第一〇五章:施設
それから、数週間が経った頃。
僕は、生活の場を薄暗い地下実験施設へと移していた。
身に付けるのは真っ白な薄着。
酷く簡素なその病人服を来て、日々実験動物の悪魔たちと寝食を共にしている。
なんでこんな吐き気がするような事をしているのかって?
理由はとことん情けなくって酷く簡単。
実験を行う為の研究者が不足してきたというだけの話だ。
そりゃ実験を続けるだけなら、極論僕一人が居ればそれで良いさ。
何だかんだ言っても、職員の入れ替わりが激しいこの職場じゃ、僕はかなりワンマンなやり方をせざるを得なかったからね。
……でも実験動物の世話や観察、監視まで含めると、流石にベテランとその助手が数人しか残っていないというこの状況は好ましく無い。
監視の目が行き届かなくなって、万一反乱でも起こされたら溜まったものじゃないだろ?
だから、僕は一計を案じる事にした。
実験動物に簡単な情報をリークして、細かな雑務を自分でせざるを得ない状況に追い込んだのだ。
『お前たちの身体には殺人ウイルスを投与してある。
我々が持つ抗ウイルス剤を打ち続けることで発症を抑える事は可能だが、現時点では根治する方法は確立していない。
ここを出ても生存の見込みは無いので、妙な気は起こさない事だ。
抗ウイルス剤が封入された注射器は、生活区に設ける実験室に週一回、生活必需品と共に人数分届ける。ただし、内二割には試験段階の細菌兵器が含まれるので注意されたし』
――面白いゲームだろう?
身体の中に眠っているウイルスを目覚めさせないようにするためには、実験動物の連中は自分で自分に、細菌兵器かもしれない注射を打ち続けなくてはならない。
外に出ても治療法なんか無いんだから、脱走も反乱も企てるメリットが殆ど無くて、オマケに注射器の数を減らすって脅せば、連中には僕たちの命令に従う以外の選択肢なんか初めから無いっていうルールだ。
……まあ、実際にはもう少しハッタリ的な意味合いも強かったのだけどね。
とにかく、連中の目の前で一人を見せしめに殺した後には、彼らは割りとすんなりと自分たちの立場を理解してくれたみたいだ。
尤も、このゲームにもデメリットはある。
いくらカメラが設置してあるとはいえ、実験台たちに接触する機会が減ってしまう以上、連中の風紀を感じ取り難くなるというのもそうだし。
それ以上に、実験データの取得そのものが難しくなるというのが痛い。
研究者の不足を補う為に、連中にも実験の手伝いをするように仕込みを入れはしたのだけれど。
いくら指導したところで、所詮は素人の集まり。
本職が見ていないところでの仕事の質なんか、目も当てられない程度の酷いレベルになってしまうのは必至だ。
よって僕たちは犯罪者側のフリをして、共に生活しながら連中の動きを観察し、実験経過の監視をする必要があったのだ。
……幸い、これまでだって顔を見せないように最大限気を配っていたっていう事もあって、これ自体はそこまで難しい事でも無かった。
このゲームがスタートして以来というもの、幸運にも細菌兵器を手に取るという栄誉にあやかった実験体は別ブロックに隔離されて、昨日まで寝食を共にしていた犯罪者たちに症状の経過を観察されるのが恒例行事となった。
――淡々とレポートを書いている連中の、あの恐怖と悲観に満ちた顔ったらなかったな。ま、無理も無いだろうけど。
さっきまで普通に話して、笑い合っていた相手が腐っていく様を見せつけられながら、しかも次は自分がああなるかもしれないって想像しながら、それでも真面目にレポートを書き続けなきゃいけないんだから。
被験者が死んだ後には、死体の処理は予防薬の実験台になった犯罪者に行わせた。
処理法は遺伝子改良した蟻に生分解させるっていうもので、嵩張る死体を簡単に収納でき、しかも予防薬の効果まで試せるっていう事で、僕は割りと気に入っていた。
外の常識から隔離された地下帝国で。
何日も、何週間も。
僕は彼らに、自らを殺すかもしれない薬を打たせ続けた。




