第四十二章:漂白
呼吸が死んだかと思った。
目の前に現れた少女の姿に、頭の中が一瞬で真っ白になる。
――、何だ?
――僕は、何に驚いている?
「何を惚けているのだ、貴様は。
……まさか、番だったのではなかろうな?」
凍り付いた僕の意識は、氷室のその一言でようやく現実の世界に戻ってきた。
……っていうかちょっと待て。
いまコイツ何て言ったんだ!?
「アンタが冗談を言うなんて珍しいね。
生憎と、顔を見るのも初めてだよ。
ま。思ったよりも可愛い子だった、っていうのは否定しないけどね」
努めて軽薄な笑みを浮かべながら、めいいっぱいの軽口で返答してやる。
尤も、別にウソは言っていない。
正直に言って彼女――亜希は可愛い方だと思う。
歳は高校生か、もしかしたら大学生といった感じ。
つり目がちで、目つきはあまり良いとは言えないけど、大きな瞳はネコのような可憐さがあると言えなくも無い。
栗色のショートヘアは彼女の印象にも合っているし、何かスポーツでもやっているのか、スレンダーな体型には健康的な色気もあった。
……このルックスに騙されて、性格を知ってから泣きを見た男子生徒も多いのではなかろうか。
「ま、とにかく。約束通り顔が見られて良かったよ。
怪我も無さそうで、なによりだ」
もちろん。彼女の性格を先に知っている僕としては、彼女の外見に騙される心配なんかもう微塵もない。
思考を一発でクリアにして、いつも通り皮肉っぽく目の前の少女に話し掛ける。
つり目の少女もいつも通りの様子で、ちょっとだけ目尻を吊り上げながらも、どこか照れるように僕から目線を外してパタパタ慌て――って待った。
何だ? この反応――。
『――から、コイツの事は考えちゃダメなんだってッ!!
ムカつくヤツ!! コイツはただのムカつくヤツなんだから!!
というかコイツ、ナニいきなりヒトのこと可愛いとかなんとか……。
そ、そりゃ、思ったよりは……けど、でも……あ~!! ヤメヤメ!! だからダメ!!ダメなんだってば……!!』
「……、…………」
少女が、小声でナニかをブツブツと宣っている。
……あ~、と。
なんかちょっと見ない間に、向こうは向こうで色々あったっぽいな。
…………。
まあ、うん。刺だらけの花に触れる勇者があまり居なかったせいか、誉められる事にはあんまり慣れていないらしい
……暫く、放置した方が懸命だろう。
「……オイ、ちょっと待て。
さっきから聞いてるとテメェ、まさか顔も知らねぇ野郎の為に、あんな無茶苦茶な命令してやがったってのか?」
その時、後ろの男が口を挟んだ。
鋼の様に鍛えられた、ガッシリとした体つき。
腕には龍の刺青があり、肌にはあちこちに縫い目がある。
身長は180㎝を裕に越えるであろう、熊の様な大男がそこに居た。
……丸坊主の髪型が些か気になるのだが、まさか刑務所にでも入っていたのではあるまいか。
「へ!? な、ナニよ!!
顔を知らなきゃ心配しちゃいけないっての!?
……って、違う違う!! 別にこんなムカつくヤツ、全然心配なんか――」
「じゃあ何で扉を壊させたんだよテメェはよぉぉぉおお!!」
――正しく正論であった。
……いや、まあ、アレだ。
いちおう、彼女は僕を気に掛けてくれてたみたいだし、遅くなってしまったのは悪かったと思うし。
助け船も兼ねて、いい加減この疑問を解いておいた方がいいだろう。
「……で、そちらの彼はどちら様なのかな?」
僕は、随分と今更な疑問を口にした。




