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白王子の策略

 感謝すべきか否か。

 文化祭二日目、一般公開日当日、紗綾は固まっていた。

 更衣室で嵐から預かっていた袋を開け、中身を引っ張り出したままで。


「違う……」


 呆然と呟く。

 違うのだ。春に渋々着た服とは違う。

 手違いであったなら、着なくて済むだろうか。

 残念ながら、この場合は着るしかないのかもしれない。


「紗綾? どうしたの?」


 後ろかけられた香澄の声に紗綾は、ぐぎぎぎぎ……と振り返る。

 どうしたらいいかわからず、首から下は未だに固まっている。


「うわっ……」


 紗綾を硬直させた正体を見て香澄は思いっきり顔を歪めた。


「さすがって言うべきか、なんて言うべきか……いや、やっぱり、さすがクッキー……生徒が考えることはお見通しって感じ。実は千里眼とか?」


 小声で香澄は言う。

 嵐から受け取って、確認するべきだったのだろうか。

 当日まで見ないでいようと思ったのが間違いだったのか。

 これは良かったと思うべきなのか。

 以前と違うと言われたら、どう弁解するべきなのか。

 紗綾はぐるぐると考えていた。



「あれ? 月舘さん、まだ着替えてないの?」


 後ろからひょこっと顔を出すクラスメイトに紗綾はビクッとした。まだ、言葉が浮かんでいない。

 そして、その視線はすぐに紗綾の手に注がれ、バッと奪い取られる。

 びらっと広げられる衣装、全容が明らかになって紗綾は頭を抱えた。

 以前に着たものとデザインが違うのだ。

 黒くてヒラヒラというのは変わらないが、浴衣風のデザインで袋の奥には帯らしきものも入っている。


「ゴスロリ浴衣だったんだ? いいじゃんいいじゃん! 可愛いよ!」


 好都合というものだろうか。

 半年近く前のことなど誰も覚えていないのかもしれない。そこまで見ていなかったのかもしれない。

 一体、何に動揺したのかわからなくなる。


「今日は頼むよ、歩く看板娘!」


 バシッと背中を叩かれて、何とも言えない気持ちになる。


「看板娘……」


 いつの間にそんなことにされてしまったのだろうか。


「まあ、一応、これも浴衣ってことで、ありなんじゃない?」


 全員浴衣の中で一人だけ黒のワンピースよりは抵抗がないかもしれない。

 ただ部室には他の衣装が隠されているのではないかと思ってしまうのだ。

 そんなことを考えてしまうのは未練があるからなのかもしれない。



 着替えを終え、散々、髪や顔をいじられた後、紗綾は校内を彷徨い歩いて。

 そうしていると、何度か声をかけられる。その度にクラスの場所を告げ、いつの間にか昼が近付いていた。

 そんな時に将也から連絡があり、待ち合わせをしていた。


 彼もそのままの衣装で来たようだ。

 白を基調とした優雅な服は確かに王子だ。

 しかし、微笑みではなく、申しわけなさそうな表情を浮かべている。


「ごめん、着替えてくるのが面倒でそのまま来たんだけど、別の面倒があってね……」


 今の将也はそこにいるだけで視線を集める。

 人混みを抜けてくる中で随分と苦労があったらしい。

 つい先ほど、紗綾に手を振ったところで、女性に声をかけられていたくらいだ。


「大丈夫ですか?」

「やっぱり、着替えてくるべきだったかな……」


 将也は困ったように首を傾げているが、紗綾はこのまま香澄に見せたらどうなるのかと考えてしまう。


「凄く素敵です。それに、私一人がこんなの着てるのは恥ずかしくて……」


 彼が制服だと紗綾としては少し都合が悪いのだ。

 紗綾も一日中着ていなければいけないのであって、まるで罰ゲームだとも思ってしまうが、恨みに思っているわけでもない。


「そう? 可愛いと思うけど」

「他の子の方が可愛いですよ。普通の浴衣ですけど、ピンクとかで」

「うちは売り子が男ばっかりだから行きたがってる奴多いよ」


 紗綾のクラスが一方的にライバル視しているのであって、客層的には全く逆である。


「私も近くまで行ったんですけど、人が多くて……昨日の内に行っておけば良かったですね」


 折角徘徊するのだからと、近くまで行ってみたのだが、どれほど卑怯なのか確認するのは断念せざるを得なかった。


「じゃあ、この後も近付かない方が平和かもね。俺もそんなに得意ってわけじゃないから大変で……」


 彼らのクラスには女性客が押し寄せている。紗綾も同性だからと言って、溶け込めるわけでもない。


「さあ、行こうか」


