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ー2、発見ー

 スネ夫の指定した駅に着いたら、すでにハルサメがいた。

「よ」

 目が合って、小さく笑う。笑うときに小刻みに肩を揺するのはハルサメの癖だ。

 ハルサメは同じ大学の2つ後輩で、いつもうつむいていて表情が乏しいので根暗かと思いきや、意外と友人も多い。そして過食症だ。しょっちゅう食べたものを吐いている。人生のテーマは目下『愛とはなにか』らしい。トレードマークは紫のフレームのごつい眼鏡だ。

「ハルサメ、早いね。もうスネ夫に電話した?」

「まだ。とりあえずコーヒー飲んでたらアキさんが来た」

 ハルサメの片手には缶コーヒーが握られている。アルミ缶のレインボーのデザインが、黒一色の服装のなかで浮き立っていた。

「その腕時計いいね」

 わたしは目に付いたハルサメの腕時計を褒めた。褒めてから、よくよく見ると結構なブランドものだと気づいた。あまり服にお金をかけないハルサメが高級な腕時計をしているなんて、違和感がある。

「あーこれ、もらいもの。先週、上の兄貴の結婚式で実家に帰ってたんだ。そしたら、親父と母さんが買ってくれた。お前もこれくらい持ってろって」

「ご両親からか、素敵だね」

「まあ、そうだね」

 たしかハルサメの実家は山口県で、お兄さんが二人いる。三人男兄弟の末っ子だ。真ん中のお兄さんは北海道にいて、一番上のお兄さんが実家にいたはずだ。結婚したということは、たぶん家を出たんだろう、たぶんだけど。

「ハルサメのお父さんとお母さんは、ちょっと寂しいかもね」

「そうだね、母さんは同居したかったみたいだし」

 ハルサメは興味なさそうに呟いて、飲み干したコーヒーの缶を自動販売機横のゴミ箱に捨てに行く。その背中に、わたしは声をかけた。

「わたし、スネ夫に電話するね」

 携帯を取り出し、電話をかける。スネ夫はワンコールで出た。

「わあ、もう到着したんですか、早いですね」

 そっちがすぐ来てお願いって言ったんだろう、の言葉は飲み込んだ。

「りかぴょんはまだなの?」

「はい。まだ学校じゃないですかね」

 スネ夫はのんびりした声で答えると、自分のいる場所を告げる。駅からすぐの、河原のそばにある小さな神社らしい。駅から歩いて十分弱の、小さな神社の裏だ。

「ハルサメ、行くよ」

 ぼうっと立っていたハルサメを促す。

「めずらしいなあ、スネ夫がそんなところに呼び出すの」

「むしろ屋外は初めてだね」

 集合はいつも、どこかのファーストフード店かファミレスだ。たとえ待ち合わせが外でも、そこから誰かの家に行く。わたしとスネ夫とハルサメとりかぴょんの4人が集まるようになって一年。それがお決まりのコースだ。

 駅から十分歩いて、神社についた。鳥居を抜けて寂びれた境内を横切る。誰も管理していないのか、社の隅には砂埃が白く舞っている。

「スネ夫はどこだ?」

「あ、あそこ」

 本道の裏手に、スネ夫がしゃがんでいるのが見えた。ぶかぶかの学ラン姿は、後ろからでもすぐにスネ夫だとわかる。

「おい、スネ夫、学校さぼりか?まだ昼過ぎだぞ」

 スネ夫はわたし達の声に振り向くと、立ち上がって制服のズボン裾についた泥を払う。

「テスト期間ですよ。午前中で終わりです」

「中間テストの時期か。これから帰って勉強じゃねえの?」

「余裕ですよ。それより自分の心配をしたらどうですか」

「むかつくガキだぜ」

 スネ夫の通う中学は、私立の進学校だ。まだ一年生だが、進学校であるがゆえにすでにクラスのほとんどの生徒が塾に通っているらしい。そのなかでスネ夫は、塾をサボってわたしたちと遊んだりしているくせに、成績は上の下をキープしていた。じゃあ塾に行かなくてもいいんじゃない?と思うのだけれど、塾に通うと遅い時間に家をあける口実になるんだそうだ。「どのみち勉強したってエスカレーター式に名門大学までいけますから。成績は落ちなきゃいいんです」とスネ夫は言う。それでも塾に通わせるのは親の見栄なのか、なんにせよ、高い月謝を惜しがらないのはお金がある証拠だ。

