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ライバルと味方と

 結局、浴衣カフェの売り上げに貢献させられ、教室に戻った三人はすっかり怒られることとなった。

 主に怒られたのはなぜか将也だったのだが、人気の三人はすぐに接客に戻らされる。

 とは言っても、十夜は隅で座っていただけで、紗綾はなぜかその見張りを頼まれながら、すぐ近くに作られた特別席でクレープを食べていた。



「連れ戻しといて何か言い辛いけどさ」


 将也は言うものの、全くそういう風には見えないのはなぜだろうか。


「黒羽はもういいって」


 笑顔で告げられる言葉に十夜が固まったように見えた。

 元々、人形のように座っていただけなのだが、それでも更に体を硬くしたように感じられたのだ。


「悪いんだけど、黒羽を適当に連れ回してあげてくれるかな?」

「俺は帰る」


 紗綾が答える前に十夜が言った。彼の場合、今すぐに着替えて本当に帰ってしまうだろう。


「駄目だよ、黒羽。ちゃんと学生らしいことをしないと」

「興味ない」

「興味なくても、最後くらい既成事実を作っておかないと。ねぇ?」

「思い出は大事です」

「……既に思い出したくないが」


 十夜の言うことも尤もかもしれない。望みもしない服を着て、見せ物にされた思い出など、一体いつになれば笑えるのだろう。


「まあ、黒羽、修学旅行もインフルエンザにかかって隔離された記憶しかないよね」

「え、そうだったんですか?」


 元々、十夜はあまり話をしない。修学旅行の話など、しなくても全く不自然ではないのだ。

 そんなことがあったなど、将也も言っていなかった。


「しかもさ、ホテルに……」

「言うな」


 将也は今なら時効だとでも思っているのか、楽しげに話そうとするが、十夜は絶対に言わせまいと睨んでいる。

 しかし、それで止まる将也ではなかった。


「お母さんとお兄さんがいたんだよね。変装してたから俺しか気付かなかったけど」


 それは悲惨な、紗綾は思わず言ってしまいそうになった。

 修学旅行とは家族から解放されるものであるはずだ。

 だが、あの二人の場合過保護なのではなく、たまたま近くの依頼を受けたついでの冷やかしなのだろう。


「じゃあ、よろしくね。荷物持ちとかに使っちゃっていいから」


 笑顔の将也に見送られ、紗綾は王子喫茶を後にするのだった。



「えーっと……どこか行きますか?」


 送り出されたものの、紗綾は困惑していた。前ならばまだ良かった。

 けれど、今は非常に微妙な立場なのだ。


「いや……」


 やはり、十夜は帰るつもりなのだろうか。その場合、自分は引き留めるべきなのか。



 そうして、互いを探るような二人の前に現れたのは息を切らす長い黒髪の女子だった。


「やっと見付かった……!」

「ま、マリエちゃん?」


 へたっと壁に寄りかかるのは神野(じんの)マリエだった。

 オカ研を通して知り合った関係であり、サイキックだ。

 彼女自身はある事件を境に霊の声が聞こえてしまうようになったことをまだ受け入れきれていないところがある。


「貴様は何しにきた?」

「文化祭に他校生が来て、何が悪いんですか? 黒羽十夜、サン」


 マリエと十夜は面識があるが、会う度に険悪さが増す。

 サイキック同士だからと言って、無条件にわかり合えるわけではない。どうやら、お互いサイキックということを抜きにして、性格が合わないらしい。


「お守りはどうした?」


 十夜は問うが、マリエは答えず、プイッと顔を背けて紗綾を見た。


「さっきまでは友達と一緒だったの。でも、全然、紗綾ちゃん見つからないし、部活の方は知らない人しかいないし」


 マリエは黒羽オフィスとは関わりがない。彼女自身がそれを拒否しているからだ。


「えっと、将仁さんは元気……?」


 十夜の視線を感じて紗綾は聞いてみる。彼女のお守りとは司馬将仁刑事だ。サイキックとしては対になる存在だと言えるからこそ、十夜は彼女たちをセットで扱う。


「あんな人の話は必要ないでしょ?」


 完全にまずいことを聞いてしまったようだった。相手が十夜だったから答えなかったのではなく、本当に触れられたくなかったのだろう。

 だが、紗綾が謝ろうとする前に、マリエがシュンとして「ごめん」と言った。


「……前から『首を突っ込むな』とか『君には関係ない』とか言われてたけど、この前『もう君の力は必要ない』なんて言われたの」


 霊の姿が見えるだけの将仁にとって、声を聞くことができるマリエの存在は運命の出会いだったようだ。

 それでも、刑事とただの女子高生、危険なことに巻き込めるはずもなく、彼はオカ研に泣きついてくることが多かった。

 だから、榊海斗が現れて、彼はそれもまた運命だと思ったのだろう。たとえ、何か思惑めいたものがあるとしても。


「腹いせに刑事さんの弟でも見ていこうと思ったんだけど、どれかわからないし、いつも聞きそびれて紗綾ちゃんの連絡先知らないし……」


 マリエとはそれほど頻繁に会っていたわけではない。友達になってあげてほしいと将仁から言われていても、紗綾はマリエが不必要にオカ研と関わりを持ちたくないのだと思っていた。お互いに内気なのだ。


