魔王と生贄と見習い天使と
次の日、部を無断で休んだことに関して嵐は何も言わなかった。そもそも、彼は部室以外で部の話をしない。ただ担任として接する。
香澄にも改めてちゃんと話したが、彼女はひどく怒って、今にも暴れ出しそうだった。
嵐に噛み付きこそしなかったが、十夜や圭斗のところに殴り込もうとし、紗綾は必死に止めた。
昼休みには圭斗が訪ねてきたが、香澄と様子を見に来た将也が追い払ってしまった。
今、彼と話す気にはなれなかった。
その放課後も紗綾は部室には行かなかった。
連絡をするのさえ苦痛で、そんなもの必要ないという香澄と将也に従った。
昨日は衝動的だったが、今日からは違う。
二人に促されて書いた退部届を出すのだけは躊躇ってしまったが、いつでも出せるように制服のポケットの中に入っている。
クラスメイト達も、一部ではあるが、受け入れてくれるようになった。その大半は男子であったが、野島の協力があってのことだった。
だが、それが長く続くはずもなかった。
部活に出なくなって三日、相変わらず嵐は何も言わず、圭斗の接触は香澄が完全にシャットアウトしていた。
海斗も現れなかったが、連絡をすれば彼は本当に何でも話してくれるのかもしれない。
しかし、オカ研にはもう一人いるのだ。
絶対に忘れてはいけないはずの男が。
放課後の教室に彼は現れた。
魔王が姿を見せた瞬間、教室は静まり返る。彼は気にせず進む。
「来い」
「行きたくありません!」
腕を引かれる、昔なら従ったかもしれないが、今は振り払う。
今、従ってしまえば、きっと何もなかったことになってしまう。
いればいいなどと言われて今は納得できない。
「月舘!」
野島が十夜を止めようとするが、彼は気にせず紗綾の腕を引く。
「黒羽先輩! やめて下さい!」
「貴様には関係ないだろう」
十夜に一蹴され、野島が怯む。その隙に強い力で引っ張られ、紗綾はついて行くしかなくなる。
「部室には行きたくありません!」
はっきりと言えば、十夜はぴたりと足を止め、それから行き先を変えた。
そして、向かったのは屋上だった。
「どういうつもりだ?」
彼は怒っている。いつも怒っているように見られるが、今日は本当に怒っている。それぐらいはわかるようになっていた。
だから、その詰問に萎縮してしまう。
「何が気に入らない?」
責める口調に悲しさを覚える。本当に責められるべきは自分なのかと思わずにはいられない。
「どうして……どうして、何も教えてくれなかったんですか?」
「何のことだ?」
十夜はとぼけているわけではないだろう。
彼は、言わなければわからないだろうし、言ってもわからないのかもしれない。
「私には強力な守護霊がついてるって言われました」
十夜が眉を顰める。
「……誰から聞いた?」
怒りのせいか、その声はいつもよりも硬く感じられた。
「海斗さん……圭斗君のお兄さん、サイキック・カウンセラーの戒斗さんです」
十夜は彼を知らないと言った。会わなければわからないだろう。会ってもわからないかもしれない。
つまり、彼の他人への関心などその程度のものなのだ。
だから、何も話さなかったとも考えられる。だが、許すこととは結び付かない。
「知ってどうなる?」
どうにもならないかもしれない、とは紗綾も思っている。
それでも、理由があるならば知りたいと思うのは当然のことだ。
「先輩は知ってて黙ってたんですよね」
知っていた。否、知らないはずがないのかもしれない。
紗綾がオカ研に入る原因を作ったのは紛れもなく彼だ。
彼の眷属が紗綾を選んだ。あの時の彼はまだわかっていなかったかもしれない。
けれど、今は気付いていると取れる節がある。
十夜は何も言わなかった。
どうして、こういう時には知らないと言わないのか。
「歓迎会の時、善美ちゃんを救ったのは私だって言いましたよね?」
十夜は答えない。自分が言ったことを忘れているのかもしれない。
だが、紗綾は続ける。
「それは私の守護霊が、ってことですか?」
やはり、十夜は答えない。それは肯定にも思えた。
「ある人が、先輩達は私の守護霊を利用してるんじゃないかって言うんです」
「何だと?」
海斗の言葉がそれを示唆し、将也がそれを推測した。
そして、紗綾自身も思い当たるところがあった。
「去年、西高に行った時、何を言ったか覚えていますか?」