「で、急に呼び出したのはなんの用事なの?」

 訊ねると、スネ夫の顔からいつもの薄ら笑いが消えた。

「ああ……まあ、ついてきてください」

「なんだよ。お願いって言うから急いで来たっつーのによ」

 口を尖らせるハルサメを、真顔でスネ夫が一瞥する。

「見ればわかります」

 スネ夫が背を向け、歩き出す。わたしとハルサメは顔を見合わせ、肩をすくめてスネ夫のあとに従った。

 神社の境内の奥は、すぐ川に面していて、好き放題に伸びたオオアワダチソウが群生している。少し歩いた先に、小さな橋がかかっている。橋を渡るためには神社の脇を通らねばならないので、利用する人は少ない。つまり、ここはほとんど誰も来ない場所だ。

 スネ夫は黙々とオオアワダチソウの群れの中へ歩いていく。茂るオオアワダチソウは、わたしの背丈ほどあった。覆いかぶさってくるそれを両手で掻き分けて進む。

「うげえ、歩きにくぅ」

 ハルサメが情けない声を出した。

 土は、川の水を含んで柔らかい。足を踏み出すたびに、ぬちゃぬちゃと粘着質な音がする。

 このまま歩き続ければ、橋の真下まで行けそうだ。離れた所から見ているだけではわからなかったが、橋は意外と高いのだとわかった。

 スネ夫は、橋まであと数メートルというところで立ち止まった。そして川面ぎりぎりまで近づき、一番手前の橋の柱を指差す。

「え、なに?」

「見えるでしょう。ピンク色のあれです」

 柔らかい足元にバランスを崩さないよう気をつけながら、スネ夫の指先に目をこらす。育ちまくった草の奥、地面に程近い高さに薄いピンクがちらりと見えた。

「なんだ?よく見えねえぞ」

「もっと近づいてください。ぼくも自信ないんですから」

「いったいなんなんだよ」

 ハルサメが舌打ちをしてさらに歩みを進める。その後ろをわたし。最後にスネ夫が続いた。

 進むほど、土はさらに川の水を含んでずぶずぶと沈みこむ。昨日までの雨で一時増水していたのだろう。靴を通して、不快でしかないぬめりが纏わりつく。このようすだと、ジーンズも泥だらけに違いない。そうなら手洗いだ。めんどくさい。

「しょうもないことだったらブン殴るからね」

 振り返ってスネ夫を睨むと、オオアワダチソウに埋もれた小柄な瞳が頷いた。

「いいですよ。何発でも」

「いや冗談だけどさ」

 背後のスネ夫に向かって話していると、急に止まったハルサメの肩に突っ込んだ。文句を言おうと口を開くより先に、ハルサメが低い声を漏らす。

「おい……」

「なに?」

「いや、あれ」

 見ようとするが、ハルサメの背が邪魔でなにも見えない。

 声は唸るような響きに変わる。

「これって……」

「ですよね、やっぱり」

「なに?なんなのよ」

「ええと……」

 言いよどんだハルサメを無理やり押しのける。

「邪魔」

 さっきちらりと見えたピンク色は、すぐ近いところにあった。わたし達のいる場所から2メートルほど先。そのピンクの合間からは、ところどころ輝くような白がのぞいている。

 よく見ようと目を凝らす。

 ピンク色は、服だ。そこから伸びる白は、まっさらな純白。それは細く、硬質で、ああ、見たことある、どこでだっけ。光沢のある細長い白と、それよりももっと細い白と、さらに奥に両手のひらで包み込めそうな大きさの白い丸が…………あ、思い出した。火葬場だ。

 わたしは黙った。

 二人も黙っていた。

 それはまぎれもなく骨だった。

 誰もなにも言わない。しばらく沈黙が続いた。

 突如、大音量で音楽が鳴った。心臓が飛び上がって身体がよろけそうになったのを、ハルサメがとっさに支えてくれた。

「こんなところでころぶなよ」

「あ、うん、ごめん」

 スネ夫が携帯を取り出す。鳴り響いた音楽は着信音だった。今はやりの洋楽だ。美少女が腰をくねらせながら卑猥な歌をうたうやつ。

「はい、ぼくです。……ああ、はい」

 通話口から漏れ聞こえた声で、誰からの着信かわかった。りかぴょんだ。

スネ夫はここまでの道のりを、丁寧にゆっくりと伝える。しかしりかぴょんはリアルタイムでの道案内をスネ夫に要求したらしい。しばらくスネ夫と機械越しのりかぴょんの声だけが川原に響く。