「でも、もしかしてお邪魔した……?」

「え?」

「ペアルックだし」


 眉を下げたマリエは様子を窺うようだった。


「た、たまたまだよ! 全然関係ないんだよ! それぞれクラスの衣装なの」

「じゃあ、案内してもらってもいい?」


 紗綾としては案内するのは全く問題ない。だが、十夜を将也から預けられている。

 十夜は戻りたくはないだろう。それこそ、帰ってしまうかもしれない。

 どうしたものか、と紗綾は十夜を見た。


「俺のことはいい」


 察したように十夜は言って、そのまま引き留める間もなく、いなくなってしまった。



「悪いことしちゃったかも……」

「た、多分、疲れてたんだよ。さっきまでずっとクラスの方にいたみたいだし……もしかしたら、一人で回りたかったのかも」


 正直なところ、助かったと思っている部分もあった。あのままでは何を話せばいいのか、わからない。だから、マリエが気に病むことなどないのだ。


「あたしは紗綾ちゃんがいいならいいの」

「マリエちゃんと会えて嬉しいよ」

「ほんと?」


 マリエはパッと顔を輝かせた。

 彼女の背景にはショッキングな事件がある。だから、他人とも距離を置いているところがあると将仁は言っていたが、この頃は少しずつそれを縮めようとしているようだった。

 それに関して、紗綾も自分にできることがあるならば、何か協力したいと思っていたのだ。



「あれ? 何か忘れ物?」


 いざ、王子喫茶にマリエを連れ戻り、首を傾げる将也と会うと紗綾は少し困ってしまう。


「そうじゃなくてですね……」

「ん?」

「この人?」

「うん、司馬将也先輩」


 マリエにそう紹介すれば、将也も何かを察したようだった。


「えっと……彼女は神野マリエちゃんで、えっと……」

「あ、兄貴がお世話になってる……」

「もうポイされましたから。過去の女です」


 他の人が聞いたら誤解されかねないことをマリエは言う。

 嵐は彼女などと言っているが、マリエと将仁の関係はそういうものではない。


「兄貴って昔からどうしようもない鈍感で……、いや、刑事としての勘は冴え渡ってるらしいんだけど、肝心なところで、本当に仕事以外の肝心なところで人の気持ちがわからないんだよ――まあ、俺が言うべきことじゃないから、これ以上弁護しないけど」

「いい刑事さんだとは思います」


 きっと、マリエは将仁に恩を返したいのだ。力になりたいのだろう。

 将仁もその気持ちがわからないわけではないだろう。


「今度兄貴に会ったら思いつく限り罵倒するといいよ。言わなきゃわからない人だから」

「書き溜めておくことにします。言い忘れのないように」

「うん、それがいいよ」


 マリエは一体どれだけ悪口を言うつもりなのだろう。将也も微笑んでいる。空気は穏やかなのに、不穏な会話がされている。


「で、黒羽は逃亡したかな?」

「すみません……」


 紗綾はビクッとしてから、頭を下げた。

 先ほど頼まれたことを既に放棄してしまっている後ろめたさがある。


「いいよ、放っておいて」

「でも……」


 将也は微笑んでいるが、それは彼が優しいから怒らないだけに違いないのだ。


「本人が逃げるならそれまで」

「お前も無茶苦茶だよな……けしかけたり突き放したり」


 将也の後ろで佐野が呆れている。


「黒羽十夜が『俺のことはいい』って言ったんだからいいのよ」


 マリエの言う通りなのだが、その前に将也との約束めいたものがあったわけだ。


「でも、紗綾ちゃんが嫌なら、やっぱり邪魔だったのかも……」

「い、嫌じゃないよ。本当に探してくれて嬉しかったんだよ!」


 敢えて言うならば、自分という存在のタイミングが悪かったのかもしれない。


「障害に挫ける黒羽が悪いってことだな」


 後ろで佐野が頷けば、マリエもパッと顔を明るくした。


「そうですよね、黒羽十夜が悪いんです。いつまでもガツンといかないから」

「その通り」


 将也も大きく頷く。まるでマリエまで紗綾がわからないものを理解してしまったようだった。


「いつも仏頂面で、口開いても感じ悪いし、無駄に偉そうって言うか俺様っぽいし。ぜーんぶ、黒羽十夜が悪い」

「俺もそう思う」

「確かにそうだよな」


 流石に言いすぎだと紗綾は思うのに、将也も佐野も頷いてしまう。


「って、お前はどっちの味方なんだよ」


 頷いた後で佐野が将也を見る。


「俺はフェアが好きなだけだよ」


 どうだか、と佐野は肩を竦める。


「それにしても、君とは気が合いそうだ」

「あたしもそう思います。刑事さんよりフレッシュだし」


 マリエは他人を気にしているようで、さりげなく棘を出す時がある。自分と香澄を足したらこうなるかもしれないと紗綾は密かに思っていた。


「兄貴って昔から枯れ木なんだよ。花が咲けばいいと思ってたんだけど、遠いかもね」


 そう言って微笑む将也は早く二人が仲直りすることを望んでいるようだった。


 そうして、文化祭は幕を閉じていったのだった。

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