魔王様の小さな花
「って言うか、この男、何?」
もう一度、香澄から写真を奪い取って圭斗が尋ねてくる。
その指の先で強ばった笑みを浮かべているのは佐野だ。
「この人は、佐野先輩。オープニングでバンド演奏して、凄かったんだよ」
「もしかして、これ?」
「そうだよ」
圭斗がヒラヒラとする写真には佐野が写っている。
泉水はオープニングの時の写真も入れてくれたようだ。
今度、会った時にはもう一度ちゃんと礼を言おうと決意した。
その時は将也か佐野に、彼女の好きな物を聞いてから行くべきだろう。
「しっかし、部長は本当に魔王って感じっスね。いや、むしろ、俺の魔界王子っての、あんまり定着してないんであげたいぐらい」
「妙な存在感あるよねー。性悪のくせに」
黒王子と化した黒羽十夜、確かに魔界王子の異名も似合うかもしれない。
だが、魔王と言われるだけの存在感もある。
恐怖の対象として、悪魔や魔王と言われてきた彼だが、紗綾はできるだけネガティヴに捉えないようにしていた。
忌避されることは彼が望んだこと、黒い噂が流れるのをそのままにしているのも、そういうことだ。
自ら噂の元も提供している。だから、紗綾も自分に関する噂を気にしないことにした。
一般生徒と近すぎない距離を保つこと、それが重要だと毒島鈴子は考えた。彼女自身魔女と言われたのは極自然な流れだった。
冷やかしに付き合う暇はない。本当に助けを必要としている者、藁を掴もうとする者の力になるためにそうしたのだ。
それは、サイキックの負担を減らすためだったのだろう。悪魔に理不尽なことを頼もうと思う人間はいないだろう。
ポンと肩を叩かれて、紗綾はハッとした。つい物思いに耽ってしまった。
「気になるんでしょ? 行っておいで」
肩を叩いたのは香澄だ。明るい笑顔がそこにある。
「善は急げっスよ」
反対の肩を圭斗が叩く。その彼を香澄が不思議そうに見た。
「へぇ、引き留めないんだ?」
どこか感心したようでもある。
「ここは潔く見送るっスよ。どっかの誰かと違うんで」
「部長、どこにいるかわかってたりしない?」
昼休みは残り少ない。もしかして、と紗綾は圭斗に聞いてみた。彼の眷属なら居場所を掴んでいるかもしれない。
だが、圭斗はニヤニヤと笑う。
「それは親友でも教えられないっスよ」
「ちょっと! 親友って何よ? さっきも一番の男の親友とか言ってたわよね?」
「だから、引き裂けないって言ったじゃないっスか」
「私を差し置いて!」
香澄と圭斗が言い合いを始めてしまうが、十夜が気になる。
「まあ、あんたにはよくわかるところじゃないの。さあ、行った行った」
「うん、行ってきます」
そうして、紗綾は教室を後にした。
足は自然とあの場所へ向かっていた。
部室の前に立てば、ここに来たのは間違いだったのではないかと思ってしまう。
嵐がいる時にはかけられているヘヴィメタルはかかっていないらしい。静かなものだ
しかし、よく見れば電気がついているようだった。
遠慮がちのノックをして窺うが、反応はない。
だが、紗綾は決心してそっと扉を開ける。
部室内に十夜はいた。
嵐の姿はなく、一人でソファーに座り、読書をしている。
彼が読んでいるのはいつも難しく、今日もよくわからない分厚い本を手にしている。
わかっているのはオカルト関係らしいということぐらいだ。
「黒羽部長」
呼びかければ、彼は顔を上げる。
出て行けとは言わない。
だが、何も言ってくれないのは、そう言っているのと同じなのかもしれない。
「風邪、もう大丈夫ですか?」
十夜は答えないが、具合が悪くてここで休んでいたという様子でもない。
「あ、あの……」
用件を言わなければ、そう思うのに、十夜が何も言わないせいで戸惑う。
「座ればいいだろう」
やっと口を開いてくれたかと思えば、視線で紗綾の定位置を示す。相変わらずそこには星形のクッションが置かれている。
「し、失礼します……」
「そこは貴様の場所だろう」
おずおずと座った紗綾に十夜は呆れているようにも見えた。
どういう意味なのか、まだ居場所があると思っていいのか。
聞くにはきっかけが足りなかった。
「あ、これ、泉水先輩から預かった文化祭の写真です」
何か喋らなくては、とその封筒を差し出すものの、十夜は受け取ってくれない。
