第四十章:茫然
亜希との待ち合わせ場所に着いた僕は、暫くの間言葉を失わなくてはならなくなった。
「…………」
僕だけではない。
あの氷室でさえも、あんぐりと口を大きく開けて、キャトル・ミューティレーション中の宇宙人を目撃したプラズマ博士みたいな顔で硬直している。
……まあ、仕方ないだろう。
こんな光景を見せられたら……。
「ほらほら!! もっと腰いれて!!
ったく、そんなんじゃ日が暮れちゃうでしょ!?」
ドアの向こうからは、聞き覚えのある罵声が響き渡っていた。
そして、その声に急かされるかのように、腹の奥を揺さぶる破壊音がドガッ、ドガッと定期的に鼓膜を叩き続けている。
「ほらっ!! もっと強く!!
もう、間に合わなかったらどうするのよ!?」
例のドアには、何故かところどころ穴が空いてしまっていた。
そして音が聞こえる度に、どんどん穴が増えて扉の向こうから粉塵が吹き出してきている。
「……相原よ。この光景は、なんなのだ?」
「えー、と……。
見たところ、斧か何かで扉を殴ってるみたいだね」
「……分かっている。
奴らは、何故扉を殴っているのかと聞いている」
「…………」
……分からない。
どういう脳細胞で、どういう思考過程を経ればああいう結論が出てしまうのか、全くもって分からない。
分かりたくない……。
「あ~、と、まあ。
とりあえず、止めるべきだとは思うけど……。
氷室、あんた何かいい考えは無いかな?」
近づくのは良くない。
万一罠が残っていたら笑えないし、凶器を振り回している人間に近づくのは尚よろしくないだろう。
声は、たぶん近づかなければ聞こえないと思う。
扉を叩く音は洒落になってないし、亜希のキンキン声はもっと凄まじい。
さて、どうしたものか。
「……やれやれ、少し下がっていろ」
僕が手を拱いていると、何故か氷室が数歩前に出た。
首を傾げる僕を他所に、眼鏡の研究者は、折れた点滴台を大きく振りかぶったかと思うと――、
「ふ――っ!!」
……それを、扉の穴に思い切り突き刺しやがった。




