生贄の帰還、魔王様の独断
どうしたものか。交信セットを見つめていると扉が開く。
悪いことをしていたような気になってしまうが、彼らは全く気にした様子がない。
「ほんと、勘弁してほしいっスよ、あのラスボス!」
真っ先に部室に入ってきた圭斗は喚いて、ソファーにドッカリと体を預ける。
彼が言うラスボスとは校長のことだったはずだ。オカ研の黒幕とも言える。
生贄の制度も全て黙認の下に行われていた。
否、彼がいるからこそ、魔女は生贄の制度を作ったのだ。
生贄とは当時は魔女によって選出されたサイキックの精鋭であった。
校長の依頼により、校内の心霊問題を解決すべく作られた。部員数が足りなくとも部として公認されているのもそういったところにある。
「あ、先輩、寂しかったっスよね? 飛び込んできていいっスよ?」
紗綾を見るなりニッコリ笑って、圭斗が腕を広げるが、そこに物凄い勢いで激突したのは座布団だった。
圭斗にぶつかった瞬間にボスッと埃を放出し、彼を激しく噎せさせた。かつて嵐が葬った集団の遺品だ。
「げほっ、げほっ……何するんスか!」
飛んできた方角を紗綾が見れば、嵐が笑んでいる。
策士ではなく、悪魔の笑みにしか見えない。
本来、彼は策によって他人を陥れることを得意としているのであって、直接物をぶつけるようなことはしないはずなのだが……
「俺じゃない。俺じゃないよ。黒羽だよ」
嵐の言葉は嘘臭く、何より十夜の位置は方向がまるで違う。
「貴様の仕業だろう」
十夜に睨まれ、嵐はそれでも笑っている。
「違います。自分が言いたくても言えるはずのないことを言われた十夜君による超常現象シュートです」
「超常現象シュート……?」
そんなものがあるのだろうか。
確かに、サイキックには超能力者と言われる者も含まれ、念力の類を使える人間がもしかしたらいるかもしれないが、十夜はジャンルが違うはずだ。
「先輩、真剣に考えちゃダメっス」
圭斗に笑われ、紗綾は嵐の冗談に引き込まれていたことに気付いた。油断するとすぐにこうなのだ。
こうして紗綾は一年以上この悪魔に翻弄されてきたのである。
香澄に、将来変な壺を買わされそうと言われるのもこういうところにある。
「いや、でも、部長のせいっスよね。この緊急召集」
ちらっと圭斗が十夜を見る。
「何かあったんですか? 私、何も聞いてなくて……」
緊急召集というのに自分が呼び出されないのはなぜだろうか。
やはり、まだ部員として復帰できていないということなのだろうか。
そう思うと不安でいっぱいになる。
「あれ? 黒羽から聞いてない?」
嵐は不思議そうで、紗綾はパッと十夜を見たが、視線は逸らされてしまった。些細な素振りが胸に痛い。
「言う必要もないだろう。関係ないことだ」
はっきりと言われれば、後頭部を殴られたような気分になる。
ショックで頭がグラグラする。泣きたくなるほどだ。
「ひどい男っスよね、マジで。俺の胸で泣きます? 部長なんて絶対にやめた方がいいっスよ?」
「何も知らずに待ちぼうけがどれだけ寂しいかわかってない! 女の敵! お父さんは反対だよ!」
圭斗はニヤニヤ笑い、嵐は珍しくわけのわからないことを喚いている。
だが、すぐに気を取り直したようだ。
「――で、月舘は何してたの?」
「あ、部室に入ったらこれが落ちてきて、今しまおうとしてたんです」
十夜の眷属らしき美咲という霊と交信していたとは言えずに、紗綾はコインと交信シートを広げる。
それも嘘というわけではない。本来はそのつもりだった。
「じゃあ、やっぱり、さっきのは黒羽十夜によるイリュージョンショーってことで」
「いや、イリュージョンは違くないっスか?」
「細かいこと気にするとダメダメだよ」
圭斗の指摘を笑って流し、嵐はその表情を引き締めた。
顧問の威厳と言うべきか、こういう時、彼は一瞬で空気を変えることができる。
「まあ、何があったか話すから、とりあえず座ってよ」
促されて紗綾は交信セットを元に戻し、いつもの場所に座ろうとした。
「あ、ひどい部長の隣が嫌だったら俺の隣にどうぞ」
圭斗が自分の隣を叩いて示せば、嵐が呆れた顔をする。
「随分、攻めるよね。でも、残念、そこは俺の席。榊こそ、あっち行ったら? 何なら、床に座布団でも俺は全然気にしないけどね」
嵐はシッシッと右手を動かす。笑顔で恐ろしいことを言っている。
以前、彼はその座布団の上にリアムを座らせていたことがある。席が足りないというのもあったのだが、あの時は誰がどう見ても犬の躾であった。
「い、一応、ここが定位置ですから……」
「今、思うと、八千草の天然が恐ろしいよ」
嵐は自分の場所に座って小さく溜息を吐いた。その隣で圭斗が、確かに、と頷くが紗綾にはその意味がわからなかった。
「月舘が呼ばれなかったのは召集されたのがサイキックだけだから」
嵐が説明を始める。それならば、納得はできる。
「それもダメージあるっスよね。ここにいる以上コンプレックスに違いないんスから」
圭斗が言う通りでもあった。
三人ともサイキックで、けれど、自分だけが違う。
世界的に見れば圧倒的多数と思われる普通の人間だが、この狭い室内では違う。
常にその問題は付き纏う。
「榊、ちょいちょい話逸らそうとしないでくれるかな」
「はいはい、従うっスよ、センセ」
「何か含みのある言い方」
「そりゃあ、センセーは策士っスからねぇ」
