第二十章:処置
「……よし、こんなものかな」
簡単な応急処置を終えて、僕は軽く呟いた。
――素人が止血をする場合には、思っているよりもかなりキツめに縛った方が良い。
血管を圧迫できなければ、止血の意味が無いからだ。
「うわー、随分手慣れてますねー」
どうやら処置をしている内に、彼女も着替えが終わったらしく、感心したように覗きこんでくる。
なるほど。確かに、右手と口だけで縛った割りには、自分でも驚くくらい上手く縛れていた。
「もしかして、救命士さんなんですか?」
女性は、ぽややんとした雰囲気で小首を傾げる。
そんな期待に満ちた目で見られても困るんだが……。
取り敢えず、正直に、首は横に振っておく事にする。
「いや、違うよ。僕は――」
大学生――、
……だった、筈だ。
確か、学部専攻は――、
「へ? そうなんですか?
で、でもでも、それなのにそんなに出来るなんて、なんだかスゴいです!!」
「ありがとう。二度と褒められない様に気を付けるよ」
軽口を叩きつつ、処置をした傷の状態を確認してみる。
筋肉が切れた左腕――、は、当然動かない。
でも、床に散らばっている血痕からすると、出血は思ったよりも少ないらしい。
動脈は無事みたいだ。
最後に左手を軽く叩くと、鈍いながらも、どうやらちゃんと感覚はあるらしいことがわかった。
一時は切断も覚悟したが、この分なら、早急に処置すれば治ってくれるかもしれない。
「とにかく、ありがとう。本当に感謝するよ。
……っと。そういえば、自己紹介がまだだったね。
僕は、相原 翔太。君は?」
心からの礼を言いながら、自分の名前を彼女に告げる。
――そう。彼女はこんな状況だっていうのに、自分の服を切り裂いてまで僕を助けようとしてくれたのだ。
まったく、本当に、なんて優しくて素晴らしい女性なのだろう。
ホント、どこかの誰かに爪の垢を煎じて飲ませてやりた――、
『はぁ!? バカじゃないの、アンタ何様の――』
……一瞬、物凄い暴言が聞こえた気がしたので、取り敢えず記憶から抹消する事にした。
うん、とにかく。やっぱり、こういう行動が取れる女性は素晴らしいと思う。
「……へ? あ、はい。わたしは……」
――瞬間。
自分の名前を告げようとした彼女の顔が、何故か強張ったように見えた。




