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新しい始まり

「なんスか! なんなんスか!?」


 翌日、放課後、いつもの部室で圭斗が叫んだ。

 彼はクラスで用があり、少し遅れるとのことだった。

 そして、やっと来たかと思えば、突然この騒ぎようである。


「うるさい、黙れ。会議中だ」


 十夜が顔を顰める。

 会議と言うと大袈裟だが、そういうことなのかもしれない。

 圭斗が遅れてくると言うから、紗綾はまずは嵐に今後の活動案を話していたのだ。

 彼は厳しいことを言うわけでもなく、賛成してくれた。その上で圭斗の意見は必要ないとして話を進めたのだ。

 今後、どういった形で相談を受けるか、相談箱を設置してみるか、それとも人目を気にせずメールで気軽に送れる形にするかという議論だった。


「俺の紗綾先輩を涼しい顔で掠め取るなんて!」


 怒りながら、圭斗はドカッとソファーに座った。

 彼には何も報告していないのだが、わかってしまったということなのかもしれない。


「貴様のものではないだろう」


 ぶすっとした態度で十夜が言い返す。


「ああ、もう自分の物気分なんだ? そう? 俺を敵に回すんだ? これまで助けてきてあげたのに恩知らずだよね、十夜君」


 嵐までも何やら怒りのオーラめいたものを放出し始めている。

 完璧に悪魔の表情である。魔王よりも魔王らしいかもしれない。


「な、なんで、みんな、そんなに怖い顔してるんですか……?」


 魔王と策士と魔界王子が睨み合って不穏な空気を出している。

 紗綾にはどうしてこんな展開になったのかがよくわからない。

 会議は続けられそうにない。


「くそっ! 海斗の話なんて聞くんじゃなかった! あの野郎!」


 そこでハッとする。結局、昨日は圭斗と海斗のこともあり連絡を控えたのだ。

 彼からも連絡はなかった。

 どうなったのだろうか。


「あーあいつなら、また放浪するみたいっスよ? 今度はアメリカとかなんとか」


 紗綾の視線に気付いて、圭斗は答える。


「あの人ともちゃんと話つけて、きちんと別れたって言ってるし、どっかのお姉……お兄さんとも和解したって……」


 そこで紗綾はほっとした。圭斗とのことだけをどうにかしたのでは意味がない。けれども、海斗もそれを理解していたようだ。

 彼は大人だ。紗綾が心配することでもなかったのだろう。


「将仁は昨日泣きながら俺に電話してきたけどね」


 海斗がいなくなれば、将仁はまたオカ研に縋る必要が出てくるだろう。

 賄賂を手にして嵐を拝み倒さなければならなくなる。毎度チクチクといじめられながら頼るしかない。


「だから、将也先輩、少し疲れた顔してたんですね」


 紗綾は納得した。昼休みになって、将也は十夜を連れてきた。否、半ば強引に引っ張ってきたという表現の方が正しいだろう。

 彼はいつものように笑っていたが、手に負えない子供が二人いるような気分だと言っていた。

 その時、紗綾には将也と香澄が両親のように見えた。尤も、二人の間には絶えず火花が散っているようで、口が裂けても言えなかったのだが。


 しかし、二人のおかげで関係を明確にすることができたとも言える。

 実際、お互いに好きだと言ったが、付き合うなどという話をしたわけでもなく、寒いから風邪を引いたらいけないとそこで別れた。

 だが、後日に聞けるわけでもなく、様子の変化に気付いた香澄に散々追及されたのだが、明確には答えられなかった。

 それから昼に将也と十夜がやってきて、香澄と将也が十夜を問い詰めたのだ。


「つーか、センセーが泣かせたんじゃないっスか?」

「人聞きの悪いこと言わないでよ。大人の男泣かせてどうするのさ。将仁が勝手に泣いたんだよ」


 紗綾も実際、嵐が将仁を泣かせるに至ったのではないかと思っていた。

 だが、圭斗のように言ってしまっては後が恐い。


「まあ、彼女を蔑ろにするなんて、ひどいことした罰だよね」


 マリエのことだ。そういう関係ではないのだが、嵐はいつもそう言う。

 文化祭の時、二人は海斗の事が原因で喧嘩していたらしかった。マリエが拗ねていたのだ。

 マリエを事件に巻き込みたくないから将仁は海斗に縋ったが、マリエは将仁の力になりたかった。結局、二人は一人、一人だからこそ一緒にいなければいけないのだろう。

 彼女達の場合はそうだ。自分の場合は、どうだろうかと紗綾は考える。コミュニケーション能力に関してはそれほど変わりない。


