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その男、担任の先生につき

 いよいよ文化祭が迫る放課後、香澄はいつものようにすぐに部活へ向かう。

 部長になってから更にその身のこなしが素早くなったと思うのは気のせいなのかもしれない。

 そして、今日はそれを見計らったかのように紗綾に近付いてくる二人組がいた。


「月舘さん!」


 元気な声で呼ばれて紗綾はビクリとする。文化祭準備の中心になっている二人組だ。

 最近はよく話しかけてくれるようになったが、急に呼ばれるとどうにも驚いてしまう。

 まだ紗綾の方が慣れられずにいるのだ。


「ねぇねぇ、月舘さんってゴスロリ?」

「え?」


 ニコニコしながら問われる。

 しかし、なぜ、そんなことを聞かれるのか、紗綾には全くわからない。


「前に、ゴスロリの月舘さんを見たって子がいてね」

「あ、オカ研の勧誘する時……」


 不意に思い出すのは若干忌々しい記憶だった。

 立っているだけで良いからと嵐に着せられたのだ。今でも思い返せば穴に入りたくなる。

 あの頃はオカ研の悪魔には逆らってはいけないと思っていたのに、今は完全に裏切っている。

 それほど昔のことではないはずなのに、壊れてしまうのは一瞬だったと今になって思い知る。


「もしかして、私服?」


 オカ研にいたのだから、そんな偏見を持たれても不思議ではないのかもしれない。

 しかしながら、断じて紗綾の趣味ではない。

 黒を着ることすら少ない。


「違うよ。部の備品……だと思う」


 おそらく嵐の趣味で私物だと言うべきではないだろう。口が裂けても守らなければならない秘密だ。

 厳密にはまだオカ研部員であり、退部しても守秘義務があるはずだ。

 何より顧問が担任で、今も教室にいる。そちらを見ることは怖くてできないのだが。


「見た子が凄く可愛かったって言ってたからね、文化祭で着てくれないかな? ってね」

「む、無理だよ!」

「何で?」

「に、似合わないから!」

「そんなことないよ! 絶対可愛くなるから! バッチリメイクもしちゃうよ!」


 力説されても困る。

 あれは、本当に嵐に逆らえなかっただけであって趣味ではないのだ。

 可愛いなどということがあるはずもない。

 彼女達が着た方がよほど可愛いのではないかと思うほどだ。


「備品ってことはクッキーに言えば借りられるよね?」

「た、多分……」

「だって、今年は行かないじゃん?」

「う、うん……」

「じゃあ、問題ないよね?」


 完全に流されている。そう気付いた時には既に遅かった。

 彼女達の並外れた行動力をなめるべきではなかった。


「クッキー!」

「ん?」

「ゴスロリ服貸して!」

「え、何?」


 急に呼ばれた嵐は何のことだか、さっぱりわからないといった様子だ。


「オカ研で隠し持ってるんでしょ? ゴスロリ服」

「あ、ああ……あれね。勧誘用衣装。前の部長からのありがたくない寄贈品」

「あれ、使わないですよね?」

「まあ、女装はありえないでしょ」


 十夜にしろ、圭斗にしろ、嫌がるだろう。

 不意に、去年、文化祭で着せられそうになった記憶も蘇ってくるものだ。

 結局、久遠が客寄せパンダ役を快く引き受けてくれたおかげで免れたのだ。


「だから、クラスのためにパクってきてください!」

「パクるってねぇ……」


 彼女達の中で、嵐はオカ研に捕まっている可愛そうな教師だが、事実は全く逆だ。

 彼は喜んでやっているところがあり、ゴスロリ服も完全なる彼の趣味である。

 寄贈など大嘘だ。変人として名を馳せた光に罪を着せようとしているようにも思う。そして、八千草を知る者ならありえると納得してしまうことだろう。


「だって、このままだと王子喫茶に負けちゃいますよ!」

「あー、王子喫茶ね」

「王子喫茶?」


 一体、何のことだろうか。紗綾は首を傾げる。嵐も知っている風だが、紗綾には心当たりがない。

 だが、それを見て、彼女達は不思議そうな顔をした。


「あれ? 司馬先輩から聞いてない? あの人のクラスだよ」


 最近、将也は前以上に教室に顔を出す。十夜や圭斗を警戒しているらしい。

 あまりにもよく来るせいで、先日は付き合っているのかと聞かれたほどだ。


「卑怯ってそういうことだったのかな……」


 将也のクラスは美形が揃っているという噂もある。

 卑怯だと将也が言うならば、それだろう。

 彼は王子喫茶とは教えてくれなかった。


