第九章:疑惑
「…………」
――血の気が、引いた。
人殺しの罠が仕掛けられた施設。
部屋にいた殺人犯の男。
そして、そこら中に備え付けられた監視カメラ。
これだけの材料があれば、自ずと犯人像は見えてしまう。
だが――、
「待て……、待て」
しかし、そうなると。
少しだけ、おかしな事態になってしまう。
――僕は、なぜここに居る?
青年と同じ部屋にいた。
青年と同じ服を着ていた。
僕が死んでいたかもしれない罠。
失くしてしまったらしい、ここに来る前後の記憶――。
「……違う。
違う!! そんな訳が無い!!
そんな訳が無いっ!!」
血が凍った様な錯覚を覚えて、両の脚がガクガクと震え始める。
気がつくと、僕は二階堂の手首を骨が砕けそうなほど強く握りしめていた。
その、どうしようもないくらい冷たく、硬くなってしまった肉の塊に、自分とソレが違うモノなのだと意識が無意識的にでも納得しようとする。
「…………」
――そうだ、違う。
僕は、そんな事はしない。
僕は、そんな人間じゃない。
そう何度も言い聞かせて、納得した筈なのに、脚の震えだけはどうしても止まってなんかくれそうになかった。
「違う……、違う!!!!」
そして、一際強く否定した時。
僕の耳に、鈍い、まるで何かを殴りつける様な音が届いた。
「!?」
咄嗟に我に帰って、耳を澄ます。
生存本能の賜物なのか。意識を強く集中させると、あれほどしつこかった筈の両脚の震えは、思ったよりもあっさりと止まってくれていた。
「……、誰かが、居る?」
この音が人為的に起こされている物だとすれば、そういう事になる。
そして、その発生源は、これだけ多くの壁に遮られている事を考えればそう遠くない場所なのだろう。
誘蛾灯に誘われる蛾の如く、僕はその音源に向かって駈け出した。