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魔女よりも弱き女

 すっかりオカ研と関わりがなくなり、紗綾はクラスとも馴染めるようになっていた。

 嵐はただ自分が受け持つ生徒として接してくる。オカ研に顔を出していた頃と何ら変わらない。いつも通りと言っていいかもしれない。

 圭斗は散々香澄達に追い払われて近付いてこなくなった。

 十夜もあの一度きりであった。


 けれど、一番会いたくない人間がやってきてしまった。

 むしろ、会いたいと思うことがないのだが、放っておかれるわけがなかった。

 十夜よりもずっと厄介な人間は誰にも止められなかった。



「毒島さん……」


 その姿を見た瞬間、紗綾は持っていたペンを落としてしまった。コロコロと転がっていく。

 他の生徒達もすっかり硬直してしまっている。

 今日も派手というよりは少し毒々しい私服姿で来校者のバッジを付けているのは、魔女の異名を持つOG――オカルト研究部初代部長毒島鈴子だった。

 紗綾達の代が入学した時、彼女は卒業していたが、度々現れた彼女は危険人物として認知されている。

 知らなくとも見た目から関わりたいとは思えないだろう。


「逃げたら追いかけ回すしかなくなるわよ」


 彼女はつかつかと歩み寄ってくると、紗綾が反応するよりも早く手を打った。

 その一言で効果覿面というものである。

 魔女に追いかけ回されるのは、あまりにも恐ろしいことだ。考えるだけで体が震え出す。

 紗綾は一瞬にして白旗を揚げてしまうだろう。逃げるという愚かな行為をひどく後悔する羽目になるはずだ。まったく賢明ではない。


「あたしは怒るつもりはないのよ。ただ、話をしておこうと思って来たの。それだけ」


 確かに恐る恐る見れば怒っている様子はなかった。

 それどころか、いつもよりも優しく感じる。不思議なことだった。


「オカ研初代部長としてではなく、先輩として、まあ、女としてね……」


 一体、どういうことだろうか。

 紗綾には魔女の言葉の意味するところがわからない。ただでさえ彼女の言葉はわかりにくいのに、聞かなければ理解できないだろう。聞いたところで理解できる保証もないのだが。


