第八十三章:崩壊
扉を開けた僕たちが目にしたのは、黒土に覆われたすり鉢だったのだ。
一体、ナニがどうなっているのか。
目の前には地下二階への通路なんか存在せず、ただ煉獄への入り口だけが僕たちを待ち構えている。
「……なんだよ、これ。
さっきまではここに通路があったじゃねぇかよ!!」
船橋が動転して叫び散らす。
ここが何か、だって?
僕が知らないワケが無いじゃないか。
――だって、ここは。
“彼女”が跡形もなく喰われてしまった、あの虫籠なんだから――!!
現在地の高さからすると、恐らくここの罠の正体は“落とし床”。
きっと床板が開いて、真下の地下三階へと直通したのだろう。
嘗ては“彼女”だった骨の欠片が、すり鉢の真ん中に今も変わらず鎮座している。
「……、ダメだ。
ダメだ!! 二人とも引き返せ!!
ここは通れない!!!!」
僕は怖気に背筋を震わせ、叫んでいた。
あの黒い絨毯を思い出すと、それだけで身体中の血が凍りつきそうになる。
すり鉢は今はまだ静かな物だが、きっと僕たちが中に落ちれば、瞬く間に“彼女”と全く同じ末路を辿ってしまう事だろう。
二人を大声で制止しながら、しかし僕の頭の中はどうしようもない数の疑問符によって占められていた。
――、何だ?
――これは、なんなんだ?
――このタイミングで、どうして床が開く?
もちろんこの施設では、考えられる可能性なんか一つしか無いが――。
「バカな!! コレに何の意味がある!!」
意図が全く分からない。
だってそうだろう?
先ほど警備室で見た映像には、間違いなくここに通路が映っていた。
と、なれば。おそらくこの罠の発動条件は、地下一階での僕たちの行動にあったものと推測される。
――そう、地下一階での行動。
この罠は、地下一階から地下二階に向かう人間に対してしか意味を成さない。
今回はたまたま引き返すだけの理由があったが、本来これは、僕たちが目にすることは永久に無かった筈の罠じゃないか。
――この罠には、何の意味もない。
犯人は、何の為にこんな物を作ったっていうんだ――?
「……、氷室。
アンタなら、何か分かったのか?」
混乱と毒で朦朧とした頭のまま、もう頼れない声を思い出して呟く。
…………。
待て、氷室……?
そういえば、アイツの行動にはところどころ違和感があった。
そう、アイツはこう言っていたんだ。
確か――、
『貴様はそう考えたか。
――だが、そんな訳があるまい』
『――やれやれ、相原。
大方、貴様は毒でも入っているのではないかと警戒しているのだろう?
いいか? そんな訳が――』
「――――っ!!!!」
――瞬間。
僕の中で、全ての前提が崩壊した。




