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シュヴァンツ村の凸凹夫婦

作者: 青紫 紅

 人口100人にも満たない小さな村であるシュヴァンツ村に引っ越して来て一年になる。一年目は慣れない環境で色々とあったが、もう慣れた。


「おーい、ミハエルさんこっちも手伝ってくれ」

「ああ、分かった」


 無愛想と言われるこの顔。そんな顔で返事をしても嫌な顔一つしない村人達。最初はとても怖がられ、無視され続けた。特にこの顔と性格が誤解を生む原因の一つだったが。


「もう少しで収穫も終わりだー、いやー今年はミハエルさんが居て助かったぁ」

「いえ、私は少しばかり手伝っただけです」


 少し訛った言葉を喋るのは、川を渡ったすぐ近くの家に住むジョージさんだ。彼は、このシュヴァンツ村では一番大きい畑を持っている人だ。もちろん畑以外にも牧場も持っている。


「しっかし、ミハエルさんが引っ越して来た時はこの村も終わりかと思ったよ」


 ジョージさんは豪快に笑うが、最初にここに来た時はこの村を乗っ取りに来ただの、税金を吊り上げに来ただの嫌な噂ばかり流れた。極めつけは……


「村娘が一人ずつ消えていくとか言う噂があったっけなぁ」


 ジョージさんがなんとなしに思い出したのは、私が一番思い出したくない噂だ。しかし、その噂のおかげで人生が変わったと言ってもいいくらいの出来事だ。

 人生何があるか分からない。エリート役人だった私が、どうしてこんな田舎に飛ばされたのか。左遷ではなく、長期休みのためのものか、遠回しのクビ宣言なのか私には分からない。書類上では異動扱い、所謂左遷だ。どうしてこの私が王都以外の、しかもこんな田舎に行かなければいけないのか悩んだ時もある。もちろん上司にも言った。けれど、まったく取り合ってくれず、煙たがられた。


「しっかし、本当にリリーさんと結婚するとはあの時思わなかったよ」


 ミハエルさんは大きくうんと何度も頷く。リリーと言うのは私の妻だ。結婚してから一年ほどになる。年齢は10以上離れているし、身長差もかなりあるためか、夫婦に見られたことが一度もない。結婚した時は、友人であるローランドが私たちのことを凸凹夫婦だと言ってお腹を抱えて笑っていた。

 あの時は本当にローランドを殴ってやろうかと思ったほど、あいつの笑いが止まらなかった。


「ミハエルさーん!」

「あれは……」


  

 手を振りながら走ってくるのは、妻のリリーだ。リリーの手には木で作られたバスケットがある。


「……あのっ! 軽食作ってきたのですが食べてもらえませんか?」


 リリーの二つに結んだ髪が揺れる。


「また作って来たのか」

「……やっぱり嫌でしたか?」

「そんなわけないだろう」

 

 リリーはその言葉を聞いて一瞬肩を落としたがまた元気になった。この会話を聞いたジョージさんは笑みを浮かべた。


「相変わらず仲がいいねぇ、二人は。それじゃあ、後はこれだけだからミハエルさんに任せるよ」

「ジョージさんもいかがですか?」


 リリーがそう問いかけると、ジョージさんは首を横に振った。彼はあのカゴに入っている野菜は持っていきなさいと私に目配せをした。

 カゴには二人では食べきれないほどの野菜が入っていた。今日のお礼ということだろう。二人っきりになってしまった私たちは、適当に平べったい石の上に座った。そこはいつもお昼を食べている所だ。


「私もいいんですか?」

「なんだ、食べないのか」


 ほらとバスケットの中から適当な食べ物を取り、リリーに渡した。彼女は顔を真っ赤にして私の隣に座った。これを私に渡したらすぐに帰るつもりだったのだろう。


「じゃあ、少しだけ……」


 一口、また一口とサンドウィッチを頬張る。まるでその姿が小動物のように見えてきて笑ってしまう。私はバスケットの中から石窯パンを取った。そのパンの上にこの村で作っているジャムをつける。

 今一番はまっている食べ方だ。


「リリー、顔についてる」


 彼女の口元にはパンのかけらがついていた。え? と惚ける彼女の顔に手を伸ばし食パンのかけらを取り食べた。


「もうっ! ミハエルさんってば……恥ずかしいです」

 顔を真っ赤にして反論するリリーの姿は可愛い。つい、手が頭に向かってしまい頭を撫でてしまう。

 彼女の柔らかな茶色の髪はとても撫で心地が良い。


「ミハエルさんっ! 子供扱いしないって約束ですよ」

「すまないな、リリー。ついリリーが可愛いからやってしまうんだ」


 リリーは怒るも、私の手を払おうとしない。ただ、撫でられるがまま受け入れている。


「今日は野菜をたくさんもらったから晩御飯が楽しみだ」

「わぁ! こんなにたくさん……私今日も頑張りますね」


 リリーは立ち上がり、カゴを持ち上げようとしたが重くて持ち上がらない。仕方がないので、持っていたスカーフを広げ持てるだけの野菜を包んだ。


「後は私が持っていこう。今日も美味しかったよ、ありがとう」


 リリーは私に手を振り、こちらも振り返した。家に帰れば会えるのに、どうしてこんなに寂しい気持ちになるのだろうか。


「後、少し頑張るか」


 バスケットに入っていた水筒を取りだし、紅茶を飲んだ。アールグレイの香りが鼻孔をくすぐる。そしてまたパンをかじった。

 晩御飯は野菜尽くしで、味も香りも満点だった。

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