一体、二人の間に何があったのかと紗綾は首を傾げる。
すると、嵐はハッとする。
「だから、脱線させないでってば!」
「一番悪魔的っスよねー。いつか、みんなの前でその皮ひっぺがしてやりたいと思うんスけど、いざという時に見捨てられると困るんで秘密は保持するっスよ」
憤慨する嵐を圭斗は無視した。ニヤニヤと笑って挑発的だ。
彼は嬉々として生徒達から悪魔と呼ばれる存在になろうとしているようだが、大事なことはわかっているようだ。
魔王に利用される可愛そうなイケメン教師、というのが嵐の表だ。
だが、紗綾は彼も間違いなく悪魔であると思っている。彼の策は本当に悪魔的であり、一度依頼人として関わった野島もみんなの前で言うことはないが、何かを悟ったようだった。
「大人をからかうんじゃない」
嵐は険しい表情をするものの、圭斗は笑い続ける。
「大体、こういう時、話を進行するの部長の役目っスよね」
圭斗の当て付けの矛先が今度は十夜に移行した。
「無駄無駄。俺たちがどんなにお膳立てしても十夜君は素知らぬ顔だよ。空気読めないっていうか、空気わかってない」
嵐もここぞとばかりに十夜のことを言う。
言い過ぎではないかと紗綾は思うが、口には出せなかった。
すると、十夜が紗綾をじっと見る。
「……貴様が次の部長だ」
「えっ……」
一体、何を言い出すのだろうか。紗綾は困惑する。
「おっ、黒羽が喋った、って……月舘、驚くことじゃないでしょ。自然な流れだよ」
十夜が卒業すれば残されるのは紗綾と圭斗、順当に考えれば紗綾が部長になり、圭斗が次の生贄を確保することになる。
けれど、紗綾はサイキックではない。
「てっきり、圭斗君がなるんだと……」
「榊はその次。別に部長はサイキックじゃなきゃいけないって決まりはないし、作られることもないよ。八千草なんかサイキックだけど、問題作る方だったしね」
オカ研での光はトラブルメーカーでしかなかった。
「もう奴の言いなりにはならない」
十夜は強い口調で言う。奴とは校長だろう。
オカ研はその管轄下で活動してきた。そこから外れるということだろうか。そうなれば、きっと部の公認もなくなるだろう。
「黒羽の独断ね」
それは十夜が校長に噛み付いたということなのか。
「いや、初めてかっこいい部長を見た気がするっスよ」
圭斗は一人で楽しげにしている。何があったというのだろうか。
「部は貴様が好きにしろ」
紗綾は困惑した。十夜はいつも言葉が足りない。
「潰すなり存続するなりご自由にってことね」
嵐が要約してくれて、それでも、よくわからない。
「って、なんで、俺が解説しなきゃいけないんだろうね。本当に世話が焼けるよ」
嵐は子供っぽく文句を言っている。
「誰も助けないってことですか……?」
今まで何度も校長や黒羽オフィスを通して霊障に悩む人間を十夜達は救ってきた。
けれど、十夜がいなくなれば、圭斗しかいなくなる。嵐は緊急時しか助けない。
紗綾としては自分が何もできなくとも霊障に苦しむ人間を救えなくなるのは辛い。
「生贄制度は廃止しちゃっていいしさ、協力要請は嫌なら断っていいし、こっちで何かあったら、ジャンジャンバリバリ黒羽オフィスを引っ張ればいいんじゃないの? 八千草彼女改もいるし、十夜君も呼ばれればすぐ来るよね?」
彼らを利用することに抵抗はある。八千草彼女改というのも気になる。
知らないフリをしたくはない。けれど、何も言えなかった。
「俺もできる限りのことはするっスよ? ちょっとしたのは頼斗で十分っス」
圭斗は笑顔で協力を申し出てくる。
それはありがたことだったが、嵐はクスクスと笑う。
「油断するとかつての十夜君みたいに痛い目に遭うよ?」
圭斗に負担を強いれば事故が起こるかもしれない。
自分の力以上のことをするのは双方共に危険なのだと嵐は語る。
そんな危ないことは圭斗にはさせられない。
「何かあったんスか?」
圭斗が十夜を見る。
「え? 言ってみただけ」
嵐はカラカラと笑っている。仮に、本当にそういうことがあったとしても、彼は言わないだろう。
何かと十夜を気にかけている嵐が、眷属のことをそんな風に言うとも思えない。
「まあ、そういうこと、考えておいてよ」
「あ、はい……」
考えたことがなかったことを考えるのは難しい。
けれど、そうしなければ、と思う。
どうすれば、皆にとっていい結果になるのかを。
そうして、今日も部活が終わる。何事もなかったかのように。
部室を閉め、嵐が見送る。当たり前だったはずのことが久しぶりに思える。
圭斗と十夜と三人で帰るのももうないと思っていた。
けれど、空気は重い。
眷属のことを話した方がいいのかもしれないが、圭斗の前で話していいことだとは思えない。
そんなことを考えていたせいなのか、圭斗は校門前でピタリと足を止める。
視線の先に立っていたのは海斗だった。
「圭斗」
「海斗……」
圭斗は困ったような表情をしている。
逃げ出したいような顔だ。けれど、海斗も冷たい表情ではない。どう接したらいいのか迷っているようでもある。
それでも、覚悟を決めた様子で紗綾と十夜を見る。
「すみません、圭斗お借りします」
穏やかに、彼は本当に丁寧に頭を下げた。
圭斗は不安げな視線を向けてきたが、紗綾は頷いてみせることしかできない。
兄弟なのだから話し合うべきだと紗綾は思う。きっと和解できる。海斗ももう圭斗を攻撃しようとはしないだろう。そんな気がした。




