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穏やかなる人、その思惑

 翌日の放課後はクラスの手伝いを休ませてもらえることになった。もうやることはそれほど残っていないのだそうだ。

 心配してくれているのか、それとも、また厄介な人間が来ると困るのか。どちらでも構わなかった。

 気持ちはわかるのだ。十分に受け入れてもらっているのに、何もかも許してほしいとは言わない。

 いずれにしても、もう鈴子は来ないのだろうと思う。それに彼女以上の人間もいない。



 そして、今、紗綾の向かいでは彼が微笑んでいる。

 もう一つの顔など感じさせずに、ひどく穏やかに。裏を知らなければ、安心しきってしまうだろう。

 そうでなければ、彼の仕事はできないのかもしれない。


「連絡を下さって嬉しいです」


 榊海斗、将也と話した後に連絡をして、今日会うことになったのだ。


「こんなところで申し訳ありません」


 駅で待ち合わせをして、それから彼の案内で喫茶店に来ている。


「とても素敵なお店です」

「昔、よく一人で来ていたんです」


 新しい店ではないようだが、少し年代を感じさせる。

 行きつけになるのもわかる。落ち着いた雰囲気の店は彼によく似合うと紗綾は思う。

 目の前には美味しそうなケーキが置かれ、海斗がどうぞと促してくる。


「いずれは自分のオフィスを持ちたいと思っているのですが、まだまだといったところでして」

「オフィス、ですか?」

「ええ、永遠子さんのようなオフィスを、と思っています」


 黒羽永遠子、十夜の母であり、黒羽オフィスの代表だ。

 自分の事務所を立ち上げ、今は長男の久遠と魔女がスタッフとして働いている。十夜や紗綾は臨時のアルバイトのような状態だ。


「海斗さんは、黒羽オフィスの人ではないんですか?」


 彼は関係者と言っていなかっただろうか。あるいは、独立したいのか。定義が紗綾にはよくわからなかった。


「厳密には違いますね。協力者です。昔のことですが」


 それは、オフィス代表黒羽永遠子にとってのことかはわからない。

 彼にとってはそうでしかなかったのかもしれないが、魔女には違ったのだ。



「とても大切なお話があります」


 ただでさえ海斗と話すのは緊張するのに、そんなことを言われてしまうと体が硬くなってしまう。

 彼の話を聞くと覚悟してはいたが、やはり何を言われるかわからない。


「そう身構えなくとも、すぐに答えを、という話ではないですから」


 物腰は柔らかいのに、圭斗に見せるあの態度が脳裏をよぎる。


「助手になっていただけませんか?」

「助手、ですか……?」


 全く予想外の話に紗綾は首を傾げる。

 これまで紗綾は十夜の助手のような位置付けであった。単にフォローをするだけで誰にでもできるようなことだった。

 しかしながら、海斗にはそういうことが必要だとは思えない。十夜とは違い、彼は完全に自立して何もかも上手にやっているように見えるのだ。


「ええ、君の力が必要なんです」

「力……」


 やはり、この人もサイキックなのだと紗綾思ってしまう。

 だが、表情を曇らせた紗綾に彼はすぐに気付く。


「誤解を招いてしまう言い方でしたね。守護霊ではなく、君自身の力ですよ」

「私の……?」


 自分自身の力とは一体何なのだろう。

 サイキックではない上に特技があるわけでもない。

 なぜ、そんなことを言われるのか、紗綾には全くわからない。


「便宜上、サイキック・カウンセラーなどと言ってはいますが、お恥ずかしい話、どうにも生きた人間の扱いは苦手なんです」


 彼は穏やかで、とてもそうは見えない。

 圭斗への態度にそれが現れているのだろうか。あれを見るまでは、紗綾も彼を優しい人間だと感じていた。


「捜し物が得意ですが、いいことばかりが視えるわけではありません。そもそも、依頼自体が決していいものではないですからね」


 オカ研として事件に関わった紗綾にはその意味がわかる。

 大抵は死霊の相手だが、生霊だからといって良いことは全くない。むしろ、質が悪いくらいだ。

 そして、その遺族は生きている。以前の野島の兄の件に関連して、その友人達の元に行った黒羽久遠はその態度に怒ったという話だ。


「私に来る依頼の多くは失踪人の捜索です。タイムカプセルの捜索などなら、まだ気が楽なんですが、最後の頼みの綱にされてしまうのは少々辛いところがあります」


