第三十一章:肉塊
殆ど反射的に、僕は氷室の視線の先へと駆け寄っていた。
滅菌室の重厚な鉄扉には、一箇所だけ覗き穴のような小窓が付いていて、顔を近づければなんとか室内を確認できる造りになっている。
僕は扉に張り付くように身体を寄せ、齧り付くように部屋の中を覗きこんだ。
「――!! な……っ」
――そして、言葉を失った。
滅菌室の床に転がっていたのは、イチゴジャムを塗り固めたかのような不気味な肉塊だったのだ。
“そうだ”と思って見なければ、きっと誰一人として、ソレが元々ヒトの形をしていただなんて気付けないだろう。
敢えて例えるなら、孵化したての蛆虫に集られているトマト、だろうか。
明らかに内側からパックリ、と破けた皮膚が、消しゴムのカスみたいにボロボロになって組織の表面に張り付いて、どこまでが腕でどこからが頭なのかも分からなくなってしまった果肉の上でピラピラピラピラと揺れている。
――果肉のクセに、“ソレ”はただ赤いだけじゃなかった。
辛うじてヒトの皮膚に見えなくもない、まだなんとなく肌色が残っているように見える大腿部では、青紫や黒赤イロをしたブヨブヨがモゾモゾと盛り上がって、ビクンビクンと脈を打っている。
一体ナニをどうやれば、あんな、間違いなく肌色をしていた筈の肉が、あんな、床屋の前でクルクル回ってるアレみたいな、カラフルで毒々しい色彩に染められてしまえるというのだろうか。耕し終えた畑みたいにモコモコ隆起した血管なんか、まるで筋肉と皮膚の間にペンキを塗りたくったミミズでも突っ込んだみたいで、ブタの丸焼きみたいにボロボロになってしまっている表皮や真皮と相まって、なんとも食欲をソソらないユニークな創作物としての存在感を示している。
大腿の先端には、鉄の輪っかのようなモノがくっついていた。
もう足とも呼べない程にブヨブヨに腐りきった人肉の先に、重々しい枷が食い込んで、千切れたスネから黄ばんだ骨がフライドチキンみたいに飛び出して、もしも実際に店で出てきたら衣が足りないぞと誰もが文句をつけたくなるような有様を呈している。
それだけでも、十分に言葉に窮する光景ではあった。
でも、僕が本当に言葉を失った理由は、正直に言えば別にある。
「生……き、てる?」
――そう。
その肉塊には、僅かながらもまだ息があったのだ。
ソレは、もう殆ど機能していない筋肉を使って、それでも懸命に床を這いまわっていた。
まともな意識が残っているのか、までは分からない。
ただその肉塊は、皮膚という皮膚が内側から弾け、全身が腐っていく痛みに耐えながら、それでも必死に筋肉が剥き出しになった腕を鋼鉄の扉に伸ばしていた。
――でも、足枷がそれを許さない。
無理もない事だ。
あんな、もう七割くらいが腐りきって、赤子よりも筋繊維が少なくなってしまった手足では、あんな重そうな枷を引きずる事なんか出来る筈も無い。
それでも肉塊は、尚も懸命に生にしがみついていた。
助からないって事くらい、もう分かりきっている筈なのに――。
混乱した頭のまま、僕は無意識にドアノブに手を伸ばそうとし――、
「……止めておけ。
ソレをすれば、貴様もああなるぞ?」
――背後から、冷徹な声に止められていた。




