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生贄娘は魔窟がお似合い

 グラウンドは活気に満ちている。

 色々な声が響き、紗綾は圭斗が一緒で良かったと思った。

 一人であれば辿り着く前に引き返していたかもしれないが、物怖じしない彼がいれば心強いものだ。


 一応、陸上部の面々とは面識がある。

 皆、気さくでいい人ばかりだと知っている。

 順調に入部希望者が集まったようでもある。

 人数が多く、いつも楽しそうな彼らを紗綾も少し羨ましく思う。

 だが、それはオカ研が嫌だということではない。圭斗も入ってくれたのだ。



 邪魔にならなそうな、けれども、よく見える場所に立ってみる。

 目立たないようにと思っていたのに、すぐにその視線とぶつかった。

 思わず紗綾はぺこりと頭を下げる。

 すると、その人物は隣に立っていた人物に何事かを言い、駆け寄ってくる。


「どうしたの? 紗綾ちゃん」

「こんにちは、将也先輩」


 穏やかな笑みを浮かべるその男こそ陸上部の部長、司馬将也(しばまさや)である。


「まさか、また黒羽にいじめられた? それとも、まさか、セクハラ?」


 将也とは香澄を通して交流があり、十夜とクラスが同じということでオカ研の事情にも多少通じているところがあり、相談に乗ってくれる相手でもある。

 しかし、わざわざ助けを求めるために部活中に押しかける勇気を紗綾は持ち合わせていなかった。

 部活中でも何かあればすぐに駆け付けると将也に言われたこともあるが、紗綾は本気にしていなかった。


「あ、あの、そうじゃなくて……今日は帰ってもいいって言われたんです。だから、見学してもいいですか? 少しだけ……すぐに帰りますから」

「全然いいよ。むしろ、大歓迎。一部の士気が物凄く上がりそうだし」

「ありがとうございます!」


 にっこりと微笑まれれば、拒まれないことにほっとする。


「うちには呪いとか馬鹿なこと信じている人間はいないしね。新入部員もその辺りはちゃんと躾けておくから、安心していいよ」


 そして、将也は圭斗へと視線を向ける。


「お隣の子は、もしかして……田端君の敵、なのかな?」

「どうも。まあ、、一方的に敵視されてる感じっス」


 敵という言葉に嫌そうにするわけでもなく、圭斗は肩を竦めて笑った。

 早速、香澄が相談したのだろうと紗綾は察する。何と言ったかはおおよそ予想が付く。

 あれから香澄はよくぼやいているのだ。


「田端君も悪い子じゃないんだけど、ね。ちょっと気が強いっていうか、過保護っていうか……僕にもちょいちょい冷たいし、ね」


 将也は苦笑混じりに言う。

 紗綾にとって将也は香澄の保護者という見方もある。

 保護者の保護者、本当に困ってしまった時に行き着くところである。


「僕もあんまり心配しないようには言ってるんだよ?」


 言っても全然聞いてくれないんだけどね、と将也は肩を竦めて笑う。

 香澄は将也をイケメンなどと表現する割にはあまり好意的でないように感じられる部分もある。


「私が香澄に頼り過ぎちゃうからいけないんです」


 元々人付き合いは得意ではなかったが、高校に入ってからはそれもひどくなり、香澄がいなければ息もできないと思うことがある。

 それではいけないとわかっているのに抜け出せないまま、諦めたいのかもしれない。

 オカ研の生贄になってしまったことが人生最大の不幸、転落したまま這い上がれないのだと。


「まあ、君の運の悪さを田端君が少し持っていってくれればいいんだけどね」

「でも、香澄には貧乏くじは寄り付かないと思います」

「確かにそうだね。君の分まで吹き飛ばしてくれれば良かったのにね」


 紗綾がいかに不運かは将也も知っている。

 そして、香澄が不運を弾き飛ばし、運を引き寄せるタイプだということも知っている。

 けれど、二人が一緒にいたところでうまくいくわけでもない。

 不運が香澄にうつらないのは紗綾としても良いことなのだが、幸運も決してうつってはくれないのだ。

 まるで不運は紗綾のもの、幸運は香澄のものと決まっているかのように。尤も、紗綾はそれで香澄を羨ましく思っても恨めしく思ったことはない。感謝しているのだ。


「じゃあ、ゆっくり見学していって。もっと近くに来ても構わないから」


 ニコリと優しい笑みを見せられ、紗綾はほっとしながら頷いた。



「あれが俺よりイケメンだって言う部長さん?」


 部活に戻っていく将也の背を指さし、圭斗は問いかけてくる。

 言葉に若干棘があるように聞こえたが、紗綾は気にしないことにした。

