第十章:叩音
何かに急かされる様に、薄汚れた廊下を駆ける。
幸い、音は僕が歩いて来た方角から響いていた。
これなら、少しは安心して行動出来るというものだろう。
「何者だろう?」
絶え間なく響いてくる音に、その目的を連想する。
これが犯人による罠で無いとしたら、その理由は恐らく二通りだろう。
――故意に音を出して助けを呼んでいるか、或いは何も考えていないか。
前者だった場合は、おそらくその人物は、施設内に自分を害する存在が居ないと確信しているのだろう。
つまり何か僕が知らない情報を持っているという事になり、それは是が非でも会わなくてはならない人物であるという事を示唆している。
……だが、万が一後者なら。おそらく生存は絶望的だ。
こんな狂った施設で、あんなに無造作に音を立てて動けているという事は、きっとその人物は未だ罠の存在にも気付いていないに違いない。
つまりは、一秒後には肉塊になって転がっていても、全くおかしくなんか無いのだから……。
幾つ目かの曲がり角を曲がりながら、僕は静かに、“その人物”が前者である事だけを祈っていた。
「…………」
また、悍しい死体を目にするだけなのかもしれない。
それでも僕は、どうしても誰か他の人間に会いたくて仕方がなかったのだ。
何か現状を打破する為の情報が欲しかったし、それ以上に、卑怯かもしれないけど、この場に居るのが犯罪者だけでは無いという事を確かめて安心したかったのだろう。
音を追っていた僕は、やがて行く手を硬そうな扉に遮られた。
どうやら音はこの向こう側から響いているらしいが、今まで一度も扉を通っていない為に、流石に無造作に開ける事は戸惑われる。
……いや、それは少し違うか。
本当は、これまでだっていくつも扉は見かけた。
ただ、僕が意図的にスルーしてきたというだけの話だ。
二階堂を左腕だけにしたあの罠を見ている以上、どうしても、扉を開けて中を確かめるという選択肢が出てこなかった。
「そうも言ってられない、か……」
――当然だ。
当たり前の話ではあるが、窓の無い施設から外に出るには、扉を開ける以外に方法が無い。
そう腹を決めた僕は、意を決して、細心の注意を払いながらドアノブへと手を伸ばし――、
「ねーっ!! 誰か居るー!?」
――ドンドンドン、と。
扉が叩かれる派手な音と共に、間の抜けた声を聞いていた。




