第六十八章:警戒
合図と共に、船橋は弾丸のような速さで扉の中へと駆け込んでいく。
見取り図によると、部屋の広さは精々が一般的なワンルーム程度。
大柄な彼が凶器を持って暴れたら、中の人間はまず無傷じゃ居られないくらいの容積だ。
最後の懸念はドアの内側に罠が仕掛けられている事だったが、彼がノブを捻っても何の変化も無かった為にその可能性も消えた。
予め外から出来る限りの観察はして、罠が無い可能性が高いとは思っていたが、それでも実際に安全が確認されるとホッとする。
単に罠を仕掛ける時間が無かったのか、或いは警備室にまで罠を仕掛けては何か監視に不都合が生じる為か。
いずれにせよ犯人が居るのなら、これで何らかの動きがあるはずだ。
ナイフを握る手の平に、ジットリと汗が滲んだ。
全ての黒幕と対面するかもしれないという状況に、アドレナリンが充満して血が冷たくなっていくのが分かる。
視線をドアから外す余裕は無かったが、すぐ近くから聞こえる押し殺したような呼吸音が、亜希も相応の緊張を感じている事を克明に告げていた。
耳を済ませば、どちらの物かも判別がつかない心音がはっきりと確認できてしまいそうだ。
音すらも聞こえてこないドアの向こうを見つめ続けていたのは、果たして何秒くらいだったのか。
「……おい、お前ら。入ってきていいぜ」
僕たちの耳に届いたのは、警戒を打ち砕くような船橋の声だった。
「「…………?」」
亜希と二人、目を丸くして顔を見合わせる。
――簡単に制圧が終わった?
いや、これはどちらかと言うと――。
「……、行こうか」
まあ、呆けていても仕方ないだろう。
小首を傾げる亜希に目配せして、僕たちはゆっくりと扉の中に歩を進めた。