「いらん」
「そんなこと言わずに……」
十夜は写真が好きではないようだったが、折角の思い出なのだ。紗綾としても彼には思い出を作ってほしい。
サイキックとして、魔王と名付けられた生贄として、悪魔と言われようと、悪くないこともあったと、いつかは振り返ることができるようになってほしい。そう思っている。
「貴様は金を払ったのか?」
「え……? くれましたよ? 儲けてるからいらないって」
「あれは押し売りのプロだ。指の一本でも触れたら買わなければならない。それで毎年荒稼ぎしている」
十夜がそんなことを言うとは思わなくて、紗綾は笑ってしまう。
彼もサイキックであることを除けば普通の男子高校生であるのは間違いない。
普段は寡黙だが、たまに口を開けば、笑わずにはいられないことを言い出す。
本人は至って真面目に極普通のことを言っているつもりなのだろうが、普段ストイックな印象なだけにおかしく聞こえてしまうのだ
「何を笑っている?」
「な、何でもないです!」
十夜の一瞥は怖いが、彼の全てが怖いわけではない。
来る前は緊張していたが、今は少しリラックスしている。
「モデル料って言って、くれましたよ?」
「モデル……」
そう呟いて、十夜は黙り込んでしまった。
そのまま受け取ってはくれたが、話が途切れてしまうのは困る。
「あの、ご迷惑おかけしました!」
頭を下げる。けれど、やはり十夜は何も言ってくれない。
「それで、その……今日から戻ろうと思うんです」
十夜を見る。彼は黙したまま、ただ紗綾を見ていた。
「私で良ければ、ここに……オカ研にいさせてください。なんでもしますから」
それが紗綾の願いだった。
見返りはいらない。本当は十夜の側にいたいのだとは言えなかった。
「部長……?」
何も言ってくれなければ不安になる。
紗綾はじっと十夜を見つめるが、視線を逸らされてしまう。
「……勝手にしろ」
彼なりの許しなのだろうか。
それだけで、すっかり黙り込んでしまい、紗綾は不安になる。
「やっぱり、具合が悪いんですか? 風邪、まだ治ってないんじゃあ……」
「いや……」
十夜は首を横に振る。
黙り込みながら、何かを言いたげにしている。
それでいて待っても、話を切り出す気配もなく、紗綾はいたたまれなくなる。
「そ、それじゃあ、また放課後……」
これからは、きっと、ここで会えるのだ。
だから、話ならいつでもできる。
これが最後なわけではないのだから。
「待て」
立ち上がり、ソファーから離れようと瞬間、呼び止められる。
「手を出せ」
「ど、どっちのですか? 右ですか? 左ですか?」
急に言われて戸惑う。
一体、なんだろうか。
「どっちでもいい。さっさとしろ」
十夜は苛立っていると言うほどでもないようだったが、紗綾は恐ろしくなって、さっと右手を出す。理由は単に利き腕だからだ。
その手の上に十夜が何かを落とす。そして、すぐにそっぽを向いてしまった。
「これ……」
恐る恐る見れば、全く予想外のものがそこにはあった。
小さなピンクの石がついたシルバーのネックレスだ。
小降りだが、繊細な花の形をしていて、普段アクセサリー類を付けない紗綾も人目で気に入ってしまった。
「いらなければ捨てろ」
「そ、そんなことできません! 嬉しいです、大切にします!」
こんな素敵なものを捨てるなんてとんでもない。
紗綾は大切に掌で包む。
「あまりだ」
文化祭で売れ残ったということだろうか?
何か引っかかるものがあったが、今はそれが明確になることはなかった。
「凄く可愛いです。やっぱり部長は器用ですよね」
一日中見詰めていたくなるような愛らしさがある。
それは手作りならでは、ということか。
十夜のイメージではないが、繊細さはやはり十夜なのかもしれない。
いっそ、将来はこういう道に進むのもありなのではないかと紗綾は思ってしまう。
おそらく一人きりになってしまえば、紗綾はずっとそれを見続けて、他人には見せられないような顔をするだろう。
その小さな花一つには、頬を緩ませる力があった。
「じゃ、じゃあ、また放課後に。えっと、お邪魔しました」
どんな顔をしていいかわからないまま、紗綾は部室を後にした。
一時は来たくないと思ったこの場所に戻れることが嬉しかった。




