美女コンビ来襲?
いよいよ文化祭前日、浮き足立つ時に厄介な来訪者がいた。
わかっていたが、現実になってしまえば受け入れられないこともある。無意識に祈っていたのかもしれない。
けれど、無情にも起こるものである。予想を悪い方向に上回る形で。
HRが始まる前、急に窓際の辺りが騒がしくなる。
特に男子が色めき立っていた。誰かが気付き、呼び寄せ、次々に群がっていく。
そこには野島も加わっていて、くるりと振り返って紗綾を見た。
「おい、月舘も見てみろよ! ちょー美人がいるんだぜ!」
最近の野島は彼なりに気を使ってか、何かと紗綾を仲間に入れたがる。
始めの内は冷やかしもあったが、香澄が鎮圧した。彼は仲間外れにしないようにしているだけだ。
「あのねぇ、イケメンの方がいいに決まってるじゃない。大体、あんたの言う美人なんて当てになんないわよ!」
そんな文句を言う香澄と一緒に窓の方へ近付いて紗綾は完全に固まった。
「ほら、美人だろ? 両方とも」
野島は二カッと笑うが、紗綾は言葉を失っていた。
香澄も顔を引き攣らせている。
この時期に突然現れる美人という時点で気付くべきだったのかもしれない。
よく知った二人が堂々たる足取りで向かってくるのが見えてしまった。打ち合わせに来たのだろう。
目が合う前に窓から離れようとした瞬間、一人が紗綾を見て、もう一人もまた顔を上げる。二人揃って、笑顔で手を振ってくるのだから困る。
「な、なぁ! 今、俺に手振ったよな!?」
「いや、俺だって!」
すっかりのぼせ上がって、手を振り返す彼らの勢いは凄い。
「馬鹿な男ども……」
香澄の呟きは誰にも聞こえていないようだ。
「と、永遠子さんと久遠さん……」
「月舘、知り合い?」
野島が妙にキラキラとした眼差しを向けてくる。彼がこれほど輝いているのを見るのは初めてだった。
「あの二人ってどういう関係? 姉妹? それとも、友達? つーか、卒業生?」
手を振り終えた他の男子たちも興味津々と言った様子だった。他のクラスも似たような状況だろうか。
なぜか、げっそりする十夜が思い浮かぶ。放課後には保健室には行かないだろう。部室で寝ているだろうか。まだ作業が残っているのだろうか。
考えたところで、もう関係ないというのに。
確かに美女二人組にしか見えないことは紗綾も否定しない。否定はできないのだ。
二人とも長く伸ばした髪を明るい色に染め、パーマをかけている。
片方は白とピンクを基調とした女性らしいファッションに身を包み、もう片方はジーンズでユニセックスな印象だ。
真実を知るからこそ言うべきか悩んでしまうが、紗綾は嘘を吐けない。
すっかり男子はデレデレしている。真実は彼らにとって残酷だというのに。
確実に、一瞬の内に風船のように膨らんだ夢は破裂するだろう。
「お母さんと……息子だよ」
紗綾は言った。一瞬、時間が止まったような気がした。
「親子かぁ……お母さんどっち?」
「どっちでも若いよなぁ~」
「って、月舘、息子じゃなくて娘だろ?」
「ううん、息子だよ」
彼は言い間違いを指摘したつもりなのだろうが、紗綾は何も間違えていない。
「そうだね……黒羽母と黒羽兄だ」
うんざりと香澄が頷けば、皆、信じるしかなくなったようだ。
香澄は紗綾よりもずっと影響力や説得力を持っている。
クラス委員が言って駄目でも、香澄が言うことは誰でも大人しく聞いてしまう。
彼女自身はあまりそれをよく思っていないらしいが、陸上部の部長になってから、そういう立ち位置が確立してしまっている。
「久遠さんなら、去年も来てたよ?」
皆も、特に女子は彼を知っているはずだった。
オカ研の客寄せパンダとは彼のことだ。
彼のおかげで紗綾と十夜が内職したグッズは全て完売した。誰もが、彼の作だと思ったせいだが、それに関しては今更白状するのも恐ろしい。
「あー、でも、去年はまだあそこまでじゃなかったでしょ。もっとナチュラルだった。もうちょっと髪短かったし、パーマとかかけてなかったと思うけど……」
去年、こうしてやってきた時、彼の隣にいたのは魔女だった。だから、誰もが視線を逸らしていたのかもしれない。見れば呪われる、と。
卒業して尚、彼女の呪縛は濃いものだが、同じオカ研関係者でもここまで扱いが異なると魔女に同情すら覚えてしまうのはなぜだろうか。
「何しに来たんだ?」
大半の男子は黒羽と聞いて興味が薄れたようだったが、野島は違った。
しかし、紗綾はこればかりは正直に答えて良いのかわからなかった。
種を明かしてしまえば、営業妨害になるかもしれない。
思わず、助けを求めるように香澄を見てしまう。
「明日になったらさ、よーくわかるんじゃない? あー、やだやだ。霊感商法もパンダ商法も」
香澄がそう言い放った時、担任である嵐が教室に入ってきてHRが始まり、話は終結したようだった。
*****
HRが終わって、紗綾は黒羽親子が気になっていた。
もう自分には関係ない。本当にそうだろうか?