 十分後、神社の裏にセーラー服姿のりかぴょんが確認できると、スネ夫はやっと携帯を切った。

「ちょっとお!みんな、なんでそんなとこにいんのよー!」

 りかぴょんは立ちはだかる草むらに恐る恐る歩みを進めながら、大声で話しかけてくる。

「声でけーよ、いいから来いよ」

 ハルサメが小声でいなした。

「えーだってぇ、汚れるよう!」

「いいから来いって」

 耳元でハルサメの舌打ちが聞こえる。

 りかぴょんはぶつぶつ言いながらも、わたし達の立つ位置まですぐにやってきた。

「なんなのよまったく。急にこんなところに呼び出してぇ」

「あれ、見てみろ。何に見える?」

「はあ?あれっていったい……」

 ハルサメの指差す方向を覗き込んで、りかぴょんが言葉を失う。睫毛で迫力の増した、ただでさえ大きな目をさらに見開いた。唇はグロスできらめいている。

「え、なにそれ、人……?」

 二、三度まばたく。ばしばしと睫毛の音が聞こえる気がした。

「てか、死体?」

 誰も答えなかった。空は青くて、川は澱んでいた。

 沈黙のなか、スネ夫が口を開く。

「学校からの帰り道、散歩していたんです。ひさしぶりの晴れだし、なんだかぼーっと歩きたいとか、そんな感じで。それで何気なく橋の下を覗いたんです。ピンクの布切れが見えて、それまで気づかなかったからちょっと気になって、なんだろうと思って近くに寄ってみました」

 スネ夫の中学はこの近くだ。そうだ。昨日までは雨だった。

「へえ……」

 口からは、それしか出なかった。

「とりあえず、だな」

 ハルサメが呟く。

「戻るか」

 スネ夫がつられたように頷く。

「……そうですね、ここにいると目立つし」

 真っ白な太陽がわたしたちを見下ろしている。ハルサメに促され、来たときと同じように草群を掻き分ける。今度はみな無言で。

 ぐじゅぐじゅに水を含んだ土の上を、神社の裏手まで戻った。

「ええと、ええと?」

 りかぴょんが頭を抱える。

「なんか、あれね、けっこう時間たってるっぽかったね。骨だけだったし」

「昨日までどこにあったんだろうな」

「さあ……」

 思わず漏れたわたしの呟きで、再び沈黙が訪れる。

「ね」

 無意味に、スネ夫が発する。

「ね」

 たぶん無意味に、りかぴょんが答えた。

「うーん、とりあえず」

 わたしは提案してみた。

「とりあえず?」

「………帰ろっか」

 みんななんとなく同意した。

 スネ夫だけが神社で別れた。彼は学校に忘れ物をしたと、駅とは反対方向へ向かった。わたしとハルサメとりかぴょんはまた、十分弱の道のりを駅まで歩いて戻る。

 三人とも、靴は水を含んでぐっちゃぐっちゃと鳴った。

 その音を聞きながら、スネ夫がなぜわたしたち三人を呼んだのかを想像した。家族でも、学校の友達でも、警察でもよかったはずだ。わたしたちは4人で集まることはあるけれど、集まると言っても月に一度か、多くて二度がいいところだ。

 でも、なんとなくわかった。わたしたちは誰も――実際にそうだったように――大騒ぎをしないだろうから。ふだんは大声でバカ騒ぎをしているわたしたちだけれど、もし死体を見つけたら変に騒いだりしないだろうことはなんとなく想像できた。わたしがスネ夫でも、この3人を選ぶかもしれない。

 電車に乗り、それぞれが降りる駅でふたりとも別れた。ぐちゃぐちゃと靴を鳴らしながら歩いて帰る。すでに日はかなり傾いて、蛍光灯で照らしたように能天気だった空は、白熱電球の明かりのようなぼやけたオレンジ色に変わっていた。

 帰ってすぐ、水分を含んだ靴下とジーパンを洗面所の水につけたら、一気に力が抜けた。


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