その男、婚活中の策士につき
カップを紗綾の前に置いてから嵐は向かいに座る。
そのまま、カップに口を付けながら、紗綾が話し出すのを待っているかのようだった。
「守護霊の存在を知ったら、頼りきってしまうから、教えてくれなかったんですよね……?」
少し恐る恐るといった気持ちで問えば、嵐がぴたりと止まったように見えた。
「いや、それはない」
「え……?」
さらりと否定されれば、次の言葉に迷う。
香澄のようにポンポンと話す技術は一体どうしたら身に付くのかと常々思っているほどだ。
「せっかく、美化してくれたところ悪いんだけど、俺たち、そんなにいい人じゃないよ」
オカ研の悪魔、認識していたはずの言葉が蘇ってくる。
紗綾自身も彼がそれに十分当てはまることはよく知っていたはずだった。
「どうせ、自分で知っていても使いこなせる力じゃないから、それなら、知らない方が利用する側としては都合がいいでしょ?」
「そう、ですよね……」
何を期待していたのだろう。頷きながら、急に悲しい気持ちになる。
彼らのやり口をわかっていながら、否定してほしかったのかもしれない。理解が追いついていない頭のどこか片隅で、そう願っていたのかもしれない。
「だって、俺達はオカ研だよ? サイキック集めて、都合のいいように利用しまくる。それこそ、ボロ雑巾になるまで。卒業後まで縛り付けちゃったりする」
「先生は策士でしたね」
「そうそう、その通り」
普段は悪の組織に使われている可愛そうなイケメン教師、それがオカ研では自他共に認める策略家だ。
書道部や茶道部、近くに部室を持つ部活を次々に廃部に追い込み、最終的に日本文化研究同好会と称して最後まで抵抗した一派さえ葬った男なのだ。
オカ研は何もしていないが、直接その意図を持って何かをしたわけではないということであって、原因は十分に作っている。
「でも、策に溺れたような感じはあるよ」
嵐はカップをコトリと置く。寂しげに感じる様子で。
「俺はオカ研の顧問として、月舘を利用しなきゃいけなかった。担任の先生としては、そんなことしたくなかったんだけどね」
嵐の言葉も、どこまで本心かわからないところがある。
彼の言動には散々翻弄されているのだが、今は本当のことしか言っていないのだと信じてしまいたくなる。たとえ、それが策だとしても。
「だってさ、月舘の守護霊に用があるからオカ研にいて、なんて言ったら君は去っていくでしょ?」
「それは……」
自分が選ばれた理由をずっと不思議に思っていた。
十夜の力が本物だと確信すればするほど、わからなくなった。
けれど、はっきり言われても受け入れることはできなかったかもしれない。自分を一番信じることができないのだ。
「月舘は優しいけど、田端とか司馬弟は絶対許してくれないよ。あれは、完全なる月舘親衛隊だからね。あの二人納得させるのは策士でも無理ってものだよ」
最近の二人の様子を見れば、想像は決して難しくない。
「それに、自分自身が必要とされてるわけじゃないって、結構きついんだよ」
それは、嵐自身もそうだから言っているのだろうか。
紗綾は探るように嵐を見てみる。策士を見抜けるわけもないのに、そうする。
「月舘がいなくなるのが嫌で、黒羽も言えなかったんじゃないかな?」
「部長が……?」
生贄を逃せば、彼は魔女から咎められるだろう。
「歓迎会の日、初めてその存在に気付いた。魔女と違って、確信したのはもう少し後だったけど。知らないままの方が良かったとさえ思ったよ。遅かれ早かれ、こうなることが、わかっちゃったんだから」
単純にオカ研初代部長として恐れられたから魔女なのではない。
オカ研の中で最も、黒羽オフィスを含めても強い力を持つからこそ魔女なのだ。
「でも、月舘には不思議な力がある。それは守護霊とは別に、月舘が持っているオーラなんだろうね。ずっと、守護霊からくるものだと思ってたけど、最近の教室での様子を見てても、月舘自身の優しさが一番だよ。守護霊はさ、限定的なものだから」
嵐は落ち着いた様子で、その言葉はひどく優しい。
状況は良くはないのだろうが、彼は決して怒らなかった。
「これから、どうするんですか?」
気になって紗綾は聞いてみる。
新たな生贄を捕まえるのだろうか。
関係ないと言われるかもしれないが、それでも、申し訳なさがあった。代わりの生贄を捧げることなどできるはずもないが。
「俺達の心配なんて、もうしなくていいんだよ」
優しく、嵐は微笑む。それが余計に心配になる。彼が無理をしているように思えてしまうのだ。
「退部するなら、それで構わない。退部後は依頼人と一緒。何もなかったように忘れて」
自分がどんな言葉を求めていたのかはわからない。でも、それは違うと紗綾は思った。
何もなかったことにはできないが、彼らはそれを望むのかもしれない。
「私が悪いんです。ただの生贄だったのに……」
