第三十七章:兄妹
結論から言おう。
……悪いのは、僕だ。
確かこの日の前日、友人から突然飲み会の誘いが入ってしまって、断り切れずについつい一時間だけ付き合ってしまったのだった。
……しかし、恐るべきは僕自身の酒の弱さである。
僅かジョッキ一杯のビールを飲んだだけで前後不覚に陥り、フラフラになりながら寮に担ぎ込まれた僕は、
『お兄ちゃん♪
明日、何時に帰って来るの?』
――と。
誕生日前のルンルン気分で電話をしてきた妹に向かって、先の様なバカな返答をしてしまったらしいのである。
「全く……。
パーティーの準備でもしてくれてるのかと思ったら、部屋の掃除も出来てないんだもん。
……言っとくけどあたし、スッゴく怒ってるからね?」
よって奈菜の、この怒り心頭ぶりもある意味では当然とも言えた。
――いや、まあ。
それでも、流石に年頃の女の子がヒップドロップはどうかと思うのだが。
そういえば、このまえ地元の中学校に顔を出した際、一年生に同級生と間違われたとかって落ち込んでたような気がしたが――。
見た目の幼さだけではなく、この辺の所作も微妙に影響しているのでは無かろうか。
……兄として、僅かに不安を感じる今日この頃である。
「……ゴメン、本当に反省してるよ。
けど、そうだね。一応プレゼントとケーキだけは買ってあるけど、こんなに散らかってる所でパーティーする訳にも……」
謝りながら、なんとか話を逸らそうと話題を変えて、
――ふと、そこまで言ってから気が付いた。
辺りを見渡すと、僕の部屋はなぜか綺麗に整頓されている。
流し台に山積みになっていた食器は跡形も無いし、床に脱ぎっぱなしだった服も消えて、玄関の方からは洗濯機の音まで響いていた。
「へへ~ん♪
お兄ちゃんが起きないから、もうとっくに全部片付けちゃいましたー!!
……って、何でそんな複雑そうな顔してるの?」
「……いや。
誕生日の妹に、僕はなんで家事をやらせているのかと……」
鼻高々と言う妹に、僕は更に悪化した頭痛を堪えてそう言った。
……全く、情けない。
これじゃ、まるで掃除をさせる為に呼んだみたいじゃないか。
「へ? 別にいいじゃん。
健気な健気なあたしは、昔っからせっせとお兄ちゃんのお世話してあげてたんだし……」
「バカを言うなよ。
奈菜が家事を覚えたのなんて、ここ数年じゃないか」
無い胸を自慢気に張る妹に、せめてもの意地で僕は反論する。
両親がいなかった僕達は、ある程度の事は自分達でやってきたつもりだ。
とは言っても、まだ幼かった奈菜に大したことが出来るはずもなく、家事やらなにやらその他面倒事は、けっきょくは僕が独りでやる事になっていた。
彼女が戦力になってきたのは、僕が高校に上がった頃だから、だいたい3年くらい前からだろうか?
「あれ? そだっけ?
ま、細かいことは別にいいじゃん。
それよりさ、早くケーキ食べようよ」
「了解。でも、そうだね。
せっかくだから、シャンパンとクラッカーが欲しいな。
食べ物も、ケーキだけっていうのは味気ない。
買って来るから、ちょっとだけ待っててくれないか?」
「うん、わかった♪ 楽しみにしてるね」
こんな些細な事でも、菜々は本当に嬉しそうに笑ってくれる。
――ああ、そうだ。
この笑顔に応える為に、僕は今まで頑張って来たんだ――。




