第三十八章:鍵束
――記憶は、そこで途切れた。
僕は相変わらず悪魔の施設に居て、当直室のデスクを見つめている。
そして、その時。
手元にひんやりとした感覚があって、自分がナニかを握りしめていた事に気が付いた。
「? 鍵、束?」
――そう、鍵束だ。
数にして凡そ30個ほど。
金メッキ製のホルダーは黒ずんでいて、お世辞にも高価な物とは言い難い。
ホルダーには鍵の他に一つだけ、安っぽい菜の花のアクセサリーが付いていた。
「……、はぁ」
そして、つい溜め息を漏らしてしまった。
――菜の花と、奈菜。
我ながら、なんて安易な連想なのだろう。
いや、そもそも。
連想とは忘れやすい事柄を忘れないようにする為の脳のシステムの事なのであって、絶対に忘れ得ない事を連想したところで、いったい何の意味があるというのだろうか。
「どうした? 何やら惚けていた様であったが……。
もしや、何か思い出したのではあるまいな?」
その様子が気になったのか、氷室が探る様な目つきで僕を見ていた。
「いや、大したことじゃないんだ。気にしないで欲しい。
……、…………。
……でも、うん。一つだけ、確証は掴んだかな」
――そう。
フラッシュバックには何の意味も無かったが、それでも、確かに分かった事が一つだけあるじゃないか。
「僕は、無実だよ」
一寸の迷いすらも無く。
はっきりとした声で、僕はそう断言した。
「ほぅ?
この状況で断言するからには、余程の根拠があるのだろうな。
述べてみよ」
「……いや、止めておくよ。
アンタに言っても、どうせ笑われるだけだ」
――それはきっと、端から見れば、とても根拠なんて言える代物じゃないのだろう。
ただ、それでも。
今の僕にとっては、これ以上の無罪証明なんか、どこを探したってある筈がない。
「……そうか、それは残念だ。
しかし――ふむ、貴様は鍵を見つけたか。
どうやら、マスターキーの様だな」
氷室は全く興味の無い体を装って、何かをデスクに広げながら言う。
――瞬間。
どちらからとも無く、僕たちは口元を緩めていた。




