第十八章:黒髪
どれくらい叫んでいたのだろう。
気が付くと、僕の思考は凍り付いたみたいに冷えきっていた。
痛みが限度を超えた為か、或いは神経が腐りはじめた為か。
幸いにして、腕の痛みは引いてきている。
僕は右腕を使って、ゆっくりと体を起こす事にした。
「あの……。だ、大丈夫ですか?」
「――――!!」
――その時、背後から控えめな声を聞いた。
反射的に振り向こうとしたが、激痛の余韻のせいか、身体が上手く動かせない。
それでもなんとか鈍い動きで振り向くと、長い黒髪の女性が、少し離れたところからこちらの様子を伺っているのが分かる。
――見たところ、歳は二十代前半くらいだろうか。
こんな状況のせいだろう。化粧も髪型もろくに整えられてはいなかったが、まん丸で大きな瞳や白い肌が、彼女の女性としての魅力を十分以上に醸し出している。
「……無事とは言い難いけどね。
まあ、何とか生きてるよ」
座ったまま、身体だけを彼女の方に向けて、皮肉げに返事をする。
――こんな状況だ。
初対面の相手は、本当なら警戒して然るべきなのだろうが……。
流石に、まだそこまでの余裕は取り戻せてはいなかった。
「――――!!
あ、あの、う、腕、が……」
起き上がった僕を見るなり、女性は青ざめた表情で僕から目を逸らした。
……まあ、当然か。
そりゃこんな傷を見せられたら、普通ならまず吐き気を覚えるだろう。
「……、できれば、少しだけ独りにして欲しい。
多分、それがお互いの為だと思うよ。
――ほら。あっちの突き当たりに扉があるだろ?
そこで待っていれば、そのうち人が来るはずだ」
脂汗の滲む額を右腕の袖で拭いながら、亜希と会話した扉の場所を教える。
この人が僕達と同じ立場なら(身形を見る限り、間違いなくそうだろうが)、安全の為にも一緒に行動したいところではあるが……この様子じゃ、僕の腕を見ながらまともな思考を保てるとは思えない。
少しでも冷静さを欠けば、次の瞬間には僕や二階堂の二の舞だ。
それなら、彼女にはあそこで亜希を待っていて貰うのが、今のお互いにとって最善であるように思えた。
「……へ? は、はい!!
ちょっと待ってて下さいね」
「?」
――と。
彼女はそんな、なにか妙に噛み合わない返事を返しながら。
何故か、僕が教えた扉とは反対方向に向けて歩きだした。