 これ以上面倒になる前に、と意味が含まれていただろうか。彼は早くこの場から離れたいようだった。



 その理由はすぐにわかることになる。

 ざわめく人混みをかき分けてやってきたのは、やはり王子様だった。


「おい、司馬! あんまりフラフラしてると、女子がキレるぞ」


 険しい表情で近付いてきたのは、今最も話題に上がっていると男と言っても過言ではないかもしれなかった。

 昨日のオープニングで演奏した三年有志バンドの一人佐野である。

 将也のクラスメイトで部活の部長仲間であり、紗綾も一応面識がある。


「だから、佐野に任せたんだよ」

「任されてもな……」


 佐野は困り果てた様子だった。


「ま、まさか、先輩、勝手に抜け出してきちゃったんですか……?」


 てっきり交代になったのだと紗綾は思っていた。


「そうそう気付いたら忽然と。目を離さないようにはしてたんだけど」


 してやられたよ、と佐野は苦笑いだ。


「すみません……」


 紗綾はシュンと俯いた。自分と約束をしたせいではないか。

 否、そうなのだろうと思ったからだ。

 そうでなければ、将也は忙しい時に無理に抜け出してきたりしないだろう。


「いや、君が謝ることじゃないよ。君は悪くない」


 将也が笑顔で「そうそう」と頷けば、佐野がジロリと睨む。


「こいつが我が儘なんだよ」

「予想以上の反響だからって、約束の自由時間を貰う権利を奪われるわけにはいかないんだ」


 ニコニコと将也は笑んでいる。

 しかし、言葉はまるで契約違反を責めるかのようだ。


「それは、仕方ないだろ? クラスに貢献しろよ」


 佐野は呆れ顔である。


「何でわざわざ終わりかけに回らなきゃいけないのかな。俺は一番楽しい時間に回りたいって言って、その条件でこんな格好してるのにさ」

「我が儘言うなよ、ナンバーワン王子」

「我が儘じゃない。高校生活最後の文化祭、その思い出作りに対する当然の執着だよ」

「前々から思ってたけど、お前って……いや、何でもない」


 佐野は言いかけて、結局言わなかった。


「秘密兵器だって、置いてったでしょ?」

「……あれは、ダメだ。お前がいないと誰も絡めない」

「置いておくだけで効果あるんだから、ほっとけばいいよ」


 一体、何の話だろうか。紗綾が首を傾げれば、将也がくるりと紗綾を見た。


「あ、うちのクラスの方、本当に危険だから近付かないでね? 田端君でもいれば別だろうけど、一人は駄目だよ」


 念を押すように言わると、また興味が出てしまう。


「いや、いっそ、冷やかしに行くのもありだろ?」


 佐野はニヤニヤと笑っている。それは楽しいことなのだろうか。


「ショックで保健室に逃げられたらどうするの。大体、佐野が離れたせいでエスケープされたかもしれないし」


「真っ先に逃げた奴が言うなよ」


 佐野はじとっと将也を見るが、全く効果はないようだった。


「写真は後で見せてあげるよ。写真部の泉水(せんすい)さんにいっぱい写真撮ってもらえるように手配したんだし」


 写真部の泉水と言えば、それなりに有名な人物だ。

 いつもイベントがあるとカメラを片手に走り回っている。オープニングでもその姿は目撃されている。

 だから、紗綾も彼女のことを認知していた。


「お前、あの泉水を何で釣ったんだ?」

「別に何も?」

「あれを買収するとはおそるべし」


 佐野は何やらブツブツと言い始める。


「気にしなくていいよ」


 将也は笑うが、紗綾には気になることがあった。


「あ、あの、保健室って、まさか……」

「そう、まさかまさかの黒羽だよ。部活の方には行きたくないみたいだから、俺が保護してあげたの。一年の時から、あっちに取られてたから最後くらい、ね?」


 紗綾にはニッコリと笑う将也が天使に見えたが、佐野は苦々しい表情だ。


「あらかじめ用意しておいた衣装を無理矢理着せておいてよく言うぜ」


 無理矢理とはどの程度なのか。大抵将也が十夜に何かをさせる時は強引だ。そうでもしなければ、十夜は動かないからだ。



「じゃあ、ごめんね。また後で」


 将也も観念して戻ることにしたようだ。

 佐野は将也を連れ帰るまでは動かないだろう。


「今度は絶対抜け出すなよ? 怒られるのは俺なんだからな」


 念を押されて将也は「わかってるよ」と笑う。

 だが、そういう時が一番わかっているか怪しいというのが、香澄の談である。紗綾はふとそんなことを思い出していた。

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