第九十六章:真実
這いつくばるように、地上への階段を登っていく。
「……あ゛っ!! ぐ……あぁッ!!」
頭痛が治まらない。
吐き気も治まらない。
気を抜くとバラバラになってしまいそうな身体を押し留めて、意識も不確かなまま手と足と眼球を動かしていく。
――足元を見る。
僕の右脚は真っ赤に染まっていて、ちょっと動かす度に真っ赤な水溜りが階段に広がっていた。
下腹からはピンク色のチューブみたいなのが垂れ下がっていて、歩く度にソレが床のタイルにズルズルと奇妙な足跡を残している。
――おかしいな。
こんなの、僕のお腹にくっついてたっけ?
大した事じゃないので、今は考えないことにする。
――右腕を見る。
巻かれた包帯はいつの間にか切り落とされていて、ナイフかなにかで貫かれたような傷口が覗いている。
――僕の腕って、こんな形をしてただろうか?
太くて柔らかそうでスライムがたっぷり詰まった水風船みたいで、歩く度に振動でタプタプタプタプと揺れている。
大した事じゃないので、今は考えないことにする。
「う……っ!! お゛ぇえ゛ーっ!!!」
堪え切れないほどの吐き気に、とうとう胃の中身が逆流した。
さっきみんなで飲んだスポーツドリンクが、盛大に床にぶち撒けられて辺りに飛び散る。
……、賞味期限が切れてたみたいだな。
こんな毒々しい色の、真っ赤な飲み物を、よく今の今まで胃の中に溜め込んでたものだ。
口の中には、まだ錆びた鉄みたいな味が残っている。
「……っ、ぁ……」
思考がまとまらない。
意思も意識も朦朧としていて、なのに頭の中だけはバカみたいにクリアだった。
――先ずは、ここを出る。
――次に、犯人に責任を取らせる。
そして、それから――、
「……、奈菜」
彼女の名前を呟いていた。
――ああ。そういえば、彼女の料理は酷かったな。
最近は随分とマシになってきたって言ってたけど、僕の記憶にある限り、アレは絶対に人間の食べ物なんかじゃ無かった。
……油と洗剤を素で間違えるんだもんな。
ホント、彼女の料理下手は筋金入りだよ。
……、まあ、それでも。
いま口の中に残っているこの飲み物の味よりは、幾分マシ――、
「……ぐあ゛っ!! ぎ…………っ!!??」
――頭痛が酷くなった。
それは、まるで何かを拒絶しているみたいに――、
「……グッ!! 奈……菜……!!」
でも、それでも構わなかった。
ただ、彼女の名前を呼び続ける。
――会いたい。
ああ、そうだ。
今度からは、奈菜が料理を作った時には、絶対においしいと言ってやろう。
こんなに素直じゃない僕だから。
もしかしたら皮肉にしか聞こえないかもしれないけれど、そんな事が気にならなくなるくらい、何度でも何度でもおいしいと言ってやろう。
――会いたい。
「……ギッ!! グッ…………!!!!」
僕は、彼女の元に帰る。
犯人には、絶対に責任を取らせる。
そして、辛かった分だけ。
いや、彼らの分まで。
絶対に幸せになってやるんだ――!!
「……はっ、ぐ……っ!!
……つ、着い……た!!」
そして、階段の上へと辿り着く。
呼吸は止まりそうなくらい荒くて、頭の中は感覚が無くなるくらい痛い。
でもそんな廃品同然の身体でも、僕はやっと最後の扉の前に辿り着いたのだ。
今までと明らかに造りの違う、洋館の装飾扉みたいなドアノブに手を伸ばして、
――そして、予感した。
この扉の向こうには、きっと全ての答えがある。
全ての真実がそこにあるのだと、狂い出しそうな僕の意識は間違いなく直感していた。
許容量を超える数の感情を内包しながら。
僕は、真実の扉を開け放った――。