行ったことすら覚えているか怪しいが、紗綾は覚えている。忘れられるはずがない。
自殺した女子生徒の霊が出るとの噂があり、十夜と共に派遣されたのだ。
「『死者は気にするな、生者には気を付けろ』」
ずっと、その言葉の本当の意味を理解できずにいた。
海斗に会うまでは。その言葉に裏側があるとは思わなかった。
なのに、唐突に思い出して疑念を持ってしまった。
「あの時は、生きた人間ほど怖いものはないって意味だと思ってました」
受け取ったままが本当だと思っていた。今でもそうであってほしいと思っている。
あの時、襲われそうになって十夜に助けられたのも、相手は生きた人間だった。
「でも、死者が相手なら、それは全部霊が守ってくれるってことだったんですか?」
どんなに問いかけても十夜からの答えはないが、止まることはできなかった。
「役に立たないわけでもないって、ってそういうことじゃないんですか?」
自分はこんなにも彼の言葉を覚えているのに、彼は覚えていないのかもしれない。
今まで何も教えてくれなかったことが悲しいのか、それとも、否定も肯定もしてくれないことなのかはわかない。
「貴様は俺に何を言ってほしい?」
十夜からの問いかけに紗綾は答えられなかった。
答えられるはずがなかった。聞きたいのは自分の方なのだ。
最早、自分でも何が聞きたいのかわからなかった。
「部長はいつもずるいんです……!」
いつだって、肝心なことはごまかされていたように思う
「貴様は俺に何を期待している?」
逆転したように十夜が問いを重ねてくる。
確かに期待していたかもしれない。そして、それを打ち砕かれたから悲しいのか。
堪えきれずに涙が溢れそうになる。これ以上、十夜を見ていられない。
バンと荒々しく、屋上の扉が開け放たれ、驚きで涙が引っ込んでしまったようだった。
「紗綾から離れて下さい!」
「香澄……?」
扉の前で仁王立ちしているのは香澄だ。
ジャージ姿で、振り乱した髪のまま、息を切らして十夜を睨んでいる。
「貴様には」
十夜も香澄を睨み返す。けれど、彼女は臆さない。
そして、そのまま大股で紗綾の所まで歩いてきて、十夜から遠ざけるようにした。
「関係ないとは言わせない! 私は紗綾の親友だし、もしものことがあったら、私はあなたを殴るって言いました」
香澄は本気だ。
本気で怒っていると感じるが、彼女に彼を殴らせるわけにはいかなかった。
「サイキックだから何なんですか! 自分達にしかわからないからって、他人の意思無視して、何してもいいと思ってるんですか!?」
怒る香澄の服の裾を紗綾はただ掴んでいるしかなかった。
香澄は今にも十夜に殴りかかりそうだったからだ。
「ちゃんと説明してくれるまで、紗綾は部活には行かせません」
「納得できる説明を求めます」
紗綾も香澄に続く。
そして、十夜は何か言いたそうにして、それから出て行ってしまった。
「大丈夫?」
十夜が完全に消えたのを確認してから、香澄が心配そうな顔をする。
紗綾は黙って頷く。
「野島が血相変えてきてさ、魔王に浚われたって言うからお姫様を救出にきたってわけ。かっこいいでしょ?」
ニッと香澄が笑う。
「うん。でも……」
「ごめんなんて謝らないでよね。私はあんたの親友でしょ?」
紗綾の言葉の先を察して香澄は言う。
ずっと彼女は自分を助けてくれる。とても頼もしい存在。彼女がいなければ、何もできないのかもしれない。
「よしよし、泣くな泣くな。紗綾は頑張ったよ」
香澄が頭を撫でてくれる。
頑張ってなんかいないのに、何も褒められることなんかしていないのに、迷惑ばかりかけているのに、そう思っても溢れるのは言葉より涙で情けなくなる。
「紗綾は我慢しすぎなの。本当にさ、あいつらにはもったいないくらい。うちの部にほしかったぐらい」
そこで紗綾ははたと気付いた。
「香澄、部活は……?」
「あのねぇ、私の心配なんかいらないの。大体、ここで見て見ぬ振りなんかしたら、部長失格だって言われちゃうよ。副部長だってしっかりしてるしさ」
香澄こそ無理をしているのではないかと紗綾は思ってしまう。
なぜ、彼女がこんなにも自分を助けてくれるのかはわからない。自分も彼女を助けられれば良かったのに、何もできずに今になっている。
けれど、何よりもオカ研との関係が壊れてしまったことが悲しかった。