教室に残る女子の話の輪に入れてもらい、紗綾は明日の情報を色々と聞いていた。
文化祭一日目の午前中のオープニングはバンド演奏などの出し物がある。
野島を中心とする男子陣からは、食べ物の情報が流れてくる。
だが、嫌な予感というものは意識すればするほど当たってしまうものだ。
その二人が教室に現れた瞬間、ピタリと話し声が止まる。
オカ研の関係者、それも魔王の家族だとわかった今となっては、警戒心が剥き出しにさせられる。
けれど、本人たちがそれを全く気にしないからこそ厄介なのかもしれない。
「はーい、紗綾。お元気?」
彼女は笑顔で手を振る。見た目も若いが、中身も若い。なぜ、この母から十夜が生まれたのかがわからないのが、黒羽永遠子だ。
紗綾も初めは姉の間違いではないかと思ったほどだった。
二人には話が伝わっていないのか。紗綾は困惑する。
どちらにしても、放っておいてもらえるはずがなかった。
そして、入り口から手招きする永遠子の後ろで久遠が申し訳なさそうな顔をしている。
「うちの馬鹿息子のせいで、ごめんなさいねぇ」
すぐに済むから、と笑った永遠子はいきなりそんな謝罪をした。
「でも、放っといていいわよぉ」
「え?」
怒られるのではないかと思っていた紗綾にとって予想外の言葉だった。
「そうそう、何か言ってあげる必要とかないから」
永遠子の隣では久遠が頷く。
「まったく、何であんな風になっちゃったのかしらねぇ?」
「父さんに似たんじゃない?」
久遠はクスクスと笑う。
この親子と会うのは初めてではないが、紗綾は十夜の父親のことはまだ姿すら見たことがないどころか、話にもほとんど出てこないのだ。
「あら、父さんはやる時はガツーンとやってくれる男よぉ?」
「まあ、毎年母さんの誕生日と結婚記念日に花束用意するしね」
「そうそう。あ、写真見る?」
「母さん!」
派手にデコレーションされたピンクの携帯電話を取り出す永遠子を久遠が窘めた。
そして、永遠子のとても久遠の母親には見えないような若々しく美しい顔が険しくなった。
「姉さんとお呼びって言ったでしょ?」
「年齢をごまかすのは無理があるよ」
姉弟という設定で乗り込んできたのだろうか。
永遠子は何歳のつもりなのかはわからないが、既に親子だとクラスメイトにバラしてしまったことなど言えるはずもない。
「何か?」
「何でもないです、姉さん」
久遠が折れれば、永遠子はニッコリと微笑む。
「まあ、それは、また今度ね」
今度などあるのだろうか。
思ってしまっても幸い口には出なかった。
「何か言いたいことある?」
永遠子が優しげな眼差しを向けてくる。
何かを言うべきなのだろうか。
彼らが上にいることは間違いないが、言ってどうにかなることなのだろうか。
「文句とか色々、何でもいいわよ。迷惑かけちゃったし……まあ、いつでも言ってね」
それが許されるのは今の内だろうか。
きっと、紙切れ一枚でその関わりも白紙になるだろう。
「じゃあ、楽しい文化祭を」
永遠子はひらひらと手を振る。一番、楽しみにしているのは彼女なのかもしれない。
「ごめん、か……姉さん。先に行ってて」
久遠はその場に留まって、既に少し離れた永遠子に声をかける。
「ん?」
「ちょっと、ね」
「手、出すんじゃないわよ」
ビシッと釘を刺す永遠子に久遠は肩を竦める。
「俺って何だと思われてるんだろうね」
そう言われても紗綾は何と返したらいいかわからない。
心なしか足取りの軽い永遠子の背が遠ざかったところで、久遠が少し険しい表情をしたように見えた。
髪を長く伸ばし、明るい色に染め、派手な印象のある彼だが、その表情はやはり十夜と似ていた。
「海斗に会ったよね?」
「……助手にならないかと言われました」
「やっぱり、そうか……」
久遠は黙り込み、何事か考えているようであった。
「俺は、海斗の友達だから言うけど、あいつが言うことを鵜呑みにするのは危険かもしれない」
「え……?」
なぜ、そんなことを言い出すのだろう。紗綾は混乱する。
もうこれ以上混乱することなどないと思っていたのに、わからなくなる。
「本当はこんなこと言うべきじゃないと思うし、君が何を言われたかはわからないけど、でも、海斗は何を考えてるかわからないんだ。特に姿を消す前は」
彼なりの優しさなのかもしれない。
だが、救いではない。
「それは、あの弟君も証言してる。彼は傷付いて、全く心が見えなくなった。俺は、友達だけど、怖いんだよ」
久遠が言っていることはわかる。海斗の圭斗に対する態度は恐ろしいとも思える。
圭斗だけにしか向けられない冷たさ、厳しさは、それでも兄からの愛の鞭なのではないかと思っていた。
それが自分に向けられることを思うと、怖い。
「でも、私は、久遠さん達のことも怖くないわけじゃありません」
こうして向き合っている久遠でさえ、何を考えているかわからないところがある。
「うん。きっと、そうだろうね」
怒るわけでもなく、悲しむわけでもなく、久遠は微笑んだ。
君は違うと言われているような気分になるが、同じことを自分も言っているに違いないのだ。
「俺もね、『久遠君って何考えてるかわかんなーい』ってよく言われるよ。実の弟にさえ変な目で見られるし……」
急に久遠は沈み込む。
「く、久遠さん……」
「ごめんごめん、過去の何やかんやがね……走馬燈的なね……いいや、でも、俺達が怖いっていうのは、当然だと思うよ。散々、もう将来のスタッフとか、家族ぐらいの気分で、色々お願いしちゃったし」
彼らを恨んでいるわけではない。
どうしたらいいか、わからない板挟み。
何か言葉をかけてほしいはずなのに、何を言ってほしいのかわからない。
「今まで、ありがとね」
それも違う。彼らと過ごした時間に罪があったわけではない。