「そうそう、卑怯だよ! あっちがイケメンのコスプレなら、うちも女子のコスプレで対抗しなきゃ! ただのカフェじゃ絶対に勝てない!」

「だから、月舘さんにもゴスロリで客引きを! ってわけ。今更売り子やれなんて言わないから、好きに回ってくるだけでいいから」


 準備を手伝っている紗綾は当日売り子を頼まれているわけでもない。

 野島もそうだが、彼は背中に宣伝を書いた紙を貼り付け、回るように命じられている。つまり、それと同じようなことをしろということなのだろうか。


「月舘はそれでいいの?」


 嵐に問われれば、動揺してしまい、そちらを見ることもできない。

 今の彼は担任でしかないとわかっているのに。

 担任として気遣っている、ただそれだけだろうに。


「えっと……香澄も何か着るの?」

「香澄はね……今、うまく言いくるめる方法を考えてるところ。でも、絶対着せるから!」


 グッと拳を握り締める様を見れば、本気だとわかる。

 香澄も初めこそ嫌がるだろうが、最終的にその熱意に負けるだろう。彼女も何だかんだ言いながら人がいいのだ。


「み、みんなが着るならいいよ」


 やはり、断る言葉が出てきてくれるはずもなかった。

 折角、こうして仲間に入れてくれているのに、貢献しないというわけにもいかない。

 みんなが一緒ならば恐くないというものである。


「じゃあ、これから取りにくる?」


 何気なく、嵐は問いかけてくるが、それは遠慮したかった。女子の表情も曇っていく。


「え、クッキー、持ってきてくれないの?」

「教師を使うんじゃない」

「どうせ、部室に行くんでしょ? パパッと取ってきちゃってよ」


 好き勝手に言う女子に紗綾もできることなら便乗したい気分だった。

 十夜と圭斗に会う決心はできていない。

 今、目の前にいる嵐にさえ動揺するのだから。


「今、誰もいないよ。本当に」


 それなら……、と女子二人が顔を見合わせる。

 これ以上は期待しても無駄なようだった。


「わかりました……取りに行きます」

「じゃあ、行こうか」


 そう言う嵐は本当に今まで通りだ。何を考えているか全くわからない。



「最近、どう?」


 廊下を歩きながら、嵐は何気ない様子で尋ねてきた。

 本当に彼の切り替えは美味いと紗綾は常々思う。


「ようやくクラスに馴染んできたって感じで安心したよ」


 紗綾が答えられずにいると嵐は続ける。

 いかにも担任らしく、何の違和感もなく彼は言う。馴染めなかった理由は百も承知だというのに。


「何かあったら、相談に乗るからさ」


 部室に入らなければ、嵐は決してオカ研での顔を見せない。


「はい……」


 どう接したら良いかわからないのは、後ろめたさがあるからだろう。

 紗綾は嵐のように切り替えることができない。



 部室には本当に誰もいなかった。単にまだHRが終わっていないということではないだろう。

 十夜は美術室に直行しただろうが、圭斗はここに来るはずだ。


「黒羽は相変わらず虚弱って言うか、ガラスのハートだし、榊もすっかりサボりになったよ。来る理由がなくなったわけだし、わかるけどね」


 棚を漁りながら、嵐は言う。


「すみません……」


 お前のせいだと責められても仕方がない。オカ研を崩壊させた犯人がいるとすれば、間違いなく自分なのだと紗綾は思っていた。


「榊に関しては、あれは、家族の問題だからね。黒羽は持病だし、月舘のせいじゃない。みんなそれぞれ、問題があるってだけ」


 嵐の様子はまるで変わらない。

 咎めるわけでもなく、むしろ優しい言葉をかけてくれる。

 話をするならば、今しかないのかもしれない。そんな考えが紗綾を動かす。


「はい」


 手渡された袋を受け取って、少しだけ迷った。それでも、今しかないのだと言い聞かせる。


「あの、少し……」

「ん?」

「その……」


 いざ、切り出そうとすれば、後込みしてしまう。話さなければならないというのに、なぜか怖い。

 そんな紗綾に嵐は微笑みかける。


「話、しようか?」


 意図を理解した優しい問いに紗綾は頷く。


「じゃあ、コーヒー入れるから座って。お菓子もじゃんじゃん食べちゃって。最近、誰も食べないから余っちゃって。八千草は馬鹿みたいに差し入れしてくるし」


 促されるままにソファーの定位置だった場所に紗綾は座る。そこには今も星形のクッションが置かれている。

 それをギュッと抱き締めれば、少しだけ落ち着ける気がした。

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