第三十五章:共闘
僕達が訪れたいくつ目かの部屋は、当直室のようだった。
小さな部屋の隅にはデスクが置かれ、その上には雑多な資料が散らばっている。
どうやらここを使っていた人間は、あまり几帳面な性格では無かったらしい。
「……ふむ。どうやら、ようやく価値のある部屋に当たったようだな。
ここなら、鍵か地図の一つくらいは置いてあろう」
金属の棒で辺りを掻き回しながら、ニヤケ顔で氷室は言う。
不謹慎なのは重々承知だが、この男がこんな顔をする気持ちは、僕にも少なからず理解出来た。
――何しろ実験室を出てから当たった部屋は、どこも凄惨な光景だったのだ。
どの部屋を見ても、目に映るモノは赤い水溜まりと飛び散った肉片。
それらはまだいい方で、どんな方法でどうやって損壊させたのかも分からないくらい、目も当てられないほどボロボロになってしまっていた死体も多かった。
中には死後数日が経過したモノもあったらしく、ザリガニの水槽みたいな臭いが漂っていたことも一度や二度では無かったのだ。
この施設には、一体どれだけの死者が眠っているというのか。
考えるだけでも吐き気がした。
「ほう、タイムテーブルに名簿か。
やれやれ、随分な数の研究者が働いていたらしいな」
「こっちの名簿には死者数が載ってるよ。
日付はかすれて読めないけど、こっちも凄い数だ」
「ふむ、こちらの実験記録と比例しているな。
どうやら、人体実験紛いの事をしていたと見て間違い無さそうだ」
僕と氷室は、鍵と地図を探しながらめぼしい資料にも目を通していく。
鍵を探しているのは、もちろん僕が亜希の事を話したからだ。
氷室には足手纏いだとスッパリ切り捨てられたが、約束を破るのも微妙に良心が痛んでしまったので、
『ま、利用しやすいヤツだからさ。
アンタ風に言うなら、罠避けくらいには役に立つんじゃないかな?』
――と言って説得した。
……無論、言葉のあやである。
取り敢えず、その説明はどうやらそこそこ功を奏してくれたらしく、氷室は納得してこうして僕に協力してくれているのだから結果オーライだろう。
誤解してはいけないのだが、別にこの男は外道ではない。
ただ、清々しいまでの合理主義者なのだ。
「というか、人体実験紛いって……。
アンタだって似たようなものじゃないか」
――いや、似たようなものと言えば語弊があるだろう。
何しろ僕が先ほど聞いた氷室 椿樹の素性は、本当に人体実験をしている研究者なのだから。
「こんなモノと一緒にしてもらっては困る。
確かに私は、その資料と同等かそれ以上の人間を殺してきただろう。
だが私には、間違いなく殺した以上の人間を救ってきたという自負があるぞ?
私に言わせれば、罪状が分からんという貴様の方が遥かに信用ならん」
「…………」
それを言われると、確かに痛い。
まあ、それでも。罪状なんか全く検討もつかない以上、僕としてはどうしようも無いのだが――。
「……、ん?」
――と、そのとき。
引き出しの中を探っていた僕の指先が、ナニか冷たい金属のようなモノに触れた気がした。
――瞬間。
グニャリ、と。僕は、自分の視界が歪んだのを見た。