生贄らしく、ただ従っていれば、こんなことにはならなかっただろう。
彼らを壊さずにいられただろう。
「ただの、じゃないよ。俺たちにとっては特別だよ。今でも、できるなら残ってほしいと思ってる。虫のいい話だけどね」
策士に言いくるめられれば、紗綾もオカ研に残ってしまうだろう。
だが、彼はそうしない。できるのに、しない。
「サイキック・カウンセラーの戒斗さん……榊海斗さんに、助手にならないかと言われました」
「そっか……彼が戻ってきた時から、そんな予感はしてたよ。彼が月舘を欲しがるんじゃないかって」
やはり、嵐も彼を知っているようだ。彼はずっとほのめかしてきた。
「どうしたらいいか、わからないんです」
彼は自分で考えろと言うだろうか。
そう思っても、口にせずにはいられなかった。
「とりあえず、文化祭が終わってから考えればいいんじゃないかな? 文化祭は楽しむものだから。うちは久遠さえいれば、どうにでもなっちゃうわけだし」
心配無用だと嵐は笑う。それが余計に心配になって、当日覗きに来ようかとさえ思ってしまう。
「進路相談なら、いつでも聞くよ。元顧問以前に担任の先生なんだし。いくらでも時間は作ってあげる」
いつでも、嵐はそう言うが、いずれしなくてはならなくなる。それを考えると気が重くなる。
「ちなみに、永久就職先はまだ有効だよ」
嵐はポンポンと胸元を叩く。そこにはいつも記入済みの婚姻届が収まっていた。
「ついでに書いちゃう?」
「書きません」
「残念。ちゃんと本気だってわかってる?」
今までも彼は本気だと言ってきたが、それすら疑わしいのだ。
「先生が誰かと結婚したいのは本気だと思ってます」
自分だけではない。そう考えるのが紗綾の逃げ道だった。
どちらにしても不謹慎なのだが。
「ショック……俺って軽い男だと思われちゃってる?」
「みんなに、そうですよね?」
紗綾が問い返した瞬間、嵐はがっくりと項垂れた。
「月舘にしか見せたことないんだけどな……いくら、生徒から人気取るためでも、ここまで行き過ぎた冗談はないよ」
「はぁ……」
嵐が何を考えているか、さっぱりわからない。
「……守護霊がいるからですか?」
ぱっと思い浮かんだのはそれだった。
それを除けば特別な理由は何もない。
「いや、あのさ、いろんな入れ知恵があったと思うけど、これに関しては別に楽をしたいからじゃないんだよ。守るのが面倒なわけじゃない。それだけはわかって」
懇願するような言い方は珍しい。
それが本気なのだと知らしめるようで、紗綾はどうしたらいいかわからず、思わずソファーに座ったまま後退ろうとしていた。
「……いや、そうやって警戒されるのも、ちょっと傷付くっていうか……絶対に手は出さないから」
そんなに信用ないかな、と嵐は溜息を吐く。
彼が策士だという認識が、理解を邪魔しているのかもしれない。
あるいは、香澄の言葉なのかもしれない。
「さて、あんまり長居すると彼女達が心配するんじゃないかな? 田端が投入されちゃうかも。そんなことになったら、俺、今度こそ殴られちゃうね」
「すいません、長々と」
「俺は全然構わないよ」
むしろ歓迎、と嵐は笑う。
そんな時にポケットの中で携帯電話が震えた。クラスメイトからであった。
「もしもし?……もうすぐ戻るよ。うん、大丈夫」
衣装を取りに行っただけなのに、なかなか戻らないから心配になったらしい。
「いいクラスメイトだね。さすが俺の生徒達。じゃあ、早く返してあげないと」
嵐は笑っているが、寂しそうに見える。本当は返したくないのかもしれない。
「あの、最後に一つだけ……」
「ん?」
「私は何かの役に立てたんですか?」
たとえ、彼らが守護霊を必要としても、それが何になると言うのだろう。
自分がいた意味はあったのだろうか。
「海斗と一緒かもね。俺達は依頼人の心のケアはできない。月舘の存在は安定剤とか鎮痛剤とかそんな感じだった。どちらにとっても。黒羽の眷属がくれた贈り物だと思った。そのせいで苦しめてるのはわかってたのにね……」
そう言われても紗綾には全く実感がない。
「でもね、月舘。君はこれまでオカ研で色々不思議なことを見てきたと思う。その問題の解決に君は大きく関わってるんだよ」
「善美ちゃんのこと、とかですか?」
「確かに守護霊も関係はしてるよ? 月舘が思ってる以上に危なかったし。でも、最終的には月舘の人柄だよ」
自分のことなのに、すり抜けていく。ほんの数ヶ月前のことでさえ掴めない。
「俺達は変わるべきなのかもしれない。それを月舘は教えてくれた。だから、先生も少し頑張ってみるよ」
自分が何を教えられたのかわからないのに、助けになりたいと思ってしまうのは、策士の策にはまっているからなのか。それとも、未練があるからなのだろうか。
結局、まだモヤモヤが残っていることを感じながら、紗綾は部室を出た。
それを晴らすには圭斗と、そして、十夜と話をしなければならないのだろう。