「月舘、俺はいつまでも待ってるからね? ここにサラサラっとサインすればいつでもそのムッツリスケベから逃げられるんだからね?」


 嵐はいつものように懐から取り出した婚姻届を見せてくる。

 何回やられてもこのやりとりは、どう流したらいいかわからない。


「淫行教師が何言ってるんスか」


 圭斗は呆れながら、嵐から婚姻届を奪い取り、ビリビリに破いて丸めてゴミ箱へと放り投げた。綺麗に収まる。見事なコントロールである。


「あーっ! なんてことを!……なんてね、予備ならまだあるんだ。俺はいくらでも書くよ?」


 嵐は一瞬ショック受けたような顔を見せた。

 しかし、すぐに懐から新しい紙を出して見せ、圭斗に取られる前に大事そうにしまい込む。

 一体、何枚持っているのか、聞きたくはなかった。聞いてはいけない恐ろしいことに思えた。


「貴様ら……」


 十夜から怒りのオーラが出ている。

 だが、その怒りは爆発する前に霧散した。



「はーい、盛り上がってるとこ悪いけど、お仕事持ち込んでもいいかしらぁ?」


 ノックもなく、扉を開けて入ってきたのは十夜の母永遠子だ。


「ちょっと大仕事になるよー」


 そして、続くのは十夜の姉ではなく兄の久遠だ。

 二人が並ぶと親子というよりゴージャス姉妹にしか見えない。実際、永遠子は「姉さん」と呼ばせているのだが。


「助けてくれー! お願いだー!」


 続いて駆け込んできたのは将仁だった。

 両手に紙袋を下げている。片方は有名な煎餅屋、もう片方は高級な洋菓子屋のものである。賄賂だろう。


「兄貴、みっともないから泣かないでよ」


 いつもは来ることのない将也が将仁の背中を撫でて宥めている。


「あ、すみません。昨日からずっとこうで……」


 申し訳なさそうに将也は頭を下げるが、将仁は泣きやまない。

 そこで場違いな声がその泣き声が掻き消える。


「はーはっはっはっはっはぁっ! ヒカちゃんアーンド」


 入り口で光が高らかに言う。


「花ちゃん!」


 八千草彼女改と嵐は言っていたが、別段変わったようには見えない花が続く。

 むしろ、何か悪くなってはいないか。


「「参上!」」


 二人で声を揃えて、ポーズを決める。本当に何なのだろうか。

 今日は随分客人が多い。

 その錚々たるメンバーの中である一人がいないことが紗綾には不思議に思えた。

 だが、それは先走りにすぎなかった。


「邪魔よ!」


 真っ赤なスーツを着て現れた魔女は入り口を塞ぐようにしていた光を容赦なく蹴り飛ばす。


「ぷぎゃっ!」

「ヒカちゃん!」


 花が光に駆け寄るが、彼はどことなく幸せそうな顔をしているように見える。


「あ、あの……」


 一体、誰から話を聞けばいいのか。


「あたし達が一番乗りよ?」


 うふふ、と永遠子が笑んで、鈴子を呼び寄せる。永遠子、久遠、鈴子、この三人が並ぶと壮観とも言える。

 黒羽オフィスが誇る美女三人と言ってもいいだろう。たとえ、男が混じっていても。むしろ、鈴子こそ女装した男性に見えるとは口が裂けても言えない。


「タイミング悪かったかな……でも、誰か後で兄貴も助けてあげてください」


 将仁は深刻そうだったが、将也は笑っている。

 ついででいいから、と言っているようだ。


「あ、俺達、遊びに来ただけね」


 光と花はニコニコしている。その瞬間、嵐の顔つきが変わった。


「じゃあ、帰れ」

「しょ、しょんなぁ~。ひどいよ、ひどいよ、クッキー!」


 もうこれはお約束なのかもしれない。



「あ、でも、お仕事の前にみなさん聞いてください」


 切り出してしまったものの、一気に視線が集まって、紗綾は緊張する。だが、十夜が軽く肩を叩いて勇気付けてくれる


「私、ここをもっと相談しやすい場所にして、霊障で困ってる人を一人でも多く救いたいんです。皆さんの負担は増えてしまうかもしれませんけど……」


 綺麗事と笑われるかもしれない。実際に救うのは彼らであって紗綾ではない。

 自分達を使う気かと言われても仕方のないことだと思ってた。


「賛成!」


 真っ先にぴっと手を挙げたのは永遠子だった。


「私の賛成は絶対よ! 逆らう奴は破門よ、は・も・ん!」


 まるで女王の如き、横暴さである。

 けれど、誰も文句は言わなかった。

 誰が始めたか拍手で賛同してくれた。その中には「おめでとう」という声も混じっている

 それが新しい始まり、新たなオカ研の誕生の瞬間だった。

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