第七十章:凍結
モニターに映っていたのは、食肉工場のような光景だった。
簡素なパイプベッドが置かれた仮眠室のような部屋に、柔らかそうなピンク色の肉片が飛び散っている。
賞味期限が切れたヒキ肉みたいなその臓物には、真っ黒で小さなゴマみたいなのが数え切れないくらい群がっていて、カメラ越しには心なしかウゾウゾと蠢いているようにも見えた。
その部屋の中心に、ソレはあった。
巨大な弾痕のような穴が空いてしまっている、入り口らしき扉の正面。
大量すぎる為かまだ凝固する気配すら見せない赤黒い水たまりの上に、白い布切れを絡みつかせたゴムみたいなナニかがプカプカプカプカと浮かんでいる。
ナニかは全体的にヒトの形をしているように見えなくもないが、それをヒトと断言するのは僕には憚られた。
だってヒトにしては、あまりにも中身が無さ過ぎる――。
眼球が無い。厚みも無い。空気の抜けた風船みたいにペッタリと潰れてしまっている●の皮は、どう見ても文字通りの意味でお腹と背中の部分がくっついてしまっているみたいで、その事実がアチコチ破れてしまっている皮の中身が本当の意味で“空っぽ”である事を示している。
「……相原。
俺はあの部屋を知ってる」
今まで僕が見てきた死体の中でも、特に損壊が酷いソレを見ながら。
凍り付いた意識のままに。
僕は、僕に嘗て無い程の戦慄を与える、船橋のその一言を聞いた。
「……アイツを、氷室を置いてきた部屋だ」
ナニを言われたのか理解するのに、5秒掛かった。
既に凍り付いたと思っていた思考は、その一言で完全に停止して、混乱した脳が目眩すら起こしそうな勢いでグワングワンと唸りだす。
――あり得ない。
――あり得ない。
――あってはならない。
だって、そうだろう?
あの部屋に氷室が居たって? 居ないじゃないか。氷室なんて呼べるモノなんか、あの部屋にはどこをどう見たって面影一つ無いじゃないか。
カメラに映っているのは赤黒い海と飛び散った肉塊と白っぽい布が絡みついた皮のオバケみたいなナニかで、細菌じゃ絶対にあんなことにはならないし、だからアレは氷室じゃ無いから内臓を食い散らかされたヒトっぽく見えるけどヒトじゃないヒトに似ているだけの別のモノなのだろう。
だって、僕は氷室 椿樹の顔を知っている。
記憶にあるあの男の顔は、あんな黒い糸が絡みついた年季の入ったサッカーボールみたいにボロボロな●じゃなくて、あんな黒ゴマみたいなウゾウゾもくっついていなければ皮があんな萎びたトマトみたいに皺くちゃになってもいなかった。
だから、アレは氷室じゃ無い。
だから、アレは氷室じゃ無い。
氷室である筈が無い――!!
「……、記録。
船橋、ここは警備室だ!!
もしかしたら、過去の映像が保存されているかもしれない!!」
思考は既に混濁している。
しかし混乱した頭のまま、僕は船橋にそれだけを告げた。
「亜希、大変なことが起きた!!
記録を探したいから手伝って欲しい!!」
「…………」
そして、モニターを見始めてから一度も言葉を発さなかった彼女に協力を求める。
「……、亜希?」
「…………」
――どうしたんだ?
呼びかけてみても、何故か彼女からの反応が無い。
亜希は顔を隠すように項垂れて、僕に一切の言葉を返そうとしなかった。
「亜希?」
どこか具合でも悪いのだろうか。
僕は、心配になって彼女の肩に手を伸ば――、
「触らないでっ!!」
瞬間。
僕の右手は、強く彼女に弾き返されていた。