 以前、将仁から相談を受けた時、嵐は彷徨う霊魂をキャッチするのは自分には難しいことだと言っていた。

 野島からの依頼のケースのように霊が現れない限りは。

 しかし、その思念を読み取るのも困難だと言う。大抵は自らの死を受け入れられずに混乱している。


「どうしても見えたものをストレートに表現するしかありませんからね……最悪の結末が見えたとしても」


 知りたがっていることを見たままに話すこと、それは望まぬことを聞かせることにもなる。

 そして、真実を証明するのは難しい。


「司馬将仁刑事、お知り合いだそうですね」

「はい、将仁さんから、聞きました。協力しているんですよね?」

「彼とは、なかなかいい付き合いができそうです」


 司馬将仁もサイキックの定義に当てはまる。

 除霊などを行うこともできず、単に見えるというだけで、霊の声も聞こえない。

 だが、その分他のサイキックについて理解がある。


「今までは見聞きしたことを、警察に話すと、『お前が犯人だな!』と言われてしまって、何度か面倒なことになりました。どうしてこの国には超能力捜査官がいないのか、と恨めしく思ったこともあるくらいです。そうすれば、自分も活躍の場が得られるかもしれないのに、と」


 十夜達も将仁だから協力しているだけであって、よほど黒羽オフィスが絡まない限り警察の手助けをしようとはしない。面倒が多いからだ。


「でも、彼は視ることができる。初めて会った時、すぐにわかりましたよ。彼、霊が視えているのに、全く会話が成立していなくて。思わず助けてしまいました」


 難儀なことに将仁は霊の声を聞くことができない。

 彼とは反対に声だけが聞こえると言うマリエは、彼のパートナーというわけでもない。

 将仁はまだ女子高生である彼女を巻き込みたくはない。そして、オカ研にも頻繁に頼めるわけでもない。将仁にとって海斗は最適な人間だろう。


「私の力は厄介なもので、今でこそ多少コントロールできるようになりましたが、視せられるってこともあるんですよ。強烈な死のヴィジョンを」


 死者の訴え、それは凄絶なものがあるだろう。

 死の間際のことなど悪夢でしかないはずだ。

 尤も、紗綾がどれほど想像したところで、その本当の恐怖はわからない。


「思いが強ければ強いほど影響を受けてしまうんです」


 たとえ、どれほど拒んでも、と続ける海斗の声は低く、ひどく重々しい。

 拒めるものなら拒みたいという意味が込められているのだろう。


「同じ腹から生まれても圭斗は違います。彼は、私が求めてやまないものを何でも持っている」


 紗綾も圭斗の能力を詳しく知っているわけではないが、海斗とタイプが違うというのは感じていた。

 海斗の話には眷属の存在が感じられなかった。そして、圭斗は彼のように捜し物をするわけでもない。


「彼は私ほど力が強くありません。目の前にあるものしか感じ取れない。なのに、強力な眷属を得た。そして、その力も普段は祖母から貰った護符で隠している。望まなければ普通の男の子として生きて行ける」


 圭斗は自分がサイキックであることをすぐには明かさなかった。

 十夜も嵐もそれを見抜くことができなかったし、実際目にするまで本当の意味で信じられたわけではない。


「私は祖母から力を強めるように言われました。修行と称されることもあった。けれど、他人には理解されず、霊の声を聞かされ、夢にまで彼らは現れる。助けてくれ、助けてくれと繰り返す――なのに、私を助けてくれる人間は誰もいない」


 魔女が言った通りなのかもしれない。

 彼もまた救いを、安らぎを求めている。

 求めてやまないものが得られないと知りながら。


「そのせいで、圭斗には随分と辛く当たってしまいました。八つ当たりだったと思います。大人になってからもその亀裂をどうにかすることができずに、結局、恨まれている方が楽だと思ったんです」

「そんなの……」


 あまりに悲しい。

 歳が離れていることもあるのだろうが、兄弟がわかり合えないのは辛いと紗綾は思う。


「男の兄弟なんて案外そんなものかもしれませんよ」


 紗綾には兄弟がいない。女だからというのもあるだろうか。

 しかし、紗綾が見る限り、同じように歳が離れた将仁と将也の兄弟は仲が良く、久遠と十夜も決して険悪なわけではない。

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