第三十九章:地図
「……、地図?」
――そう。
氷室が広げたのは、なんとこの施設全体の見取り図だったのだ。
安っぽいプラスチックで加工されたそれには、間取りや扉の位置どころか、それら全てに1から30くらいまでの番号が振ってある。
――数字の数は、この鍵束に纏めてある鍵の数と、ほぼ同じ。
もしもこれが鍵番号を示しているとしたら、この施設からの脱出にも、これから先は随分と分が出てくる事になる。
「運が向いてきたみたいだね」
知らず、口元を緩ませて僕は呟いた。
「いや、断言は出来まい」
それに対して、あくまでも無表情なこの男。
「ここは地下3階建ての建物らしいが、どうやら私達が居るのはその最奥らしい。
……やれやれ、階段も地上に直通している訳ではないようだ。
これほど罠が仕掛けられているとあっては、登り切るのは割と骨だぞ?」
「それも含めてだよ」
ゴールが見えて来ると、自然と口は軽くなる。
「ここが細菌の研究所なら、さっきのより危険な細菌は、金輪際現れないってことじゃないか」
「なるほどな、まあ確かにその通りだ」
クツクツと笑って、氷室は答える。
そして、鉄の棒で入り口を指した。
「さて、それではさっさと次に進もうではないか。
この地図によると、“罠避け”はちょうど通り道にいるようだしな」
抑揚の無い声を掛けながら、眼鏡の男は出口へと向かう。
「――おっと、そうだ」
そして、一度だけ止まって声をかけてきた。
「先ほど貴様が惚けながら見ていたのは、果たしてどの資料だったかな?
些か気になる記述があったので、もう一度だけ確認したいのだが……」
……、資料?
そんな物を見ていた覚えは無い。
つまり、この質問の意図は――。
「さあね。覚えてないけど、確かこの施設で飼われてるマウスの数だったかな?
別に大した資料じゃなかったから、あんたが気にする事でもないと思うけど」
詭弁には詭弁で返すのが僕の流儀だ。
だから、皮肉たっぷりに返答してやることにする。
「……ふん。つくづく、煮ても焼いても食えん男だ。
まあ、よいさ。どうせ、いずれは分かる事だ」
地図を手にしたまま、氷室は果てしなくつまらなそうな様子で部屋を後にした。
――いずれは分かる。
氷室のその一言に、僕はつい苦笑を漏らしてしまった。
「いや、アンタには分からないだろ。
物証じゃ無いんだからさ」
彼の背中が見えなくなったのを確認して、僕はポツリと呟いた。
――そう。僕が得た確証は、到底物証なんかとは程遠い。
ただ、それでも。
僕にとっては、これ以上はあり得ない程の無罪証明。
だって、そうだろう?
僕が――。
もしも僕が、本当に悪魔のような人間だったのだとしたら――。
『うん、わかった♪ 楽しみにしてるね』
“彼女”が僕に、あんな笑顔を向けてくれる筈がないのだから――。