「もし、話を聞く気があるなら、応接室に来て」


 逃げたら追いかけ回すと言っておきながら何なのだろう。

 応接室に行かないことは逃亡にならないのか。やはり、選択肢は与えてくれないのか。

 彼女はもうスタスタと出て行ってしまった。



 行かなければどうなるのだろうか。

 そう思う気持ちもあったが、やはり行かなければならないだろう。

 話なら、聞きたいこともある。


「ごめん、ちょっと行ってくるね」


 決意した紗綾はクラスメイトに声をかけて立ち上がる。


「月舘」


 野島が心配そうに視線を投げかけてくる。この前の十夜のことがあるからだろうか。


「大丈夫、香澄は呼ばなくて平気だから」


 また香澄が駆け付けてくると大変なことになる。


「本当に大丈夫だから」


 野島は不安げにしていたが、念を押して紗綾は教室を後にした。



 応接室で魔女はふんぞり返るわけでもなく、足すら組まずにただ俯いていた。

 オカ研の初代部長としてではなく、と言いながら、魔女の権限を行使して応接室を借りた彼女には少し疑問も生まれる。

 追いかけ回すと言ったり、タイミングは紗綾に委ねたりとわからない。

 この部屋に入ってしまえば、逃げられないと紗綾は思っていた。けれど、逃げる必要はないのかもしれなかった。

 たとえ、逃げたとしても、今の彼女は追いかけ回したりしないだろう。


 紗綾が向かいに座ると、鈴子はようやく顔を上げた。


「あの人に、会ったそうね」


 少し小さな声で鈴子は言った。

 その言葉に当てはまるのは、一人しかいないだろう。

 けれど、紗綾は自分からは口にしなかった。


「誰のことを言っているんですか?」

「海斗さん」


 そっと鈴子が名前を呟く。


「会いました。色々と教えてくれました。皆さんが教えてくれなかったことを」

「そう……」


 また鈴子は俯く。

 彼女にとって、海斗は何か特別の意味を持つ人物なのだろうか。

 単に関係者だという風ではない。

 まさか本当に初恋の相手だと言うのだろうか。


「毒島さんも全部知ってたんですよね?」

「ええ、だから、あなたを認めたのよ」


 鈴子は初めこそ十夜を非難したが、歓迎会が終わる頃には彼女は紗綾を認めた。

 紗綾にとっては特に何かがあったようには到底思えなかったが、彼らにはあったのだろう。

 あの時、何か決め手があったはずなのだ。少なくとも魔女はそのタイミングで確信したのだろう。


「でも、私は所詮OG、今の部長はクロなんだからその情報をどうするかは彼らが決めること」


 鈴子が言っていることは、決しておかしなことではないだろう。

 だが、紗綾は彼女が圧力をかけたのではないかとさえ疑っていた。


「まあ、そんな話、もうしたってしょうがないでしょ」


 紗綾は頷く。もうその話は必要ない。全て過ぎてしまったことだ。

 今、その真相を明らかにされたところで何も変わらない。時は戻らない。



「海斗さんは、何なんですか?」


 オカ研の、黒羽オフィスの関係者、圭斗の兄――サイキックカウンセラーの戒斗こと榊戒斗、彼とはまだ会う気がしていた。

 たとえ、オカ研から離れたとしても彼の目的は、きっと果たされていない。そんな風に感じるのだ。


「あの人は、あたしの初恋の人」


 鈴子はあまり言いたくなさそうにしながら、答える。

 歓迎会の時、圭斗を見て彼女はそう言った。圭斗は白を切っていたが、あの時から、こうなると決まっていたのかもしれない。

 圭斗と海斗の繋がりを知り、自ずとその答えに行き着いた。だからこそ、冗談だったのだと思う気持ちが強くなったのかもしれない。


「久遠さんの同級生、黒羽家と家族ぐるみの付き合いをしていたあたしはあの人に出会ったの」


 十夜の兄久遠、紗綾は彼についてよく知っているというほどではない。母の永遠子についても同様だ。

 しかし、嵐が十夜にとって親戚のお兄さんポジションにあるのも、その関係だとはわかっている。


「まあ、歳が離れていたからクロはあんまり関わらなかったし、海斗さんも弟の話はほとんどしなかった。だから、会ったこともなかったのよ。あの子については本当に知らなかった」


 彼らと海斗の組み合わせは納得できるようで、不思議な部分もある。

 問題は、鈴子も含めて彼らが彼の本性を知っているのかということだ。


「あの人にとって、あたしなんか、全然そういう対象じゃなかったけどね」


 鈴子は寂しげに笑う。

 この部屋を借りたのは、彼女自身が今の自分を他人に見られたくないからなのかもしれない。

 今、紗綾の目の前にいるのは、魔女と怖れられるような強い女性ではない。か弱い一人の少女にさえ見えてしまうから不思議だ。


「あの人はとても残酷な人だと思う。優しくて、穏やかなようで、心の奥は恐ろしいほどに冷たい」


 それは、圭斗に見せるあの冷たさを指しているのか。あれは圭斗以外にも向けられるものなのか、考えてもわかるわけがなかった。自分にはまだ向けられていないのだから。


「誰にもあの氷を溶かすことはできなかった――自分が救われたいと思っているのに、彼の回りには救われたい人しか集まらない。他人を救っても自分が救われないことを思い知るばかり。それって、とっても皮肉だと思わない?」


 紗綾は黙って頷く。


「まるでクロみたい。あの子もそう。願いと相反する」


 自分が救われるわけでもないのに、他人を救い続けなければならない。

 その苦しみを紗綾は感じたことがない。

 けれど、彼らはそのことに苦しみながら生きている。

 鈴子もまたそれを見せないだけなのだろう。

 理解者を見付けるということは容易ではない。その点では光と花は多少方向性が間違っていても幸せなのかもしれない。


「もしかしたら……ううん、それ以上は教えてあげない」


 その先が知りたいのに彼女ははぐらかす。

 結局、彼女は肝心なことは話さない。

 おそらく、それはサイキックと普通の人間の境界を越えることができないからだと紗綾は思う。

 無敵の強運を持とうともそちら側にいけない。


「だって、あたしが何でも話してあげても意味がないじゃない。あなたが答えを見つけないと」


 彼女はずるい。とても、ずるい。何度も何度も思ってきたことだった。

 答えが見つけられないから困っているのに、疑問だけを残していく。


「それに、あたしはずっと言ってるじゃないの、ねぇ。思い出しなさい」


 その言葉が今の紗綾にはどれほど重たいか、苦痛を与えるか。彼女は知りもしないだろう。

 考えたくなかった。彼らに都合がいいから側に置いておきたい。そういうことでしかないのだろう。

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