第二十四章:解体
虫籠の中心で、名前も知らない彼女が崩れていく――。
「やめて!! やだ!! やだやだやだやだ!!
だめ!! 食べないでよ!!! わたしの足、食べちゃだめ!!
歩けなくなっちゃう!! 歩けなくなっちゃうからっ!!!」
溶けた腕で、ボロボロの顔で、それでも必死な形相で、彼女はすり鉢から這い上がろうとしている。
「落ち着いて!! 何とかここまで――!!」
――声を掛けてから、気がついた。
彼女は、もう、このすり鉢を登る事なんか出来ない。
そんな事は、もう、物理的に無理なんだ。
だって。だって彼女の両足は、もう、“骨”しか残っていないのだから――。
しかし蟻は、そんな彼女の足掻きをあざ笑うかの様に、その残った骨すらも貪欲に噛み砕いていく。
「……、あ?」
そこで、初めて。
彼女は、自分の両手を見た。
皮膚が溶かされ。肉が削がれ。
砕かれた骨の合間から、骨髄すらも蟻に啜られていく、自分の両手だったモノを――。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああッッ!!!!」
狂ったように悲鳴を上げながら、彼女は尺取虫の様に土を転げまわる。
――だが、そんなモノは逆効果にしかならなかった。
蟻は喜び勇んで、新しく手元に降ってきた部位に群がり、貪り食っていく――。
――、ダメだ。
助ける手段が、見つからない――!!
「あ、あはははっ!!
アッハハハハハハハハハ!!!!
な、ナニこれ!!!? あ、あははははははは!!
わ、わたし、食べられちゃって!! あ、あは!!
ユメ? こ、こんな、の、夢じゃなきゃ、ダメで……!!」
もう、まともな感情が残っていないのだろうか。
彼女は、半分になった顔で狂った様に笑い続ける。
そのまま薬物中毒者の様に頭を振り回し、脳漿や頭皮、血液を噴水の様に撒き散らし続けていた――。
少し俯いた時には、まん丸だった左目が、腐った卵みたいにボロリと落ちた。
そうして、どれ程の時間、苦しんでいたのだろうか。
やがて、彼女は力尽きたように崩れ落ち、黒い塊の中へと埋もれていった。
分け前で揉めているのだろうか。散らばった血肉に群がる蟻の山が、まるで呼吸するかのように、モコモコむくむくと蠕動を繰り返している。
それを呆然と見つめていた時間は、どのくらいだっただろう。
やがて黒い塊が四散した後には、血痕と骨の欠片くらいしか残ってはいなかった。




