第七十ニ章:映像
今から数十分ほど前の出来事だ。
仮眠室のような部屋の中に、眼鏡を掛けた長身の男が運ばれて来た。
男は完全に気を失っているらしく、熊のような大男の肩に頭陀袋のように担がれている。
やがて大男――船橋は、ヤレヤレといった様子で男をベッドの上に放り出すと、軽く肩と手を払ってから部屋を出て、扉を閉めた。
――ここまでは、何の変哲も無い映像だ。
問題は、この後にナニが起きたのか。
僕は、映像を早回しにした。
――――。
それから数分の後、男――氷室は目を覚ました。
眼鏡のフレームを弄って掛け直した彼は、状態を起こして軽く頭を振ると、自らの左手に目をやってふぅとため息を吐く。
大方、症状の進行具合を確認したのだろう。
だがその目には悲壮感というか、自らの行末に絶望したような様子はあまり見られない。
恐らくは、状況が彼が予想していたよりも良い為だろう。
要するに彼が恐れたのは、細菌に感染したという事実その物では無く、感染を知った僕たちに拘束される事だったのだ。
――動けるのなら、動けなくなる前に犯人に会えば良いだけの話だ。
眼鏡を上げる彼の表情からは、確かな自信と、それを裏付けるだけの絶対の能力が感じられた。
やがて、患部の様子を一通り確かめた後。
氷室はベッドから立ち上がって、カメラに背を向けて閉ざされた扉のノブへと手を掛けた。
『…………?』
瞬間、氷室の動きが止まった。
――罠を恐れているのだろうか?
氷室は何かを感じ取ったように、扉の外に耳を澄ましている。
そして、その時、僕の疑問には答えが返ってきた。
『────!!』
扉が狂ったように揺れ始めたのだ。
ドンドンドンドン、と、規則的に前後を繰り返すその扉は、まるでドアノブに手が届かない子供が、中に居る親に『アケテ』と縋っているようにも見える。
当然、子供に全く心当たりの無い氷室は、怯えるように部屋の中心にまで後ずさる。
その頃には扉の真ん中にヒビが入っていて、パキパキと音が聞こえそうな勢いで蠕動を始めていた。
――、何だ?
――アレは何だ?
――氷室は、何に襲われている?
僕の疑問に答えるように、穴は無慈悲にも広がっていく。
亀裂が大きくなるに連れて、それを行なっているモノの正体が見えるようになってきた。
それを認識した瞬間、穴は現在の映像と全く同じ大きさにまで達して――、
────。




