第三章:二階堂拓哉
15分ほど経っただろうか。
僕は、なんとか落ち着きを取り戻した青年と話をしていた。
……だが、やはりというべきか。彼と話しても、分かった事はほんの僅かだった。
――ここはお互いにとって、全く見覚えの無い場所であるという事。
――僕たちの家庭は大して裕福でも無く、身代金目的の誘拐等は考えにくいという事。
――そして、僕たちは。
ここに連れて来られる前後の、数日間程度の記憶を失っている可能性が高いという事。
「なるほどな。
つまりオレたちって、誰かに拉致られたのか?」
「どうだろう。
誘拐の類いなら、拘束もしないでベッドに寝かせたりなんかしないと思うけど――」
「ほ~、ベッドね~。
……で、なんでお前だけベッドなんだよ。
オレなんか床だぜ? 床!!」
「寝相が悪くて落っこちたんじゃないかな?」
皮肉げな僕の返答に、青年は“あ、なるほどな”なんて言いながら手を打った。
……先程からずっとこの調子だ。
青年はいかにも“お調子者”といった感じの、明るく無邪気な性格らしく、なんか深く悩んでいた自分がバカみたいに思えてきてしまった。
「あ~っと。そういや、まだ名前聞いてなかったよな?
お前、なんつーの?」
まるで友人に話す様な気軽さで、彼は僕の肩を叩きながら尋ねる。
彼の醸す、どこか軽い雰囲気のせいだろうか。
緊張感の欠片も無い彼と話していると、この異常事態に張り詰めた僕の神経も、少しずつほぐれていく様な気がした。
「――相原 翔太。
本当なら、尋ねる方から名乗るのが礼儀だけどね。
今回は気にしないでおくよ」
「はは、そりゃよかった。
オレは二階堂 拓也。
お前、けっこう気に入ったわ」
二階堂は屈託の無い笑みを浮かべながら、僕の背をポンと叩いてそう告げた。
――正直、気に入ったのはお互い様だ。
こんな訳の分からない状況だからこそ、問答無用でヒトの気を楽にしてしまう彼の雰囲気は、とても心地良く感じられる。
でも――、
「? 二階堂……、拓也?」
何故か、僕は。
以前、どこかよくない場所で、その名前を聞いた事があった気がした。