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Criminal  作者: Dr.Cut
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第五十二章:暗証

「……それで。

いつまでイチャついているつもりなのだ、貴様らは」


不意に、背後からいかにも不機嫌そうな声が聞こえた。

バッ、と。何故か、反射的に距離を取る。


「な、だ、だだだ、誰と誰がイチャついてるってのよ!!」


「――っ、そうだね、そろそろ飽きてきたところだよ。

アンタも、鍵開けには飽きたのかな?」


背後から声を掛けてきた男――氷室に、僕は条件反射で軽口を叩いた。

……なんて間の悪いヤツなんだ。

亜希ごときの為に、コンマ1秒でも言い淀まされた自分が許せない。



「馬鹿を言うな。

貴様らが大声で暗証番号だの私の名前だのを叫んでいるから、確認に来たのではないか。

……まあ、その様子では不発だった様だがな」


氷室は僕の手元にある件の説明書を見ながら言う。

特に興味も無さそうに、そしてその声色はどこか諦めたような色も含んでいた。


「不発? この紙には、暗証番号らしきものが振ってあるみたいなんだけど。

これは使えないってことなのかな?」


「いや、合っているだろう。

実際問題、暗証番号だけなら私はとっくに調べ終わっている。

調べ終わっているのだが、な……」


「?」


氷室にしては、珍しく歯切れが悪い返答である。

それならさっさと入力してしまえばいいと思うんだが――。


「残念だが、事はそう単純では無いのだ。

この番号は、言わば緊急事態用のマスターキーなのだよ。

簡単に言えば、それを入力すると、このフロアの全ての電子ロックが開く」


「――、なるほど。確かにそれは使いにくいね」


「へ? ソレっていいんじゃないの? 手間省けるし」


良い訳が無いだろう。

――使えば全ての扉を解錠する、緊急事態用のマスターキー。

ここまではまだ納得出来るとしても、そんな機能を持つプログラムを、わざわざ地下三階の階段前に入れる必要がどこにある?


更に正式なアクセス権を持たない氷室が、何のツールも無しに番号を特定出来てしまった事を踏まえると、その意味なんか一つしか思い浮かばない。


「さて、どうしたものか。

言っておくが、扉そのものには仕掛けが無い。

マスターキーの機能は、この階の全ての扉を開けるだけであって、それ以外の害を私達に齎すことは一つも無いというのは確かめてある。

使えば、確かに扉を開けるだけなら容易にはなるが――」


「どうでもいいんじゃない?

ほら、さっさと開けちゃいなさいよ」


「……貴様の意見は聞いていない。私は相原に聞いているのだ」



さて、どうしたものか。


――マスターキーそのものには罠が無い。


これは、多分間違いが無いのだろう。

とっくに番号を特定し終わっていた氷室が解錠を継続していたという事は、これを使用した場合の影響について調べていたものと思われる。

その上でこの男が断言しているのなら、それはまず間違いが無いと言っていい。


だが、同時に。

この番号の存在そのものには、何か不吉な意図を感じるのもまた事実だ。

そのまま使うのは、確かに少し迂闊すぎるようにも思えるが――。



――左腕を見る。


今は応急処置もしてあるが、時間が経てば壊死も始まるだろう。


一刻も早く病院に行かなくては、恐らく切断は免れないに違いない。



――菜の花の鍵を見る。


いったい、僕は何日くらいここに居たのだろう。


奈菜、心配してるだろうな……。


泣きそうな顔で帰りを待つ彼女の姿が、フッと脳裏に浮かんだ気がした。



「……、そうだね。

気になる事はあるけど、効果がこのフロアだけなら問題は無いんじゃないかな。

僕たちは、もう二度とここに戻って来る事は無いんだしね」


「……、それもそうだな。

ならば入力するとしよう」


氷室はそれだけを言って、扉の方に戻って行った。


「? どうしたの?

なんか、ずいぶん哀しそうな顔してるけど――」


「へ?」


亜希に指摘されて、ハッとした。

意味が分からなかったからじゃない。

言われて、自分が誤魔化している事実に気が付いたからだ。


――そう。

本当は、アレは手放しで使って良いような番号じゃない。

だって僕たちがここに戻って来る事が無いとしても、まだ誰かがこの階を彷徨っている可能性だってあり得るのだから――。


「開いたぞ? 一刻も早く、この階から離れるべきだと考える」


そう思った時には、もう全てが終わっていた。

……、もう、気にしても仕方の無いことだ。

氷室の声を聞いて、僕たちはそれぞれ荷物を持って地下二階へと向かった。





――この時の僕達は、この決断がどれほど愚かな物だったかを知らなかったのだ。


開け放たれた扉を潜りながら。


背後からは、キチキチキチキチという嫌な音が聞こえていたような気がした――。

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