 それを言ったのは香澄なのであって、自分ではない。


「うん、司馬将也先輩だよ」

「田端先輩の言うイケメンって本当に幅広い感じなんスね。あの程度ならいくらでもいるっスよ」


 将也は特別美形かと言えばそういうわけでもないのだ。

 圭斗のように着飾るわけでもなく、気取ったところのない好青年ではある。


「うん、口癖だから。でも、将也先輩は人気あるんだよ?」


 他にも香澄がイケメンと言う人物は多い。

 知人だろうと他人だろうとアイドルだろうと、一定の水準を満たしていれば誰にでも。

 口癖という紗綾の解釈は間違っていないはずだった。

 香澄自身もイケメンの基準については低く言っているとのことである。期待して見ればガッカリするようなレベルでもとりあえず持ち上げておくらしい。

 その辺りは紗綾にはできない芸当だった。


「あれで人気あるってことは、ひょっとして運動できて勉強もできるパターンだったり?」

「テストはいつも二位だって。それだけは絶対に勝てないって言ってたけど……」


 落ち着きがあり、誰にでも優しいからこそ皆から好かれる。

 そして、部活ばかりではなく、学業にも彼は真面目である。


「へぇ、万年二位っスか。絶対に勝てない一位ってまさかのパターンってことはないっスよね……?」


 圭斗が言いたいことはすぐにわかった。

 共通して知っている人間などほとんどいないのだから。


「万年一位は黒羽部長だよ」


 答えを聞くなり、圭斗は顔を顰めた。


「うわっ、やっぱり黒い力とか使ってるんスかね?」

「黒羽部長は勤勉な人だから」

「マジっスか」


 十夜はオカルト研究部の部長の肩書を持つ以前から十夜は誰からも恐れられていた。

 当時部長であった八千草などはそれほどでもなかったが、彼のせいで十夜の怖さが際立った部分があるのかもしれないと紗綾は思っている。

 けれど、十夜は皆が思うような男ではないと紗綾はこの一年で知った。

 どうしようもない運の悪さがなければ、関わることがなかったはずの人種であったが、知れば知るほど彼も同じ人間、否、自分以上に人間であると気付いた。



 香澄が走っているところは何度か体育の授業で見たことがある。

 けれど、こうして見るのとは違う。純粋に楽しんでいるのがわかる。

 部の雰囲気もやっぱりいいなぁ、と紗綾思った時、その声は耳に飛び込んできた。


「ねぇ、あの子ってオカ研の……」

「ウソ、何しに来てるのよ」


 囁きと言うにはわざとらしい声、一人でいれば珍しいことではない。

 もう慣れてしまった。元々、何かを言う勇気がないのだから黙っているだけだ。


「何かいかにもって感じよね。特に可愛いわけでもないし」

「そうそう暗いってゆーか、キモくない?」

「バカ! そんな大声出したら聞こえちゃうってば」

「目が合ったら呪われちゃうんでしょ?」


 声は尚も続く。

 生贄になってからはずっと好奇や軽蔑に晒され続けてきた


「司馬先輩のこと狙ってるって本当かな?」

「嘘だったらここにいなくない?」

「司馬先輩もいい迷惑だよねぇ」

「ほんとほんと」


 将也の名前が出され、紗綾は急に息苦しさを感じた。

 彼女たちも見学にきたのか、それとも通りすがりか、考えられなかった。

 ただ香澄だけを見て、意識を逸らそうとしてもできない。


「でもさ、隣にいるの誰?」

「ちょっと格好良くない?」「もしかして、生贄って奴? かわいそー」


 矛先が圭斗に向けられ、紗綾は自分の浅はかさを思い知らされた気がした。

 自分だけでは済まなくなることを忘れていたのだ。


「別に、俺、かわいそうじゃないし」


 圭斗は呟く。聞こえているとアピールするように。


「紗綾先輩?」

「あ、ごめんね! もう、いいよ。帰ろう?」


 心配そうに覗き込んでくる圭斗に紗綾はようやく我に返り、何でもないと笑って見せたつもりだった。


「だって、来たばっかじゃないっスか」


 圭斗の言う通りだった。

 本当はまだ、許されるならば、ずっと見ていたいと思っていた。

 けれど、望めば圭斗や将也や香澄、他の陸上部員たちに嫌な思いをさせることになる。

 優しさに甘えすぎてはいかないのだと言い聞かせる。


「圭斗君はまだ見てる? 私は一人で大丈夫だから帰るね」


 自分が勝手なことを言っているのはわかっていた。

 けれど、紗綾は逃げ出したくて早足でその場を後にした。

 結局、自分には居場所がないのだ。そう思い知らされた。

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