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Criminal  作者: Dr.Cut
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最終章:罪人

そこで、ようやく意識が現在へと引き戻された。

場所は、地下の出口に設けられたあの書斎。

黄金色に照らされた部屋の中で、僕は自分のデスク(・・・・・・)に手をついている。




「……、はは……」




――笑いが、漏れた。





「あっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッ!!!!」





――なんて、大間抜け。





「あははははははあははあははははははあははははははあははははははははははははははははははははははあははははははあははははははあははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッ!!!!」





――僕は、何と言っていた?




――犯人に責任を取らせる?




――彼らの分まで幸せになるって?




笑わせるな――!!!!





「あはははははは!!!! あはははははははははははははは!! あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!! あっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッ!!!!」





――僕はナニをした?




――僕は、何人殺してきた?




――その僕が、無実だって?




どこまでふざければ気が済むんだ――!!!!





「あははははははあははあははははははあははははははあははははははははははははははははははははははあははははははあははははははあははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッ!!!!」




――ここを出て、誰に会うって?




……馬鹿か、僕は。




僕は――。

僕には、もう――。

帰りを待ってくれてる人なんか、一人もいないっていうのに――!!!!




「あはははははははははははははははははは……。

はは……は……は……。

………………」




――可笑しかった。



あまりにも可笑しくて。

あまりに悲しくて。

とうとう、笑いすらも出なくなった。



「……、奈、菜…………」



グチャグチャになった頭の中。

手元に視線を移した僕は、彼女の名前を呟いた。


――僕の手の中にあるのは、菜の花のロケット。


あの日彼女にプレゼントする筈だった、ペンダント型の小さな写真入れ。


地下に潜る時以外は常に身に着けていた、僕のお守りだ。



「…………!!!! おえ゛ぇぇーっ!!!!」



強烈な吐き気に目眩がして、僕はデスクの椅子へと崩れ落ちた。

乾き切った口からは、何も出てこない。

中身が空っぽの為か、どんなに吐き気を覚えても、実際に嘔吐する物は何も無かった。



――そう、空っぽだ。

僕にはもう、何一つ残ってなんかいない。


大切な人も。

変えるべき場所も。

僕にはもう、何一つありはしない――。



「奈菜………、僕……は……」



身体を引き裂かれるような苦しさに、咽ぶ。

力が入らない両手は痙攣を起こして、ロケットを手の平から取り落としそうになる。

こんなになってしまった今でも、これだけはどうしても手放したくなくて――。

必死に指に力を込めて、落とさないように必死に指を動かして。


――瞬間。


安物の鐘のような音を立てて、カチリとロケットの蓋が開いた。




「!!」




――そこには。




“彼女”が居た。




輪郭も分からないくらいにぼやけた視界。


色も分からないくらいに霞んだ景色。


その中でも、ハッキリと。

僕は、彼女の姿を見つけたのだ。




――彼女は、笑っていた。




こんなにも変わり果ててしまった僕を見て。

こんなにも罪を重ねた僕を見て――。

それでも彼女は、あの頃と。

幸せだったあの頃と、何一つ変わらない笑顔で僕を見てくれていた。




「……あり……が、とう……」




――それで、救われた。


僕のしたことは許される事では無いし、許されてはいけない。


ただ、それでも――。

それでも彼女は、こんな僕を見て、あの頃と変わらない笑顔を向けてくれたのだ。


それで、少しだけ。

僕は救われたような気がした――。



大きく、息を吸い込む。



肺に空気を満たしながら、僕の頭にはある答えだけが浮かんでいた。




――犯罪者は、他の人間と何が違うのか。



永く僕の頭に絡まっていたその糸が、今ようやく解けてくれた。



――きっと、何も変わらない。



少しでも彼らと話をしてみれば分かる。



誰もが少なからず正しい部分を持っているし。

歯車の噛み合わせ次第では、誰だって悪魔へと成り果てる。



――だから、きっと変わらない。



誰もが少なからず善人なのだろうし。

――そして、きっと。

誰もが少なからず罪人なのだろう。



「疲れ……たな」



夕焼けに照らされた書斎を見詰めて、独りで呟く。



あまりにも疲れて。

あまりにも苦しくて。

もう、指一本だって動かない。



そんな満身創痍な身体だっていうのに。

気持ちだけは、何故か妙に穏やかだった。



動かない指で、精一杯。

僕は、彼女の面影を握り締めた――。



「夢が、みたい……」



ふと、そんな言葉が漏れた。



そう言えばこの施設で目が覚めるまで。

最近は、まともな夢だって見ていなかった気がする。



これだけ、穏やかな気持ちだったら。

もしかしたら、たまには良い夢くらいは見られるだろうか?



――そうだ、それがいい。



どうせならバカみたいに、底抜けに明るいヤツがいいな――。



ただ、願わくば――。



「ホント……。

こっちが、夢なら……、どんなに……」



緩やかに息を吐き出しながら。

僕は、皮肉気にそう漏らした――。




――目を閉じる。




いつか見た、穏やかな日差しの中で。




黄金色の夢を見た――。




────。




「――医学部に行こうと思うんだ」



引越しを間近に控えたある日のこと。

将来の夢を尋ねてきた奈菜に、僕ははっきりとした声でそう答えた。



「医学部っていうと……、お医者さん?

うわ~っ、けっきょくお金なの?」


僕の答えを聞いた奈菜は、明らかに引き気味な表情でそう答える。

……まったく。

どうせなら、ちゃんと最後まで聞いて欲しいんだけどな……。



「それもあるけどさ。

それだけじゃなくて――」


僕が自分の進路を決めた理由の一つには、母の事があった。


人間、生きていれば嫌なことや辛いことだっていくらでもあるだろう。

――でも、絶対にそれで終わりじゃ無い。


母は死んでしまって、もう居ないけれど――。

もしも生きていたら、三人で笑って、今頃うんと幸せになる事だって出来たかもしれないんだ。


人間、生きていれば、辛いことや失うことだっていくらでもある。


でも、生きてさえいれば。

失った分くらい、いくらでも後から取り返す事だって出来る。



――子供みたいな夢かもしれないけれど。

そんな人たちの手助けが出来たら、それはどんなに素晴らしいんだろうって、僕はふとそう思ったのだ。



「……そんなに大した事じゃないんだけどね」



窓から差し込む夕日に照らされて。

黄金色に染まった彼女に、僕は穏やかな笑顔を向けて言った。




「僕は――」




僕は、そんな人になりたい――――。





     ~fin~

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