第二十五章:解釈
――死の絨毯は去った。
蟻の嫌う臭いでも出ているのだろうか。どうやら、アレはすり鉢の外にまでは出てこないらしい。
グンタイアリには地面に潜る習性は無いから、もしかしたら、品種改良の様なコトをしてあるのかもしれない。
「……、行こう」
誰にとも無く、呟いていた。
呟くことしか、出来なかったのだ。
――僕は、彼女を救えなかった。
――僕は、彼女を救わなければならなかった。
目の前で死なれた、というだけじゃない。
僕を助けてくれた彼女が、あんなに人を思いやる事が出来た彼女の死を、何も出来ずに眺めている事しか出来なかったという事実。
どうしようもない自責の念に、気を抜くと、倒れたまま二度と起き上がれないような気すらもしてくる。
僕は、彼女を忘れてはならない。
そして、同時に。もう、簡単に死ぬことだって許されない。
だからこそ、生き残る為には、今だけはまだ前を向いていなくてはならなかったのだ。
――部屋を出る。
一度だけ、八つ当たりするように扉を殴りつけてから、亡者のように部屋から這い出る。
「……?」
そして、その時。
僕は、ソレを見つけた。
彼女の、怯えた視線。
その先にあったモノ。
それは、バラバラに吹き飛んだ二階堂の左腕と、僕が投げ捨てたその手首だった。
壁にぶつけられた手首は特に損傷していて、まるで葡萄の実でも投げ潰したかの様に、べチャリと壁に貼り付いてしまっている。
「……はは、そう、か」
そして、一人納得した。
――ああ、そうか。
彼女はアレを見て、見てしまって、僕が人間の腕を“罠避け”として使っていた事を知ったのだろう。
そう。一緒の部屋に居た、あの、人懐っこい笑みを浮かべていた、どうしようもないくらい能天気だった、あの“殺人鬼”の腕を――。
――なるほど。冷静に考えれば、狂気の沙汰だ。
確かに、彼女に悪魔と罵られたって文句は言えない。
「…………」
もちろん、ソレは確証なんかじゃない。
ただ、もしそうなら、まだ自分の無実を信じていられるというだけの、都合のいい自己解釈。
ただ、それでも。今の僕にとっては、前に進む為には、どうしてもそう考える事が必要だった。
「罠避け、無くなっちゃったな……」
きっと、虫籠を探せば、都合の良い骨の一本や二本くらいは見つかるかもしれない。
――例えば、“彼女”だったモノの大腿骨。
左腕が使えない今、それは片腕で握るにも十分で、きっと罠避けとして十二分に役に立ってくれることだろう。
でも、あんな所に飛び込むのは自殺行為だし……。
そして、何より。
もしも僕がその解釈を採るのなら、絶対にソレだけはしてはいけない。
そんなコトは、絶対に許されない――。
「仕方ない。今まで以上に、気を付けないと……」
左腕に巻かれた包帯を、一度だけ見つめてから。
僕は、再び悪魔の施設を彷徨い出した。




