第四十三章:険悪
「……船橋 剛。
そこの姉ちゃんとは、さっき会ったばかりだ」
熊のような大男――船橋は、無愛想にそれだけを述べた。
「随分機嫌が悪そうだね? 何か嫌なコトでもあったのかな?」
その物言いが少々高圧的に見えたので、つい反射的に軽口で返答する。
まあ、礼儀の無い相手に礼を尽くす必要も――と思っていたら、船橋がピシッと表情を凍りつかせたのがわかった。
「……まあ、別に気にしてる訳でもねーんだけどよ。
仮にも加害者が、その態度はねーんじゃねえか?」
「は――?」
――加害者?
僕は彼とは初対面の筈だし、危害なんか加えようも無かった筈なのだが。
不思議に思った僕は、彼の全身をまじまじと観察し――、
「あ……」
そこで、気が付いてしまった。
彼の服は腹部が綺麗に破れており、そこから覗く割れた腹筋には、見るも無残なみみず腫れが浮かんでしまっている事に……。
「……なぁ。なんか、他に方法があったんじゃねーか?」
船橋は眉間に皺を寄せて、武骨な手で腹をさすりながら言う。
いや、まあ。それを考えてしまえば不機嫌になったり無愛想になったりするのは当たり前と言えば当たり前なのだが、アレは氷室がやった事だし、僕にそれを言われてもいかんともし難いと言うか何と言うか……。
「何かと思えば、その程度でガタガタと。
それはただの強度試験だ。脆ければ使い物にならんからな。
だいたい貴様も、今さら傷害程度で騒ぐような罪状でもあるまい」
そこで、ようやく全ての元凶が口を開いた。
こちらは変わらず、清々しいまでのふてぶてしさである。
「人ぶっ刺しといて、その言い草はなんだゴラァッ!!
テメェこそ、ぜってーろくな事してねぇだろッ!?」
あ~、ヤバい。
なんかこの二人、もう見るからに反りが合わないっぽい。
――うん、貴重な物を見た。
会話開始から一言目で、ここまで険悪になれる関係も珍しい。
「ちょっと、今はケンカなんかしてる場合じゃないでしょ!?
ちゃんとみんなで協力しないと──って、コラっ!!
逃げるな相原っ!!」
巻き込まれない様にこっそりと距離を取っていたのだが、つり目にバレたので足を止める。
……仕方ない。
いろいろ先行きが不安ではあるけれど、確かに協力しなくちゃいけない状況だっていうのは間違いないし。
何とか、説得を試みてみる事にしようか。




