第三十四章:救済
――そして、滅菌室の中は光に包まれた。
バチバチと、鉄扉越しでも分かるくらい大きな音を立てながら、“彼”の身体がプラズマの発光と共に赤熱していく。
滅菌装置に寒天の付いた白金耳を突っ込んだ時が、丁度こんな感じだったかもしれない。
あっという間に数百度に達した部屋の中で、肉がこんがりと焦げていく。
ブスブスと煙を上げながら、色がどんどん黒く変わっていく。
――僕は、その一部始終を目を逸らさずに見ていた。
目を逸らす事なんか、赦されるなんて思えなかった。
そうして、ようやく電源が切れた頃。
人だったモノがあった筈の場所には、消し炭の様になってしまった、黒いヘドロだけがこびり付いていた。
「……やれやれ。こんなに原始的なシステムとは恐れいったな。
てっきり紫外線か、あわよくば殺菌に使える薬剤でも出てくれるものだと思っていたのだが」
「……万が一を恐れたんじゃないかな?
紫外線は突然変異を誘発するし、薬剤には耐性菌を生み出す可能性がある。
原始的だけど、熱に弱い細菌を殺すには確実な方法だよ」
感情の無い答えを返しながら、僕は灰を見続けていた。
――僕は、正しい事をした。
――僕は、正しい事をした。
――僕は、正しい事をした。
心の中で、そう何度も繰り返した。
謝ってはいけない。
僕が彼を救ったと考えるのなら、絶対に彼に謝ってはならない。
「……氷室。アンタが罠避けに使ったのは彼だけか?」
だから僕は、感情を凍らせた。
感情を凍らせて、凍り付かせて、ただ一言だけそう尋ねた。
「言っただろう? 私達は皆、端から見れば生きる価値の無い程のクズだ。
人として扱うなんていうのは、そもそも的外れな話だろう。
――知恵を絞って、生き延びるのなら良し。
利用されて死ぬのなら、所詮はそこまでの話さ」
――鈍い音がした。
気が付くと僕は拳を握り、目の前の扉を思いっきり殴り付けていた。
鉄製の扉は、思ったよりも硬い。
右手の骨に、罅でも入ったかの様な激痛が走り抜けた。
「安心するがいい。私とて、貴様を使い捨てにするほど酔狂では無いさ。
私が役に立ちそうだと判断する限りは、まあ、アレの様にはなるまいよ」
僕の行動を、自分の身を案じての事だと考えたのだろう。
氷室は、クツクツと笑いながらそんな事を言う。
…………。
――ああ、そうだ。
認めたくないが、この男は……。
「……氷室。アンタは、正しいよ。
僕は確かに、自分が何をしたのかも分からない。
分からないけど、今でも自分の無実を信じたいと思ってる。
いや、そうじゃなきゃ、前に進めなかったんだ。
アンタみたいに、ソレを全部受け入れて、その上自分のルールで行動するなんて事は、出来なかった」
――そう。
この男は、正しいのだ。
全てを誤魔化して、都合のいい解釈だけをしてここまで来た僕なんかよりは、少なくともずっと正しい。
――だから、今はまだ見ない。
もしも今、彼を見てしまったら。
今直ぐ彼を見てしまったら。
きっと僕は、感情のままに、大義名分も無しに彼を殴り付けてしまうだろうから――。
「……隠していて、悪かった。
今から、僕が知っている事を全部教えるよ。
だからアンタも、全てを話して僕に協力して欲しい」
――心を凍らせる。
滅菌室の床にへばりつく灰を見て、固く目を閉じて、感情を殺してからゆっくりと開く。
僕は氷室を真っ直ぐに見据えて、目覚めてからの事を話し始めた。




