕に非難を浴びせて来る。
どんなのが気の利いたことなのだろうか?
「ふっ、まだまだだな白原十夜、俺ならば気の利いた世辞を生産出来る」
「却下」
鋭きめいさんの切り捨てに龍士が等々爆発してしまった、めいさんまで歩み寄り仁王立ちを敢行。怒った?
「何よ二枚目崩れ、あたしに何か言いたいことでもあるの?」
「却下は認めん! 俺の能力を全て解放してやろうと決心していたものを、それを邪魔するとは……見せてやろう最高の世辞を! それに平伏し頭を地に落とさせてやる!」
「……えっと気の利いたことを言ってあたしに謝らせたいってことかしら? 面白いじゃない、なら言ってみなさいよ、キスの後に言う気の利いたセリフを!」
「ふっ、吠えズラを見せて貰おうか……では先ず誰か俺にキスしてくれ、あ、後藤めいだったな確か、さあ俺にブチュっと……」
次の瞬間めいさんの拳と蹴りが変態を伸したのは安易に予想出来ただろう。
正にその通りに龍士が求めたキス相手が地面になっていた。
ふざけ合い、笑い合い、時間を共有し合う。
これを絆と称して良いのかは分からないが確かなことはあるだろう、楽しい時間がずっと続いて欲しい。
僕は笑顔を見ていたい、龍士も桜井姉妹も大家さんだって今日会ったばかりのめいさんも。
もちろん夢ちゃんのだって……。
「馬鹿にしおって……ん? どうかしたのか白原十夜、何だか優しい目で皆をご覧になっていたようだが?」
「何でも無いですよ……龍士、質問があります、僕は今笑っていますか? ちゃんと笑っていますか?」
「…………ああ、白原十夜の笑顔は財宝よりも価値がある」
「何々? 眼鏡と十夜は何の話をしてるのー? 夢にも教えてよ」
無邪気な笑顔が僕に向けられる、それに応え笑顔を送り返す。
夕闇が一層深まり夜の寝起きに立ち会いながら楽しげな会食はまだ続く。
過去が一瞬だけ脳裏を掠める。
大丈夫、僕は強くなったよ。大切な人が側に居てくれるから……。