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Criminal  作者: Dr.Cut
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第五十七章:追憶

よく晴れた、春の日の午後だった。

ベランダからは西日が差し込む、お世辞にも豪華とは言えない小さな部屋。

大学受験を無事に終えた僕は、自室の荷物をまとめながら何となく思い出に耽っていた。


「――うん、教科書はこんなもんでいいかな。

まあ大学に入っちゃえば、もう高校の教科書なんか使わないと思うし――」


今までの生活を振り返るように、荷物を一つ一つ箱の中に詰めていく。

こうして見てみると、ほとんど空っぽだと思っていた自分の部屋も、実は意外と多くの荷物があったことに驚いた。


「これは――、オセロか。

そういえば、ちょっと前までは奈菜とよく遊んだっけ。

トランプに、人生ゲーム。

――あっ、ハートの5!!

こんなところに挟まってたんだ……」


僕がちょっと無理をして受けた大学は、地元からは少し遠いところにあった。

電車で三時間くらいだから、距離にすればそうでもないんだろうけど……。

まだ高校生の僕たちからすれば、それは十分な遠距離だと言える。


来月から、僕は家を離れて大学の寮に入る事になっている。

受かった事自体は正直に嬉しいのだが、一つ心配な事があるとすれば――。



「お兄ちゃん? 赤本と問題集はどうするの?」



――妹、奈菜の事だろう。


黄金色に染まり始めた日差しの中、腕いっぱいに問題集を抱えた彼女は、部屋の入口に佇んで僕を見ていた。


「えーと、僕はもういらないかな。

でも安い物でもないから、捨てるのもちょっと勿体ないし――」


う~ん……と、腕を組んで考え込むこと、一分くらい。

ふと、目の前の可愛い教え子に思い至って手を打った。


「そうだ、奈菜にあげるよ。

どうせ再来年くらいには使うだろ?」


「ふーん♪ それってイヤミ?」


可愛らしい顔で引き攣った笑みを作って、コンマ二秒で奈菜は言った。


あー……、ヤバい。


アレは、かなりカチンと来てる時の笑顔だ。


「……ま、そんなところかな。

悔しかったら、もうちょっと真面目に勉強するべし」


実際の所は、割と本気のつもりだったんだけどな……。


奈菜は頭がいい方だし、今から真面目に勉強すれば、ウチの大学に受かるくらいの成績は取れると思う。


……それに受験勉強くらいなら、僕が教えてあげられない事も無いし。


「……全く。

お兄ちゃん、そんなに勉強して何になるの?

あたしには、ぜんっぜん理解できない性癖だよ?」


問題集を両手いっぱいに抱えながら、奈菜はふぅっと呆れたようにため息をついた。

性癖って……。当たり前だが、僕はいたってノーマルな嗜好の持ち主であって、実際にはもっと現実的な理由によるモノなのだが。


「取り敢えず、稼げる仕事かな?」


はぐらかす様に、僕はそう答えた。


両親が居なくなり、僕達を引き取った親戚も他界した今、ウチは割と厳しい経済状況に陥っていた。

生活費はバイトで何とか。

学費は、奨学金を使えば許容範囲内といったところだろうか。


僕には大した趣味も無いし、別にそれでも構わないのだが、奈菜には暫くまともなプレゼントをした記憶も無い。


いつかは、誕生日に打ち上げ花火をプレゼントできるくらいの富豪になりたいものである。


「へ? そうなんだ。

理学部なんて言ってたから、てっきり――。

えーと、えー、と……。

プログラマー、とか?

なんか、そういうのかなって思ってたんだけど」


「理学部じゃなくて、理科一類。

ウチの大学は、一年生はみんな教養学部なんだ。

正式な学部を決めるのは来年だよ」


「うわっ、変なの」


僕の話を、彼女は目を丸くしながら聞いていた。


――もうすぐ彼女とは、こんな風に顔を合わせて会話するのも難しくなる。

だからこそ、今だけは、こんな他愛のない話でもいつまでも続けていたいと思った。



「別にいいんだけどさ……。

お兄ちゃん、なんか他にやりたい事とか無いの?

お金とか、あたしの為とかだけじゃなくてさ。

なんか、こう、こんな感じの人になりたいな~、とか、そういう――」


「……、そうだね。

なんとなく、漠然とだけど……」


かけがえの無い、僕のたった一人の家族。

彼女を一人にしなければならないのは、正直辛い。

だからせめて、何かあっても彼女が一生困らないくらいのお金は稼げるようになりたいとは思ってる。


でも。できれば、それだけじゃなくて――。


「へ? あるの?

教えて教えて!!」


彼女にとっては随分と意外な答えだったのか、目をキラキラとさせながら身を乗り出して来た。

……僕を、なんだと思っていたのだろう。

期待する様な視線と反比例して、彼女が普段、僕をどう見ているのかがちょっとだけ不安になった。


「いや、そんなに大した事じゃないんだけどね。

僕は――」



本当に何気なくて、でも今は何よりもありがたい、彼女との記憶。



……ああ。



僕は、この時何と答えたのだったか――。

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